*健やかにあれ
駆けつけてみると案の定、部下たちは倒されていて、薄く笑みを浮かべたベリルがクレアを見つめた。
ゾクリとする微笑みに体を強ばらせながらも、レーザー銃を構える。
睨まれている訳でもないのに、構えた手は小刻みに震えていた──知らない音に知らない武器、あっけなく倒された部下と悪魔のように美しい微笑みがクレアの全身を強ばらせている。
「う、動かないで!」
震える声を必死に制して張り上げるが、当のベリルは笑顔を崩さない。
どうやら捜索は5人編成で行われているらしく、新たに駆けつけた人数もクレアを除いて5人だ。
「捕らえてどこに連れて行くつもりだね」
「なに言ってるの?」
馬鹿な質問にクレアは一瞬、呆けて口角を吊り上げ鼻で笑った。
そのとき、携帯が鳴り苛つきながらも耳に当てる。
「フラン? あとでかけ直すから。いまターゲットが目の前に──」
<逃げろ>
「え?」
<組織は壊滅した>
「なんですって!?」
張り上げてベリルを見やった。
<いきなり襲撃に遭った。もうすぐここも見つけられる>
「どういうことよ!?」
<そいつは君の目の前の人物に聞いた方がいいと思うよ>
クレアは切られた携帯をぶらりと下げて、ベリルを視界全体で捉えた。
「生憎、私にも仲間がいてね」
「仲間……傭兵」
その容姿で忘れそうになるが、眼前の男はまさしく傭兵なのだと改めて実感する。ずば抜けた戦闘力と知識、行動力を侮っていた。
そして何より、彼に協力し尊敬している者の多さを──クレアはたった1人の人間に勝機を見い出せず数歩、後ずさりしてそのまま遠ざかった。
それに続くように他の男たちも立ち去る。
「死にはしない」
ベリルは、初めて受けた攻撃に顔を引きつらせていた男数人に発した。
そうして、あっけなく全ての幕が閉じ、静かな波の音が辺りを包む。
蒼は、そよ風を乗せてゆらめく金の髪を見つめ、その背中に歩み寄った。
「騒がせた」
「あ、ううん」
軽く顔だけ振り返るその口元の笑みを見やり、少女は首を振る。
「初めて見ました」
「ん、ああ」
服を整えながら応えた。
「私くらいのものだろうね」
「どうしてですか?」
「もちろんレーザーも持っている。調整が楽なのだよ」
瞬時の状況変化に対応出来る武器と考えたときに、古くさいアナログの武器が最適だと考えた。
彼の言う調整とは、当てるヶ所という事だろう。威力の調整が利かない分、余計な意識を必要とせず即座に使用できるという利点がある。
医療技術は発達し、過去には不可能だと思われた治療も成功している例は少なくはなく、もはや銃弾での致命傷もわずかなヶ所となった。
ここまで考えて使用するバカがいるとは、誰しもが呆れかえるだろう。
「補充が大変だがね」
溜息混じりに笑みを浮かべつつ、地面に散らばった金属の細い筒──空薬莢──を拾っていく。
当然だ、誰も使っていない武器の弾薬など製造する者はいない。本体だってベリル自身が持っているだけで残っているとも思えない。
しかし、『捨てる神あれば拾う神あり』とはよく言ったもので、ベリルのためにカートリッジから本体の製造まで手がけてくれる組織が現れた。
組織内では、その形状を気に入った者がアンティーク武器として観賞用に自宅に持ち帰り飾っているらしい。
「素材は変わったが使い心地は変わらん」
仕舞ったハンドガンに手を添える。
昔のものに比べれば若干、軽くはなったが、命を奪うものの重みからだろうか、ずしりとした重量感がある。
──携帯端末の回線が不通になりベリルと連絡の取れなくなった仲間たちは、周囲の混乱に乗じて作戦を決行してしまおうと決めた。
本人不在のため事前に話し合っていたベリルの作戦に若干、手を加えての遂行だったが、スムーズに制圧を完了した。
蒼は、コンクリートに点々とする血の跡からベリルの横顔に視線を移す。
強烈な存在感でいて、どこか儚くすぐにでも消えてしまいそうな雰囲気をまとっている。
ほんの数秒の見つめ合い──不思議な、とても不思議な時間だった。見下ろす緑の宝石には、少し複雑な色が見え隠れしていた。
「これで自由ですね」
「そうだな」
そもそも自由を奪われているような印象など皆無で、むしろ楽しんでいるようにも見えたが、そこはスルーを決め込んでおこう。
「先は長い」
「! はい」
何を言われているのか察した蒼は、キリリと目を吊り上げた。
「何かあれば呼ぶと良い」
「いいんですか?」
「私を必要とする事は無いだろうがね」
「そんなことわかりませんです」
可愛い言い回しに小さく笑う。
「健やかにあれ」
正しく、優しくあれ──ささやくように発し、蒼の額にキスを降ろした。
「余計な騒動は勘弁したい」
「!」
そう言ったベリルの後ろには、こちらに駆けてくる男たちの影がいくつも見えた。
「武運を祈る」
「ありがとうです」
少女の声に柔らかな笑みを返し、遠ざかった。
結局、ベリル自身に会えたのは蒼だけだったが──所々が綺麗に掃除されていたり、部屋が整頓されていたり武器が磨かれていたりと基地内が妙な事になっていた。
キッチンはとりわけ綺麗に掃除と整頓がなされ、使いやすいように置き直されてもいたほどである。
「マジでやりたい放題してやがったなあいつ……」
「もう彼の作る料理が食べられないのは残念ですね」
食堂でふるふるとフォークを握っているマックスに、ハンバーグを口に運びながら副司令が応えた。
「最後の置きみやげが煮込みハンバーグだなんて洒落てます」
幸せそうにハンバーグを噛みしめる。
「礼だとでも言いたいのか」
「違うんですか?」
「知るか」
言いもってフォークをハンバーグに突き立てた。
寸胴に放り込まれていた煮込みハンバーグは、どう考えても人数分ある。これだけ大量の料理をよくも誰にも気付かれずに作ったと感心する他はない。
「ニンジンの飾り切りまでしやがって」
添えられているオレンジのウサギをじとりと見つめた。
「でも、蒼が喜んでるならいいんじゃないですか?」
嬉しそうにハンバーグを食べる目の前の少女に、副司令は目を細めた。
「まあな……」
片肘を突いてフォークで遊ぶ。
「逃した魚は大きいってね」
口の中でつぶやいた。
マックスがベリルについて調べたところ、艦隊戦の指揮までこなせる事が解った。
不本意ながら艦隊を動かさなければならない状況が発生し、仕方なく指揮を執ったらしいのだが──一介の傭兵が見事に艦隊を動かした事から、内密扱いとなっていたのだ。
過去のベルカにおいて、それは隠すべき事柄だったのかもしれない。
しかし不思議なことに滅びた国、『アルカヴァリュシア・ルセタ』の技術はどこかベルカに似た部分が多く見られた。
想像は尽きないが、会ってなんとか言いくるめられていれば戦力になった気がした。
今となっては掴み損ねた宝石だ。
「ベリルだけにね」
クク……と喉の奥で笑い、ハンバーグをパクついた。
fin
*最後までお付き合いありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
勉強の場を与えてくださったレルバルさまに感謝です。





