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掴み損ねた宝石  作者: 河野 る宇
◆掴み損ねた宝石
10/13

*ふわふわの気分

 その夜──再び司令室に呼び出された蒼は、次の作戦会議でもするのかと考えてドアを開いた。

「なんでしょう?」

 と問いかけたマックスは複雑な表情を浮かべていて、テーブルの上には、

「シフォンケーキ?」

「キッチンにおいてあったそうだ」

「!」

「あいつ、やりたい放題だな」

 呆れつつシフォンを指でつつく。

 蒼は甘い香りを漂わせるシフォンケーキにごくりと唾を飲み込みながら、やっぱりプリンは偶然だったんだなと思い起こした。

 自分の好物を教えた記憶が無かったため、プリンには少し疑問を感じていた。

 たまたま初めに作ったものがプリンだっただけなのだろう。しかし、それで蒼の心を鷲掴みにした事は言うまでもない。

 彼女の中では、「とても良い人」の部類にベリルはすでに入れられている。

 侵入を知られたため、盛大に暇つぶししているようだ。

「とりあえず、食べます?」

 副司令がナイフを手にする。

「毒なんか入ってないよな」

 プリンの時点で言うべきである。

 食べ物に毒なんか入れたら私が許しません、ましてやこんないい匂いのものに! とシフォンケーキを睨みつつ、蒼は皿を持って待つ。

 シフォンは大きめの容器で作られるため、四分割してからさらに半分に切る。

「どうした」

 切り分けている副司令の顔がいぶかしげな表情を浮かべたのでマックスが反応した。

「いえ、なんていうか……凄く軽い感触」

 それぞれの皿に乗せて席に着く。

「! かるっ」

 マックスがフォークを立てて声を上げた。

「おいしいです。ふわふわですぅ」

 蒼は幸せそうな顔でフォークを噛む。

 マーブル模様の断面に、「また俺のチョコ使いやがったな」とつぶやきつつも、やはりその味と食感に頬を緩めてしまう。

 蒸しパンなど足元にも及ばない程のふわふわ食感に手が止まらない。そして、しつこくない甘みはほどよく舌に絡みつきすっきりとした後味がたまらない。

 幸福のひとときに3人が目を細めたとき、司令室のドアがノックされた。

「入れ、どうした」

「は、あの」

「どいて」

 険しい表情でクレアが兵士を押しのける。

「いつ許可をいただけるんですの?」

「あ~、すまんな。こっちも忙しくてな、気長に待ってくれると有り難いんだが」

「危険な人物だと言っているでしょう!?」

「あの、この人は?」

「ベリルっていう傭兵を捜しているんだと」

 マックスの妙な物言いにベリルの事は教えてないんだと、さすがの蒼も気がついて何も応えなかった。

 黙っていてやる義理も無いのだが、教えるとそれはそれで面倒そうなので教えてないのだろう。

「! そのシフォン、誰が作ったんです」

「うちのシェフだけど、なにか?」

「彼は料理もプロ並みですわ」

「へえ、そうなんだ」

 しれっと応えるマックスにクレアは喉の奥で舌打ちした。

「そちらがその気なら、こちらにも考えがあります」

「なんだい」

「外に20名ほどの捜索隊を待たせてあります」

「おいおい、軍の基地に不法侵入する気か?」

 わざとらしくヒールを鳴らして入り口に向かうクレアに応えると、彼女は顔だけ向けた。

「この状況ではそれも役目を果たしませんわね」

 言い放ち、司令室から出て行く。

「ベリルに教えなきゃです」

 蒼は急いでシフォンケーキを頬ばり、勢いよく立ち上がった。

「見つけたら連れてこい」

「わかりましたです」

 きりりと目を吊り上げて遠ざかる少女の背中を見送ったあと、テーブルを見たマックスはしばらく沈黙する。

 ぺらぺらのシフォンケーキが風に吹かれてパタンと倒れた。

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