門の守護者
「おい……お前ら、なにを企んでいるかは知らんが、俺をあまり怒らせない方が身のためだぞ」
一緒にするなと言う言葉は、十座を心底苛立たせた。十座は刀を正眼に構えると、ぐっと目の前の男女を睨みつける。
「どちらかといえば、怒らせてるのはあなたの方なんですけどね」
「なんだと…」
「もう二人とも、いい加減にして」
殺気立つ人と呑気な妖の間に、割って入ったのは白い髪の娘だ。
真白はウンザリした様に言うと、驚くほど無造作に十座の前に立ちはだかった。十座がすっと目を細める。
「斬られたいのか、女」
「ああ?もうあなた煩い。斬りたければさっさと斬ればいいよ。でも、これだけは言っておくから。私を斬れば、あなたは永久にあの門をくぐれなくなる。山頂に至る道はあそこだけだから、門を通れなければどのみちあなたは龍には会えない。それでも良いなら、好きなだけ斬り刻めばいいさ。あなたほどの腕ならそれくらい簡単だろう、人間」
よほど腹を立てたのだろう。まず自分から斬れと言わんばかりに、真白はさらに間を詰める。
「…お前を切れば門をくぐれなくなるだと。どういう意味だ、女」
十座は目を眇めると、さっと真白に剣を向けた。脅しではない証拠に、剣先が首筋を滑ってすっと赤い血が滲んだ。鋭い殺気は本物で、少しでも怯えて身を引けばすぐさま首が落ちるだろう。しかし、真白はひるむ様子もなくただ静かに佇んでいる。
「どういう意味ってそのままの意味だよ、人間」
真白はきっぱりと言って十座を睨み返した。その強い眼差しに、流石の十座も動きを止める。しばしの逡巡の後、十座は無言で剣を下ろし不愉快そうに舌打ちした。それにすばやく反応したのは炎駒だ。
「あなたねえ、私の真白になにをするんです。それ以上手を出せば、あたななど一生門を通しませんよ。それから、真白。短気起して本当に斬られたらどうする気ですか。自重してください」
「炎駒うるさい。どうせ斬り合いにでもなったら、私にコレの相手をさせるつもりだったくせに」
十座を指刺しながら、真白が拗ねたように言う。
「ええ、まあ、それは確かにそうなんですけど。でも、仕方ないじゃありませんか。麒麟に穢れはご法度。この無駄に顔のいい人間も一応生き物の範疇ですし。殺生なんかした日には、私の方が死んでしまいますよ」
「そんな事言って自分ばっかりズルイ。殺生なんて、私だってご免なのに」
「だから、本当に殺せとは言ってないじゃないですか。ちょっとこう、二度と変な気を起こさない程度にボコボコに」
「無理。できない。私そんなに器用じゃないし」
「まあ、そうおっしゃらずに」
と、まるで無頓着に会話を続ける二人に、十座は呆然と立ち尽くし、次いで目を見張った。
「…お、おい、お前ら。いい加減にしないと本当に斬るぞ。それに、こいつが麒麟だと……門をくぐれなくなるってどういうことだ。それに龍…くそっ、一体なにがどうなってるんだ!」
いいから説明しろ。十座は叫んだ。
「だから言った通りだよ、人間。この赤いのは妖じゃない。麒麟だよ。あなたのような穢れたバカを通さないのが役目の、あの門の守護獣なの」
「もう、赤いのって何ですか。赤いのって。私にも名前がありますから、名前で呼んでいただきたいですね。真白は意外に意地悪です」
炎駒は如何にも心外だといわんばかりに頬を膨らませた。その子供じみた仕草と麒麟という言葉がまるで結びつかない。
麒麟は神聖なる生き物。瑞獣である。その性質穏かにして、虫、草に至るまでその生を奪うことを悉く嫌うという伝説の神獣。生き物すべての長であり、人にとっては信仰の対象。つまりは神にも等しい相手のはずで。
「この妖が……麒麟?」
「そうです。私が麒麟です」
絶句する十座に、赤毛の男はこっくりと頷いた。その当の伝説は、子どものように頬を膨らませて真白に抗議したかと思うと、十座に向きなおって一転くそ真面目な顔をした。
「申し遅れましたが、私、二の守り左門の守護獣、赤麒炎駒と申します。あの門はこの山に穢れを持ち込ませないための、いわば結界の役目を果たすもの。あなたが近づけなかったのは、そのためなのです」
「結界…それで」
近づくほどにあの門は遠ざかった。血にまみれた十座を拒むように。
「私はその結界を守護する二頭の麒麟の片割れ。そして、こちらが私たちの大切な真白。私のことは炎駒でも赤麒でもお好きなようにお呼び下さい。ということで、よろしくお願いしますね」
炎駒は勝手に二人分名乗ると、唖然とした表情の十座の耳元についと唇を寄せた。
「ついでに言っておきますが、あの結界は人には決して破れません。あなた山に入りたいのでしょう。それなら、私たちの門を通る以外に道はありませんよ」
麒麟はそう小声で呟くと、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。