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司馬省

「時にあなたは司馬家の方ですか」


 赤の麒麟は十座から離れてそのまま床にだらしなく寝そべると、おもむろに聞いた。


「・・・しかし、伝説の神獣がこんなだとは・・・ぬかった」

「何かおっしゃいました?」

「・・・いえ、別に」


 そう誤魔化すと、十座は何事もなかったような顔で名乗るのが遅れた非礼を詫びると、つとめて丁寧に答えた。


「よくお分かりですね。確かに私は司馬家の人間。名を十座と申します」

「へえ、十座、世界のすべてですか。これはまた大層立派なお名前だ」


 座とは、すなわち国を表す。最上の数とされる十を冠とし、十座とはこの世のすべてを意味した。十座に坐す、といえば富と権力を欲しいままにするという意味の慣用句でもある。


「それほどのことはありません」


 なのになぜか苦々しげに十座は言った。


「いや、別にあなたを褒めたわけじゃありませんよ。世界のすべてなんて、そんなご立派な人間には見えませんからね。名前負けもいいとこです」

「まあ、おっしゃる通りだ」


 ひどい言われようだったが、十座は怒るどころかむしろ楽しげだった。


「この人間は、その司馬とかいうのの誰かと似てるの?」


 真白が聞く。十座に押し切られたことがよほど不本意だったらく、若干言葉にとげがある。


「ええ。司馬の人間は、これまでも何人か来ているんです。彼らからは等しく同じ海の匂いがする。ですから、なんとなく分かるんですよ。特に、十座は最初の司馬によく似ていますし」

「最初の司馬?・・・それは、もしかして司馬省ですか」

「ええ、そうです。その司馬省に似ているのですよ、あなたは」


 なにがそれほど嬉しいのか。炎駒は膝を叩いて笑み崩れた。






 司馬省は稀代の剣豪にして当代一の術者なり、と国史にも記される。

 騒乱の最中であった応の国を立て直した救国の英雄でもある司馬省は、名門司馬家の開祖にして今に至るまで脈々と続く大司馬の家の礎を築いた人物でもあった。

 省が麒麟の門を訪れたのは、二十をいくつか過ぎたあたりだったというから、十座とそれほど変わりない年頃であった。まだ若き司馬の祖は、一人龍と対峙し龍爪を授けられている。

 龍の爪は、人に手渡された瞬間に一振りの刀に姿を変える。

 その名を龍爪刀。

 世界にただ一振りの、龍に認められたものだけが使うことを許される伝説の宝刀は、司馬省の死とともに、跡形もなく消えたと司馬家の歴史は伝えている。





「私が開祖に似ていると言われるか・・・それはまた、皮肉な」


 十座は深く自嘲する。その横顔に透ける苦痛と悲しみ。生きることに絶望し、病みつかれたような青い顔。十座はまるで泣いているように見えた。


「・・・一族の誉れなんじゃないの、その司馬省とかいう人は。そいつに似てるなら良いことじゃない。なのに、なぜそんな辛気臭い顔をするの。ここは素直に喜ぶところでしょう。ホントにひねくれ者だね、あなた」


 これ以上何を言うつもりもなかったのに、真白はついつい悪態をつく。この傲岸不遜な男の萎れた顔を、どうしてか見たくなかったのだ。


「ひねくれ者か。まあ、確かにその通りだが・・・俺は司馬家を追われた人間でね。それが偉大なる開祖に似ているなど、司馬の誰が聞いても憤懣ものだろう。素直に喜べるようなことではないさ」

「ま、確かに似ているのはどこからどう見ても顔だけのようですね。省も綺麗な人間でしたから。でも、どうやら中身はまるきり似ていないようです。省は、もう本当にとてもオモシロイ子でしたからね。あなたのように寄らば斬るぞという雰囲気はこれっぽっちもありませんでしたし、とてもとても優しかった」


 炎駒は笑う。過去を辿るようにひどく懐かしげな目をした。


「優しい?司馬省が?」


 対して十座は怪訝な顔だ。


「はい、優しかったですよ。省の中には、仁のすべてがありました」


 仁とは慈しむ心。他者へ深い思いやり。

 赤い麒麟は何を思い出したのか、不意に面白くてならぬという顔をした。


「省は、それは綺麗で泣き虫で、それで人が好きで妖が好きで獣が好きで。剣の腕は十座同様大したものでしたけれど、気が優しすぎて何一つ傷つけられないような、そんな人間でしたよ」

「それは・・・失礼ですが、人違いではありませんか。司馬省は、目的のためならどのような残酷な手段も辞さない冷酷な男だったはずです。実際、国を守るためとはいえ、人も妖も五万と斬り捨てている。人に言えないような汚いことも相当やったと聞いています。司馬省の二つ名は人斬り。どれほど殺したか数え切れない、それこそ語り草になるほどに殺しつくした男です」

「同じ司馬のあなたが言うのですから、たぶんそうなのでしょう。でも、殺すことも何もかも、そうしなければならない事情があったのだと思いますよ、私は」


 殺生とは無縁の獣は、別段驚く風もなく笑うとあっさり言った。

 あれは邪な者に扱えるような刀ではないのです、と。

 そうして、十座の顔を何とも言えない眼差しでじっと見つめた。凝視に耐えかねた十座が目を逸らす、その瞬間まで。


「十座、あなたには知っておいてほしいです。本当の省がそういう人間だったということを。襲ってきた妖を勢いで斬り捨てて、何度も何度も謝りながら泣くような。底抜けに優しくて根っから不器用で、そして大切なものを守るためになら自分が傷つくことを恐れない心底強い人でした。人斬りなどと言われて、省はどれだけ辛かったでしょう。きっと誰も居ない所でたくさん泣いたのでしょうね」


 かわいそうに。

 

 慈悲の生きものは、そう言ってぽろりと綺麗な涙を流した。


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