*思惑
「ウィップス生化学研究所?」
マックスは、渡された名刺に眉を寄せる。
「はい。広報を担当しているクレア・レキノアと申します」
栗色の髪を出来る女らしくまとめ、浅黄色のスーツは彼女の整った肢体を引き立たせていた。
亜麻色の瞳には自信が窺え、サングラス越しにこちらを見やるマックスに視線を落とす。
足を組んでクレアを見上げるマックスの表情は、誰が見ても解る程度にはいぶかしげな表情を浮かべていた。
「で、なんの用だね。見て解るように今ちょっと大変な状況でな」
「お察ししますわ。ですが、ここに潜り込んだ人物はまさにその状況をさらに悪化させる可能性がございます」
真に迫るように声色を低くして続ける。
「ベリル・レジデントという人物ですが、彼は傭兵です」
「! ほう」
興味ありげに発した男にクレアは笑みを返す。
「いきなりで信じられないかもしれませんが、この人物は人間ではございません」
「本当にいきなりだな」
苦く笑った。
「彼は人工生命体なのです。ええ、核ではありません」
マックスが理解するまで数秒を待ち、再び口を開く。
「気まぐれに造られた存在なのです。加えて傭兵だということから、高い戦闘能力を持っていますわ。そして、最も問題なのが医学に対しても知識を持っているということです」
「! それで?」
「そこらの医師など鼻で笑ってあしらえる程の高い医学知識と科学知識を有しているのです、これはとても危険なことなのですよ」
こんな基地など、彼がその気になればすぐに壊滅させられてしまいますわ──雰囲気たっぷりに怖々と発した。
「それで、俺たちに何をしろと?」
「彼を捜索する許可をいただければ、あとはこちらに全て任せてください」
「少し時間をいただけないかね。少々、仕事が詰まっていてね」
「解りました」
「おい、部屋に案内してやってくれ」
ドアの前にいた兵士に指示をしてクレアを一瞥する。
「快いお返事お待ちしております」
軽く会釈して兵士のあとに続いて部屋から出て行った。ドアが締まり、マックスと副司令は互いに目を合わせる。
「高い医学知識ですって」
「ドクターフールと代わってもらいたいね」
皮肉を突いて口角を吊り上げた。
「こんな時に」
「奴らには関係ないんだろ」
ふてくされる副司令をちらりと見やり、名刺をぽいとテーブルに投げる。
戦渦のさなかにつまらない話をもちかけてくるなとは思うが、どの国が戦争しようと実際の話、こいつらにはどうでもいいのだろう。
客室に通された女は、鬱陶しそうにブレザーをベッドに脱ぎ捨てワイシャツの第2ボタンまでを乱暴に外す。
「はあ」
そうして溜息を吐き出し、鳴りだした携帯を手にした。
「フラン?」
<どうだい?>
若い男の声が響く。
「どうもこうも、疑ってかかってるわね」
<この状況じゃ仕方ないよ>
「まったく、戦うしか脳がない連中の相手なんか面倒だわ」
肩をすくめた。
<あはは、そう言うなって。奴が敷地内にいる間は頭低くしとけ>
「ほんと、厄介なところに逃げ込んでくれたわ」
<奴にとっては運が良かったね>
「良過ぎよ」
戦争が始まったのはいいとして、よりにもよってコグレ基地とは──攻撃を受けてこっちはベリルを見逃してしまった。
気がつけば島民のいる町から基地に侵入され、さすがに追えなくなったという訳だ。