*いち考察とプリン
「どれくらい逃げているのです?」
「さてね、ひと月ほどか」
「長いですね」
「そろそろ叩こうかと考えていた処だった」
足を組み直して薄く笑う。
追いかけてくるならば元を断てばいい──その準備を仲間に任せていたのだが、唐突に始まった戦争に仲間たちの安否も確認出来ない状況となった。
「無事でいるとは思うが」
初めてベリルの表情が曇る。
組織の規模、構成から内情までを調べ尽くし、準備が完了したのち意図的に捕らえられ中と外から叩く計画だった。
あまり表情には出さないが、仲間たちを心配している事は蒼にもよく解った。
「もう戻ると良い。疲れただろう」
にこりと笑んで立ち上がる。
「また会えます?」
「この状況ではね」
問いかけに肩をすくめた。
確かに現在の状態では基地から出るのは難しい、ここに身を隠している方が安全だ。
「あの」
遠ざかるベリルの背中を呼び止めた。
「マックスに話してもいいです?」
「お前が手に入れた情報だ」
自由にすれば良い。
暮れかけた陽差しにはまるでとけ込む様子のない姿に、少女はどこか非現実めいた感覚を覚える。
「はぁ? どこに行ってたのかと思ったら」
司令室に顔を出した蒼に、マックスは呆れた声を上げた。
「あの人たちにとっては難儀な話でしょうね」
副司令はほくそ笑む。彼女は、クレアの態度がいささか気にくわなかったようだ。
「不死の解明か、なるほどね」
マックスは小さく唸る。
蒼から聞いた話では、確かにベリルという人物の不死は特殊だ。覚えていないのか聞かなかったのか所々虫食いの情報だが、要約すると、とんでもない不死だと少しは理解した。
「つまり、腕が無くなっても生えてくるってことだよな」
「そこは再生されるって言いましょうよ」
副司令の詩聖は目を据わらせた。
「真空でもいけるってことだろ? そりゃ欲しくもなるよな」
「でも、チップによる細胞への情報伝達が不死にしたんですよね」
そのチップは、ベリルの細胞にのみ働くプログラムだったのだろうと蒼の説明から推測出来る。
「じゃあ、あれだ。そいつのクローンを造っちまえばいいんじゃないのか?」
「そんな話はしなかったんでしょ?」
「はい」
ナッツチョコレートをモゴモゴして答えた。
「ここに連れて来れないか?」
それは考えていなかった蒼がハッとする。
「そか、それがありました」
「今度会った時に連れてきてくれ」
「そうします」
一通り食べて満足し、ポケットの中から飴を取りだした。
「それはなんだ?」
見慣れない包みにマックスは怪訝な表情を浮かべる。
「あ、ベリルが作ったチョコキャンディです」
一つを少し切なげにマックスに手渡した。
包みを開けて眺めたあと、口に放り込んだ飴を惜しむように蒼の顔が悲しそうになる。
「! 美味いな」
「え、本当?」
悔しげに発したマックスに、副司令が思わず問いかけた。
「とりあえず、今日はよくやったな。ゆっくり寝てくれ」
「はい」
マックスの労いの言葉を聞き、部屋をあとにする。
次の日──蒼は司令室に呼び出された。
「なんですか?」
テーブルの上には、いくつかプリンが置かれていて蒼はそれに凄まじい反応を見せる。
「たぶん蒼あてにだ」
「?」
いぶかしげに発したマックスに蒼は小首をかしげた。
「冷蔵庫に置いてあったそうよ」
色からして、カスタードプリンとチョコレートプリンのようだ。可愛い容器に入れられたプリンに少女は生唾を飲み込む。
「た、食べていいです? いいです?」
「あ、ああ……」
だめだと言っても食べる勢いにマックスはつい返した。彼の許可とほぼ同時にプリンを鷲掴みにして、ものの数秒で1つ食べ終える。
相変わらずの食べっぷりにマックスと副司令は目を丸くしたが、そうしている間にも次のプリンを手にしていた。
しかし、途中でその動きも遅くなる。
美味しくない訳ではなく、無くなるのが嫌でよく味わっているのだ。噛みしめるように食べ始めた蒼を見て、2人も手を伸ばす。
一瞬、ギロリと睨まれたがビクつきながら1つを手に取った。
これを半分に分けて食べよう……2人の間で暗黙のやり取りが行われる。スプーンで適量をすくい取り口に運んだ。
「……美味い」
「本当」
人んちの厨房と材料を勝手に使ってなに作ってやがる……とマックスは怒りつつも、プリンの美味さに頬を緩める。
プリンは計10個あったが、すでに5つは蒼の腹の中だ。
そんな、満面の笑みを見た2人は、
「まあいいか」と優しく微笑んだ。