*厄介な侵入者
渋々司令室に戻ると、司令官のマックスが目を丸くして待っていた。
少々、やりすぎましたでしょうか……と、若干の申し訳なさを感じるもすぐに切り替えて口を開く。
「あの、実は」
「ん?」
コグレ基地司令官、宮樺・TT・マックスは傷の残る左目をサングラスで隠し小さく首をかしげた。
48歳という年齢だが、引き締まった肉体が軍服を見事に着こなしている。
未だ攻撃の爪痕が残る司令室だが、彼お手製のチョコレートの香りが微かに鼻を刺激した。
「!? 侵入者だって?」
蒼の口から出てきた話に、マックスは半ば声を裏返らせた。
ただでさえ世界から戦いを挑まれて忙しい時に侵入者? 不運もたいがいにしろよ。
眉間に大きなしわを刻みつつ、立ち上がった腰を再び椅子に戻す。よくよく考えれば、ベルカ対世界以上の不運なんかありっこない。
侵入者の1人や2人、なんてことはないじゃないか。
「どんな奴なんだ」
「傭兵だそうです」
それにマックスはますます怪訝な表情を浮かべる。
「で、ベルカの人間なのか」
「あ」
そこで初めて蒼は気がついた──そういえば、あの人はベルカ語をなんの違和感もなく喋っていた。
マックスに言われるまで、ただの一度も他の国の人間かもという疑いは湧かなかったのだ。
「名前は名乗ったの?」
副司令が女性らしい物腰で問いかける。
「確か、ベリルと」
それを聞いたマックスが端末に視線を送り、キーに手をかけた。
「とりあえず調べてみるか」
以前、暇つぶしに傭兵の会社や人物についてリストアップしたものをまとめた記憶がある。
「!」
何かしら出てきたのだろうか、司令官はディスプレイに眉を寄せた。
「名前はベリル・レジデントか?」
「フルネームまでは聞いてません」
小さく唸り、出てきた情報を司令室のディスプレイに映し出す。
「! はい、そうです。この人でした」
画面に表れた顔写真に蒼は応える。
「25歳、出身は……アルカヴァリュシア・ルセタ? 聞いたことが無い国ね」
「それもそのはずだ、100年も前に無くなってる」
2人は同時に驚いて互いに顔を見合う。
「どういうこと?」
聞き返した副司令を一瞥し、書かれている事を要約して口に出す。
「確かに傭兵だ。かなり腕の立つ奴らしい」
「追われていると言っていましたよ」
「それも納得だよ。100年前からこのままなんだからな」
蒼と副司令の顔は、ますますもって複雑な表情を浮かべた。
「不老不死なんだよ」
突拍子もない発言に、2人はしばらく理解出来なかったのかキョトンとする。
「俺だって信じられねえがな、そう書いてるんだ。しかも備考を見てみろよ」
そう言ってスクロールした──備考には『不老不死』とハッキリ書かれていて、その下にある別の備考には『人工生命体』と表記されている。
「なんですか、これ」
非現実的な表記を見た蒼は、さすがにぽかんとした。
「100年も前に人工生命体が?」
そんな馬鹿なと副司令も肩をすくめる。
「詳しい内容を読むと、どうやらそれが解ったのは最近らしい」
「というと?」
もったいぶるように発する指令に、副司令は若干の苛つきを感じた。
「人工生命体の作成に成功したあとに解ったことらしい」
それまでは未知の領域だったため、誰にも発見出来なかったのだろう。人工生命体が自由に作成可能になったのは、ここ数十年なのだ。
「でも、100年も前にそんな技術が?」
副司令は腰までの金髪を長し、オニキスのような瞳を細めた。
「アルカヴァリュシア・ルセタは高い科学技術を持っていたという話だ」
「じゃあ、彼が追われているのは」
「不老不死ってとこだろうな」
人類永遠のテーマだ。
それを実際に持つ者がいるのなら当然、狙われてしかるべきだろう。追われる方は、たまったまものではないが。
「どうでもいいけどこのデータ、内密なんじゃ」
「ベルカが保有してたデータだからな」
しれっと応えるが、ページの上部には赤文字でしっかり『confidential』と表示されていた。
副司令は呆れつつも少しの笑みを浮かべる。
「人工、生命体……」
蒼は映し出されているベリルの顔を見上げる。
偶然とはいえ、見つけられた事にとても驚いていた──見えない何かが引き寄せたのだろうか。
核ではない人工生命体、兵器として造られた訳じゃない存在。
同じようでいて、異なる。なんだか不思議な感覚だった。
と、3人が互いに唸っていた頃、ベリルはというと──プレハブの上で寝ころび、暮れゆく空を見上げていた。
一番星が北に瞬き、星々のささやき合いが騒がしい夜が訪れる。
追われている最中に戦争が始まり、相手は諦めるかと思いきや変わらずに追い続けてくる。
予想していた事とはいえ、溜息を漏らさずにはいられない。
本来なら組織を突き止めて叩くのだが、この現状でそれは難しい。20年ほど前の第3次世界大戦は彼の記憶に新しいが、そのときとは兵器の種類や規模も変化していた。
しかし、今回の大戦は以前のものとは異なる印象を受ける。
戦争には決して介入しないベリルだが、果たして誰をどう救うべきか考えあぐねた。彼が動くのは主に救出の依頼だ。
戦場に取り残された住民、強盗に襲われて人質にされた人々など──不死を知る全てが彼を狙う訳じゃない。
むしろ狙っているのはごく一部の胡乱な組織で、ほとんどは彼の能力にこそ価値を見いだしていた。
不死であるが故の言動も端々に見受けられるが、高い戦闘力と指揮力には組織のみならず国自体も一目置いている。
天候や周囲の状況を読む事に長けたベリルでも、さしもの今の状況には全てを把握出来かねていた。