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殺戮の代償

鳥も渡れぬ、といわれるこの山の頂には龍が住む。

四神の長たる黄色の龍。黄龍である。

山の中腹に数多ある険しい谷のいずれかには、竜の住処へ通じる巨大な門があるという。


その名を左右門。


二層五間三戸の双子門を守護するのは、二頭の聖獣。麒麟である。

麒麟は元来仁の生きもの。通過を願い出る者がどのような者であれ、その心の有り様に仁なくば決して門を通ることを許さぬという。

龍は、門を通り尋ね来たその者の魂を見極める。見極めた末に、術に優れたる者にはその眼を、技に優れたる者にはその爪を、それぞれ下賜するといわれる。


人の歴史は伝える。


龍眼。

その得たるもの、並びなき呪術の使い手とならん。天を使役し、その理をわがものとするなり。

同じく、龍爪。

その得たるもの、並びなき剣の使い手とならん。その刀清くして、人、妖、霊にいたるものすべてことごとく打ち砕かん、と。

手にしたものは天を得るとも伝えられる龍の秘宝を求める者は数多い。


この男、十座もその一人。






  ***************






 炎駒の額の角は薄ぼんやりと輝いていた。


「・・・知らぬ事とは言え大変失礼いたしました。麒麟がこんなに・・・その、気さくな方だとは思いませんで」


 茫然自失の後、苦心惨憺して十座は言った。何しろ、麒麟に刃を向けてしまったのだ。自分がかなりまずい状態にあることは理解したが、さりとてどうすればよいのやら見当もつかない。自然、ためいきが洩れる。


「分かってくださればいいんですよ。分かってくだされば」


 私気さくな麒麟ですし、とこちらは上機嫌に炎駒。


「言っとくけど、ソレ誉められてないからね、炎駒」

「そうなのですか?」

「あ、いや、俺・・・いや私は誉めたつもりです。それでお願いなのですが。・・・門を通してはいただけないでしょうか」


 結局、十座は率直に――言い訳しても無駄だと判断したのだ――聞いた。

 微笑もうとしたが上手くいかず、仏頂面のままである。麒麟の機嫌を損ねるわけにはいかないが、できないものはしかたない。


「ああ、それは無理です」


 案の定、炎駒は言った。


「なぜです」

「なぜとおっしゃられても、土台無茶なお話ですから。先ほども申し上げましたが、私は門番です。神聖な山に穢れを入れないようにするのが私の役目。これでも職務には忠実なんですよ。門の守護者として申し上げれば、あなたのような方を通すなどできない相談です。あなた、門前をすごく穢してくれましたし、邪な気満々ですし」


 出直して下さい。麒麟はあっさり言った。


「それこそ無理な話です。俺はここまで龍に会いに来たんです。あとわずかの所だというのに、こんなところでおめおめ帰るわけにはいかない」

「その様なお顔をなさっても駄目なモノは駄目。無理をおっしゃらないでください。あなたのおやりになった無体の所為で、これから私がどれだけ苦労すると思ってらっしゃるんですか。正直申し上げて、あれだけの穢れを払うのは生半可ではないのですよ。ま、軽ーく見積もって人の時で十年ほどはかかりましょうか」

「十年・・・そんなに」


 十座は蒼白で声もない。


「限りある人の身で、十年待つのは大変なことです。諦めてお家にお帰りなさい」

「そうだよ。門を通れなくても、別に死ぬわけじゃないんだ。あなたは知らないだろうけど、この山は門を通ってからが悪路に難所続きなんだから、むしろ助かったと思えばいい。世に、命に勝る宝なしと言うだろう。それに、そうは見えないかもしれないけど、麒麟は会うだけでも運気が上がるという大層縁起が良い生き物なんだよ。山を下りてくじでも買うといい。きっと当たるから」


 そうは見えないとはどういうことでしょうか、と隣で麒麟が愚痴るのを無視して、白い髪の少女は真顔でそう断言した。


「刀が欲しいならその金で買ったらいいよ。その方が安全かつ確実だし」

「命が惜しいわけでも金が欲しいわけでもないんだ、俺は。それに、金で買える刀では意味がない。必要なのは龍爪刀だけだ。悪いが帰るわけにはいかない。それは・・・それだけはできない」

「なら、当分ずっとここに足止めだけど」


 と真白。刀振りまわす以外能のないやつになにができると容赦ない。


「そうですよ。何もできない無力感に日々苛まれ、無為に年月を過ごすのは辛いことです。やめておいた方が無難です」


 赤い麒麟も同調する。

 にこやかな笑顔を恨めしげに見て、十座は覚悟を決めたように顔を上げた。


「何もできないかどうかなんて、やってみなければわからないでしょう」


 なまじ整った容貌だけに、有無を言わせぬ迫力がある。

 十座はきっぱり言うと、梃子でも動かぬ顔で麒麟と娘をねめつけた。


「俺はここに残る」


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