距離
魔女院には入学式といったものは存在していないようで、
溢れかえりそうなほど賑わっていた生徒達は次第にゲートの方へと移動していた。
「えっと彩、ちゃんは行かないの?」
初対面で呼び捨てにしていたことに今頃気づいたのか、ぎこちない態度で問いかけた。
「別に彩でいい。今は人が多いから、もう少し減ってから行く」
「よかったあ、馴れ馴れしいって思われたらどうしようって心配だったんだ」
「別に、私も呼び捨てにしてた」
「そういえばそうだったね。どうせ順番なんだし、私も減ってからにしよっと」
桜はにかっと笑ってみせると、どっこいせと掛け声をかけつつ座り込んだ。
「あ! 私がどっこいせって言ったのは内緒だよ?」
「なんで?」
「えっ、だってほら、年寄りくさいじゃん! おばあちゃんってあだ名ついたら困るもん」
「おばあちゃんでもいいと思う」
「嫌だよう。第一印象は大切でしょ? せめて最初くらいは優等生って呼ばれたいしね」
「…………」
「なによう、その沈黙は!」
顎に手を当てて考える素振りをする彩を見て、桜はぷうと頬を膨らめる。
「桜は無理じゃないかな。すぐ化けの皮が剥がれると思うよ?」
「むう、だっから最初くらいはって言ってるんだもん!」
「そっか」
「そうだよ! だから、変なことバラしちゃ駄目だからね!」
「はいはい」
気のない生返事だったが、それに満足そうに笑う桜を見て彩は小さく微笑んだ。
「ほら、そろそろ行くよ」
「アイアイサー」
「近くに来ると結構いるんだ……」
「うひゃあ、やっぱすごい人だね……」
同じ制服の人間で埋め尽くされているそこは、どこか異様な雰囲気を放っている。
意を決して生徒の群れへと入り込むが前に進んでいる気がしなかった。
生徒の数が減ったといっても横の人との距離は肩が重なるくらい近く、
一度離れてしまえばこの中で見つけることは不可能だろう。
そんなことを知ってか知らずか、彩は後ろを振り返らずにずんずん進んでいく。
桜と彩の距離はゆっくりと遠ざかっていき、桜の姿が人混みの中へと消えていった。
「大丈夫。そんなこと言える友達なんて、私にはできない」
溜息と共に呟かれた言葉は誰に届くわけでもなく、彩の心だけを締めつけた。