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メリーさん その3

 市立澪標(みおつくし)高校––––偏差値54の進学校。 それが俺の通う高校で、俺は毎朝7時には家を出て、電車に乗り、直行バスに乗り、凡そ1時間程かけてこの学校に通っている。 家の近くにだって学校は勿論あるのだが、偏差値がそこそこ高く(俺からみれば)、且つ進学校という将来的にも色々と便利な学校は、ここ以外に無かった。 近所の奉裏(たてまつり)学園なんかは偏差値65の天才学校だし、伊豆胡(いずこ)高校に関しては卒業さえ出来ればそれで良いという奴らが集まる学校なので結局の所、澪標以外に俺が入ろうと思える学校は無かったのだ。


 電車に揺られながら、俺は寝ぼけた頭で昨日の出来事を反芻する。

 携帯に入ったチェーンメール……今流行りのメリーさんの噂……メリーさんからの電話……そしてやってきたメリーさん……。

 そこで、ふと気になる事を思い出した。

 ––––そういえば、何で初めから俺を当たるつもりだったのに、あの少女はわざわざチェーンメールを送ってきたんだ? しかも『五人に回さなければメリーさんがやってくる』なんてまるで俺が五人に回さない事を前提としたかのような文面––––ストレートに、それこそ都市伝説の伝承通り、電話を使えば良いものを、何でまたこんな回りくどいやり方を––––それに一体、そのやり方にはどんな意味が含まれていたんだ?


 とめどない思考の海に沈んでいき、やがて心地よい揺れに意識を奪われ、気づいた時にはもう降りる駅に到着した頃だった。


「……っべ、急がねえと」


 電車のドアがもう少しで閉まる所で、ギリギリ降りる事ができた。

 時計を見ると、もうバスの時間がすっかり迫っていた。 ––––この辺りの時間調整は非常にシビアなのである。

 寝る直前にまで頭の中で整理していた内容は––––その時はもうすっかり頭の中から消えていた。



♦♢♦♢


 結局、バスに乗り遅れてしまい、次に来たバスに乗り込み、やっとこさここまで辿り着けた。 時間はもう既に8時半を過ぎていて、完全なる大遅刻だ。


「あら、今日は早いのね、玲二」

「––––それは皮肉と受け取っていいんだな、四條さんよ」


 四條美樹––––こいつははっきりいうとよく分からない奴。 考えている事も、喋っていることも意味不明で、何を目的に行動しているのかが分からない女だ。 正直、夕べの謎メールが、彼女を語るのに充分なものである。


「どうとでも受け取ってくださいな。 それに、四條じゃなくて美樹と呼びなさいとあれほど––––」

「俺は基本人を名前で呼ばねえの」


 但し妹を除く。 いやだって、家族を苗字呼びするのって変じゃん。 それに––––他人を名前で呼ぶのには、まだ何と無く抵抗がある。


「……なんつーか、ネチネチしてて……女々しい奴なんだろうな」

「? 何の話?」

「こっちの話」

「なら良いんだけど……玲二、貴方に話しておきたいことがあるわ」

「……何だ? 言ってみろよ」


 いつに無く真剣な表情––––どんな真面目な話になるのか……


「私、小さい頃カップヌードルをお湯を注いで三分間待てば中から裸の人間が現れるものだと思い込んでいたのよ」


 ……と思いきや。 何だこいつ。


「そりゃカップヌード……ってやかましいわ」

「嗚呼駄目よ玲二、そんなやる気の無いノリツッコミは。 私達、これでF1を目指すって約束したじゃない」

「レーサーにでもなるつもりかお前は!」


 第一正しい方の答えはもう放送してねえよ。


「なんて、冗談よ」

「……一応聞いておく。 どこからが冗談なんだ?」

「F1の辺りよ」

「カップヌードは実話なのかよ!」

「それだけ純粋な子供だったのよ私は」

「カップの中から裸の人間が出てくると妄想してる子供を純粋だなんて思いたくねえ!」


「で、私が純粋か純粋じゃないかはさて置いて……私が貴方に本当に話しておきたいことはここからよ」


 と、四條は再び顔を引き締めた る。 ボケの無法地帯と化していた空気は一変して真面目な雰囲気へと変わった。


「––––最近、この地域で行方不明者が続出しているのを知っているわよね?」

「……行方不明者? 何だそれ?」


 聞いた事ない話だ––––いや、俺が普段からニュースとか観ないから分からないだけなのかもしれない。 こういうのは、美玲の方が詳しかったりする。


「あら、玲二は朝の情報番組を観たり、新聞とか読んだりしないよかしら? 大きく一面に乗ってたわよ」

「生憎、新聞はテレビ欄しか見ないし、朝はテレビを付けたりしないからな。 特に新聞の場合、今日は開きもしなかったぜ」

「いや、得意そうに言われても困るのだけど……とにかく今日の新聞だと––––八人。 今の所八人が行方不明になってるらしいわ」

「何だそれ……結構大事(おおごと)なんじゃないのか?」


 これが登山とかだったらまだ話は別だが……八人が、それも一日でじゃなく、何日かに渡って次々と行方不明になっているのだとすると、これは最早普通ではない。


「––––で、どうやら行方不明者八人には何か共通している事があるらしいの」

「共通?」


 ゴクリ、と喉を鳴らす。 話はより緊張感が増し、四條の顔にはより真剣味が増した。


「––––携帯電話、よ」

「……何だ、もしかして八人全員が同じ機種だったりとかか?」

「いいえ、八人は機種も、メーカーもバラバラみたいだわ。 スマートフォンだったり、従来の折り畳み式だったりと様式もバラバラよ。 まぁ実際見た訳じゃ無いからどんなものかはよく分からないけれど––––八人に共通しているのは、見た目じゃ無くて中身」


 つまり、と四條は一泊置いてから続けた。


「メールよ。 八人の受信メールの一番上には、あのメリーさん(、、、、、)のチェーンメールがあったそうよ」



 メリーさん。 自分をそう名乗った少女を、俺は昨日家から追い出した。


「ちょっと待て。 行方不明の八人のメールって、何で分かるんだよ。 ひょっとしてもう発見されてるとか––––」

「携帯が届けられたらしいわ。 その、行方不明者の携帯が。 持ち主の、家に」


 怪談ならば、これで大分恐怖を煽られるだろうか。 失踪した八人。 彼らが所持していた携帯電話だけが帰ってきて、そのメールにはメリーさんからのメールが。


 ––––昨日の都市伝説特番で芸人が語っていた話よりも、俺にとってはずっと怖かった。 何故か? それは––––俺にも、メールが届いているのだから。

 『このメールを5人に回さなければ貴方の元にメリーさんがやってきます』なんて、一見普通のチェーンメールにも見える、こんなメールが。 八人全員に送られているらしいこのメール。 ただの偶然––––とは思えなかった。 美玲のように言うならば。 単なる偶然にしては––––やり過ぎだ。


「……それで、何でそれが俺に話しておきたい事なんだよ?」


 俺にもそのメールが届いていた––––という事は伏せておいた。 余計な混乱を招くだけだと、判断したからだ。


「それは……貴方が心配だからよ。 貴方のことだから、もしメリーさんからメールが着たとしても、信用せずにそのまま消してしまう可能性があるからよ」

「……」


 もう消しちまったぜ! 何て、言えなかった。


「それに、貴方が行方不明になるのは困るわ。 貴方は––––私が心を許せる数少ない人なんだから」

「四條……」


 目頭が熱くなる。 お前だって、俺が心を許せる数少ない友人だぜ––––


「ところで、携帯電話で思い出したのだけれど、何であれは携帯、なんて略されるのかしらね。 携帯っていうのは飽くまで『携帯する』っていう動詞であって、携帯電話の本質は電話にあるのよ。 最近だったらスマートフォンみたいに色んな機能が備え付けられているのもあるけれど、それでも『フォン』って名称通り電話には変わりないわ。 本質が電話だというのに、どうして略称に電話の『で』の字も入っていないのよ。 つまり私が言いたいのは、携帯電話の略称を変えるべきだということよ。 そこで私が考える携帯電話の新しい略称、それは––––『帯電』よ」


 ……何でお前はそんないともたやすく空気を破壊出来るんだよ! ツッコむ間も無く、四條は続けていく。


「そうそうスマートフォンの略称は確か『スマホ』だったわね。 …………『ホ』って何よ、『ホ』って。 スマートフォンのどこからホなんて文字が出てくるのよ。 あれかしら? 日本人お得意のカタカナ英語のせい? 大方スマートフォンをスマートホンとでも呼んだのでしょうね。 全く、携帯をスマートにする前に使用する人の頭をスマートにするべきだわ」


 真面目な話の反動からか、四條さんは絶好調であった。

 ––––因みに、四條のこの揚げ足を取るような視点での話はウケが良く、週に一回、月曜日の昼休みの校内放送ではDJを務め、学校中を湧かせているので侮れない。


 ––––そして、その後1時間近く––––HRの時も先生が居る事など全く気にせずに––––携帯電話に関する四條の持論を聞かされた。 『電話にでんわという駄洒落の鬼畜度合いについて』とか、『フィーチャーフォンって何なのよ。 結局ガラケーと変わらないじゃない呼び名くらい統一しなさいよ。 旧時代の遺物が』とか。 ……ガラケーに何の恨みがあるんだか。


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