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穢れた手

 スイと目の前をゆき過ぎた流れ星は、綺麗な放物線を描いて向かいの山の頂に消えた。隣に座る白い髪の娘が指さして歓声を上げる。

 十座を前に怯むことも臆することもない娘は、笑顔で天を仰いでいる。


 つくづく不思議な娘だと思う。


 どうみても十七、八の頼りない風情の小娘なのに、十座に刀を向けられても平然として怯える素振りも見せなかった。大の男でも、あそこまでの平常心は中々保てるものではない。なにより、その刃を向けた人間を前にして、咎めるでもなく厭うでもなく今も普通に接している。それだけではない。娘はそんな十座に居場所を提供さえしたのだ。

 なぜそんなことができるのか、十座にはどうしてもわからない。

 分からないといえば、人が嫌いだといいながら人である自分を助けたのも理解できない。そういえば、まだ助けてもらった礼すら言ってないことを思い出して、十座は柄にもなく後ろめたい気持ちになった。


「その・・・さっきはすまん。・・・・寂しくないかとか、立ち入ったことを聞いた」


 必要以上に素気ない口調になったのは、どうにも居たたまれなかったからだ。


「別にいいよ、そんなの。それより、そういうあなたは寂しくないの。とんでもない妖嫌いだし、人だってそれほど好きなようには見えない。家を追い出されたのも、その心底ねじくれ曲がった性格のせいだとすれば友達だっていないだろうし」

「お前・・・・人が下手に出れば言いたい放題言いやがって」

「言われるようなことをしたのは、どこのどいつよ」

「・・・まあ、否定はしないが」


 そう言ってつい笑って、十座は不意に押し黙った。


「あなた今、笑ったこと後悔したよね」


 抱えた膝に頬を寄せて、真白はしてやったりの表情になる。初めて見た十座の笑顔に自然と頬が緩む。月明かりに浮かび上がる端正な横顔は幻想的で、まるで人ならざるもののように―――それを聞いたら十座はさぞ嫌がるだろうが―――見えたのだ。


「俺は笑ってなどいない。従って後悔もしていない」


 案の定、憮然とした顔で十座が言う。相当に不本意なのだろう。眉間の皺が一際深い。


「誤魔化しても無駄、無駄。私は妖並に夜目が利くんだからね」

「だからなんだ。笑ってないと言ったら笑ってない」

「嘘。笑ってたよ、ちゃんと」


 断言したら睨まれた。それでも少しも嫌な気分にならなかったので、真白は寝ころんだ十座の顔を真上から覗き込んでみた。仏頂面の十座がキツイ目で睨みつけてくるが気にしない。


「・・・なんだ。俺の顔に何かついてでもいるのか」

「ん?特に変わったものはついてないと思うよ。目と鼻と口と。あ、あなた、右目の端に黒子があるんだ」

「・・・だから、それがどうした。お前は一体何がしたいと―――」

「十座は綺麗だね」


 唐突に。

 白い娘はふわりと笑う。それはまるで、柔らかい月の光が揺れるようで。

 飾り気なんて欠片もない心からの笑顔。無邪気で素直で、少なくともここ数年間、十座には間違っても向けられたことのない種類の微笑みだった。

 言葉を失う十座に、真白は知らず追い討ちをかける。


「あなたはもっと笑うといいよ。出し惜しみはよくない。もったいない。あなた、性格はともかく顔だけはすごく綺麗なんだから、それを利用しない手はないよ」


 真剣に真白は頷く。十座が凄まじく嫌な顔をした。


「何を言いだすかと思えばつまらんことを。顔の美醜なんぞで得をするのは女だけだ。大体、綺麗と言われて喜ぶ男がどこにいる。俺が欲しいのは力であって他人の好意などいらん。馬鹿な事を言うな」

「どこが馬鹿なことなのさ。今のあなたの笑顔は本当にすごく綺麗だったよ。そういうのも力だと思う。ねえ、試しにもう一度笑って見せてくれないかな」


 言われた言葉に、十座は一瞬身を硬くして―――次いで弾かれたように身を起こした。


「だ、誰が見せるかッ!くだらんことを言うな!俺の欲しいのは力だ。それ以外はいらんと言ったらいらん!」


 十座は肩で息をすると頭を抱えた。この娘と一緒にいると激しく調子が狂う。十座は眉間にしわを寄せた。


「また、そんな顔して。・・・あなたはもう十分強いだろ。それ以上強くなってどうする気なの。世界一の称号でも欲しい?それとも、司馬省みたいに人斬りと呼ばれたいの」

「かまわない。いや」


 もうすでに呼ばれているかもな、と十座は唇を歪めた。


「呼ばれてるって。・・・・あなた、そんなに人を斬ったの?」

「斬った」


 嘘をつく気はもう失せた。澄み切った黒藍の瞳を前にして、小手先の偽りがなんになろう。怒る時も笑う時も、真白はいっそ気持ちいいくらいまっすぐだ。十座は胸の奥から湧き上がる何かを無言で押し戻した。真白は綺麗すぎる。一緒にいると、薄汚い自分に耐えられなくなるくらいに。


 ―――馬鹿馬鹿しい。何を今更。


 十座は穢れた自分の両手を見つめる。今さらどうしようが何も変わらない。救いなどない。そんなこととうの昔に分かっている。

 だから。


「聞きたければそう言え。聞かせてやる」


 言ったのは自分だが、真白が頷けば十座はすぐに目をそらした。

 目の前に広がる樹海は、まるで夜の海だ。深い深い海の底は、真白の瞳と同じ黒藍の色に染まっている。風にそよぐ木々のざわめきは、あれはまるでさざ波のよう。

 ため息を押し殺し、十座は重い口を開く。


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