伝わる熱
「一人に…しないで」
「…………しない」
だから泣くな。
優しい呟きとともに握り返された掌は、大きくて温かかった。伸ばした指が掴んだ予想外の熱に、真白はホッと息を吐いた。途端になだれ込んでくる力強い気配はなんとも心地よく。
――なんだろう、胸がほかほかする。
真白は夢うつつのまま首を傾げた。その拍子にツウと頬を伝う何かを、硬い指先が優しく拭う。その丁寧な仕草は、まるでそう、宝物でも扱うような。
――宝物?
馬鹿げてると思いつつ胸が震えた。なぜ今日に限ってこんな気分になるのだろう。自分が見たのはお馴染みの悪夢だったはずだ。なんだかひどくふわふわした気分に襲われて、真白はゆっくりと目を開いた。
「……十座」
開いた目に飛び込んできたのは、ここ数週間ですっかり見慣れた仏頂面だった。真白は弾かれたように寝台から身を起こした。結果、吐息がかかるほど近づいてしまい、あっと思った瞬間には目にも留まらぬ早さで身を離される。
十座は強張った顔をしていた。
「あ………ご、めん」
空けられた距離に不意に泣きたくなる。申し訳なくて切なくて、真白は俯いて唇を噛んだ。自分みたいな化け物は嫌がられて当然なのに、どうして忘れていたんだろう。
「本当にごめん。気持ち悪かったよね。ごめんね、十座」
「………なぜ謝る。全く、お前は…いや、違うな。悪いのは俺か」
自嘲の響きに、真白は驚いて顔を上げた。十座は少しも悪くない。悪いのは考えなしに近づいた自分だ。真白は注意深く心を研ぎ澄ましてみた。忌まわしい真眼の制御は今のところ完璧だ。お陰で心の声は聞こえないが、波動のような感情の残滓だけは感じ取る事が出来た。
十座から洩れ出るのは悔いる気持ち。そして、真白を気遣う温かい想いだ。
――なんで。
真白は目を見張ると、
「何言ってるの、十座?別に十座は――」
「悪くないとか言うなよ。今、この状況で俺とお前とどっちが悪いか聞かれれば、誰が見たって悪いのは俺だ」
空けた距離をあっさり詰めながら、十座はひどく真剣な面持ちで自分の手――真白の手を握ったままの自分の右手だ――をじっと見つめている。麒麟に殺されそうだ。そんな事を真顔で言って、それでもその手を離そうとしない。重なった掌からじんわりと伝わる熱に急かされて、真白は慌てて口を開いた。
「ち、違う。悪いのは私。十座は」
悪くないと言えなかった。正確には、怖い顔をした男前が目で殺す勢いで睨みつけて言わせなかった。真白は戸惑って十座を見上げた。かち合った視線は長いことそのままで。なにかを耐えるようにギュッと眉間に皺を寄せた十座が、ぎこちなく明後日の方向を向くまで外れる事はなかった。
「あの、十座?」
本当にわけがわからない。いつもと違う十座の様子に、心がざわざわとざわめいて落ち着かなかった。だが、落ち着かないのはどうやらこの目の前の男も同様だったらしい。
「…あー、もういいからお前は黙ってろ。別に俺は怒ったわけじゃない。逆だ、逆。その…今のは突然だったからちょっと動揺しただけであって、断じて気持ち悪いとかそういうのではないんだ。というよりむしろ嬉しいくらいで…って、いや、違う!そうじゃない!…くそっ、だから、つまり、俺が言いたいのは、だ」
ガシガシと髪を掻き毟り、不自然に視線を泳がせた挙句、十座が口にしたのは、
「……………………大丈夫なのか」
驚いたことに気遣う言葉だった。