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運命の出会い

「運命などという胡散臭いものを信じるつもりはありませんが、もし存在するとすれば」


 意外にも現実主義らしい赤い目の霊獣はそう言うと、クスリと小さく笑みをもらした。


「あの日あの時あの場所に私達が居合わせた事が、正しく運命そのものでした。尽きずに続くこの生も、そう思えば満更捨てたものではないと」

「ああ、俺もそう思った。つか、会わねーで見殺しとか冗談じゃねーし」


 角端が真剣な顔で言えば、炎駒も「全くですよ」と真面目に答える。


「見殺しって、それはどういう――」


 物騒な台詞に敏感に反応した十座をにっこり笑顔で遮って、炎駒は話し始めた。


「あれは人の時で数えると、丁度十年ほど前。冬も間近な良く晴れた夕刻でした」


 その日、二頭の麒麟は揃って国境を隔てる大河の遥か上空を天駆けていた。

 水平線が見えるほど長大なその河の名は、双春江。

 悠々たる流れは澄み切って青く、河口に近づくにつれその色を鮮やかな緑へと奇跡のように変化させ、清浄な流れを海へと運ぶ――はずだった。いつもならば。


「炎駒、これって――」


 足を止め青ざめた顔で絶句したのは、黒麒角端。


「ええ、これはちょっと、ひどいですね」


 同じく顔色を失った赤麒が眉をひそめる。

 丁度二丈分ほどはあろうか。

 眼下に望む川岸付近の川面は今、くっきりと色分けされたように朱に染まっていた。紛うことのない、それは血の色。たっぷりと怨嗟を含んだ朱の色は、清廉な流れを毒々しい穢れへとみるみる変貌させていた。その凄まじいまでの呪詛の色。湧き上がり絡みつくような腐臭に、たまらず霊獣たちは風上への移動を余儀なくされた。

 人の眼には分かるまい。

 だが、彼らは神獣、麒麟であった。

 一体何をどうすれば、これほどの恨みをかえるものなのだろう。許容量を超えた恨みと辛みと嫉み。それらはドス黒いもやと化し、倒れ込む何かにべったりと纏い付いていた。その「何か」は、よくよく見れば人の形で。意識のない様子で、ぐったりと水面に倒れ込んでいる。下半身を水中に、上半身を辛うじて岸に乗せた傷だらけの体は驚くほどに小さく細い。


「なんだ、コイツ。まだ、ホンのガキじゃねーか。どうしてこんなチビが」


 倒れているのは子供だった。この辺りでは見かけない白い髪が、飛び散った鮮血でまだらになっている。血の気のない横顔はあどけなく、実年齢はともかく外見だけなら十歳児の角端よりも更に小さく華奢だった。見るからに非力な、傷ついた人の子。

 思わず駆け寄ろうとする相方をそっと押し留め、炎駒は小さく首を振ると、


「たとえ子供でも、これほど穢れていては私たちでもとても助けられません。さあ」


 行きましょうと、先を促した時だった。血まみれの小さな手がピクリと痙攣した次の瞬間、子供はゆっくりとその目を開いた。現れたのは深い海底のような黒藍。小さな人の子は、空中の麒麟を見止めると一瞬不思議そうな顔をして、ふわりとわずかに笑みをもらした。


「嘘…だろ」

「嘘…ですよね」


 二頭の麒麟は目を見張り、宙に浮いたまま呆然と立ち尽くす。にわかには信じられないことだった。過ぎるほどの穢れをまとい、なのにこの子供の魂は穢れるどころか呆れるほどに無垢だったのだ。人ならざる眼に映るその魂の輝きは白く美しく。五百年と千年の永きを生きて尚、これほど綺麗な魂を持つ人間を見たのは久しぶりのことだった。

 清浄で真っ白な魂は儚く、今にも消えそうに揺らめいている。


「炎駒、このチビ助けるぞ」

「ええ、角端。助けましょう」


 今度こそ否はなかった。

 ほとんど門を離れることのない麒麟が、それも揃って出かけることなど百年に一度あるかないか。この奇跡のような邂逅が運命ならば、それに乗ってみるのも悪くはないとそう思えたから。

 白い髪の愛し子と聖獣の、これが出会い。





「とりあえずの穢れを祓うだけで丸一日、そこからやっと傷の手当を施して、ここに連れ帰れるほどになるまで更に三日はかかりましたか」

「だな。なんせハンパねー穢れようだったからな」


 その時のことを思い出したのか、やけにしみじみと角端が言う。


「そうそう。私も角ちゃんも、結局穢れに当てられてうっかり死にかけたんですよね」

「あー、あれはマジやばかったよな。俺、もう駄目かと思ったし」

「ざっと百年は寿命が縮みましたね」


 縮んだ縮んだと顔を見合わせて暢気に笑う麒麟に、噛み付いたのは十座だ。


「寿命縮んだって、それ笑い事ですか!それに、十年前なら真白は精精七つとか八つでしょう。そんな子供がどうしてそんな恨みを買うようなことになったんです!おかしいでしょう!!」


 大声で叫んだのは、頭が酷く混乱していたからだ。真白は愛されて育った娘だと思っていた。少なくとも、そういう子供時代を送ったのだろうと思い込んでいたのだ。本当の苦しみを知らないから、あんな自分そっちのけで他人のことばかり心配するようなお人好しになるのだと。

 でも、違った。そうじゃなかった。

 強張った顔の十座に、炎駒はほろ苦く笑う。


「十座の言う通りですね。本当におかしな話なのです」


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