*のれんに腕押し
しばらくの沈黙が室内を支配する──早く自分の部屋に戻りたい蒼は、少し苛ついてベリルと名乗った青年に軽く睨みを利かせた。
当の青年は、さして意に介す事もなく小さく笑みを浮かべる。
私、舐められてますよね明らかに……と、青年にムッとした。
見た目14歳ほどの少女に睨まれても大抵の人間は怖がる事はないだろう。しかし、彼女はネメシエルの核である。
足下に一発、お見舞いしてやろうかしら……と蒼は心中で物騒な事を考えていた。
「先ほどの光波共震砲だが、よほど頭にきた事でもあったかね」
「うっ!? な、なんのことでしょう」
「私には勘弁願いたいものだね」
考えがバレている。
「は、話を逸らさないでください」
少しの動揺が見え隠れする声にベリルは喉の奥から小さく笑みをこぼした。
安全装置のついた兵器と言われる『光波共震砲』 はオレンジの輝きをまとって放たれる。
黄昏のごとく美しい一線が空に刻まれるのだ。
ネメシエルと核である蒼は、多少のラグはあるものの遠隔からでもやり取りが可能である。
そんな芸当が出来るのは彼女くらいなのだが、この青年はそれを知っていての発言なのだろうか?
この人には違和感ばかりです。だって、今も見ていてなんだかとても上品なんですもの……蒼は、目の前の青年に目を丸くした。
よく見れば、動作の全てが上品だ。しゃべり方は良く言えば尊大だが、悪く言えばジジ臭い。
傭兵という職業の方は初めて見ますし、データを持っていませんがこういう感じなのでしょうか?
イメージからいえば、先ほど挨拶に行った陸軍の方たちがぴったりなんですけど。
青年をまじまじと眺めてしまう。
「疑っているのかね」
「え、いいえ。傭兵ぽくないなと」
「疑っているではないか」
言われ慣れた事なのか、怒る訳でもなく笑みを浮かべて応えた。
「それでですね、どうしてここにいるのですか」
蒼は苛つきながらも話を戻す。
「中将か」
超空制圧艦隊所属を表す薄い肌色に、赤い模様の描かれた軍服に取り付けられている階級章を一瞥する。
「え、はい」
「陸軍の宿舎に挨拶に行ったという事は、何か作戦でも立てたか」
ぎくりとした──この人はどうしてそこまで解るのでしょうか。
「ハッキリ言います。私はあなたを他国のスパイだと疑っています」
きりりと目を吊り上げて発した少女に再度、青年は笑みを見せた。
「だろうね」
やはり、こちらの疑惑を察していた。
それをこちらにわざと言わせるために焦らしていたのだろうか。もしそうなら、この人はとても意地の悪い人だわ。
「生憎、私は追われている身だ」
優雅に足を組んで応えると、印象的なエメラルドの瞳を一度、瞼に隠した。
「追われている? 誰にです」
「奴らもさしもの基地内にまでは踏み入る事は無いだろうと予想したのだが、まさか軍関係者に見つかるとはね」
な、なんなんですかこの人? 私の質問にちゃんと答えてくれない……蒼は彼の動きに見惚れるが、意識を必死に戻して睨みを利かせた。
「お話ししてくれないようなら、連行してマックスに渡します」
こちらがどういう相手なのか解っているなら、抵抗はしないでしょう。
蒼は立ち上がってついてくるように促した。
「仕方がない」
ベリルはつぶやいて同じく立ち上がる。
プレハブを出て見回す。
「あ」
「え?」
ベリルが何かに気がついて蒼の後ろに目をやった。少女はそれにつられて振り返る。
「なにかあ──いない!?」
再び前を向くとベリルの姿が消えていて、蒼は呆然と立ちつくした。