優先順位
仕方がない。十座はため息をつくと、慎重に口を開いた。
「…真白、お前は術者なんだな」
「そうだよ」
聞かれるのは分かっていたらしい。真白の答えは拍子抜けするほどあっさりとしたものだ。
「で、なに。私が術者だったらどうだっていうのさ」
「別にどうもしやしない。術者だと確認しただけだ」
「…そんなもの確認してどうするのさ」
楽しい話ではないのだろう。真白はため息をついて横を向いた。
今日、真白は十座の目の前で九頭の大蛇、相柳をあっけなく吹き飛ばしたのだ。術者だと気づかないほうがどうかしている。だが、それをわざわざこの場で確認する意味を計りかね、真白は小さく眉根を寄せる。
「真白、お前あの時印も詠唱もなしに術を使ったよな。そんな事ができる術者なんて、俺はこれまで聞いたこともない。お前はなぜあんな事ができる。お前は――何者なんだ」
通常、術者が術を使うには複雑な印の組み合わせと長い詠唱を必要とする。応国お抱えの高位の術者ですら、それは例外ではない。術者の術は強力だがとっさの攻撃には無力。それを覆すものがいるなどと、聞いたこともなかった。
だがあの時、真白はほとんど無詠唱で続けざまに術を繰り出していた。はっきりと確認したわけではないが、印を結んだ様子もなかった。
術者は四精のいずれかと契約して術を使う。四精の矜持は恐ろしく高く、契約しようがしまいが、そもそも人が命じて従うような相手ではないのだ。その四精が、真白の言葉には素直に従った。真白の術者としての実力が、並々ならぬものであることは疑いようもない。
「何者って…私は私だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
力ない呟きは、だが確固とした拒絶の色を帯びていた。十座は一つ大きくと息を漏らすと、つとめて明るい口調で聞いた。
「分かった。嫌ならもう聞かない。だけどそれなら、なんで最初から術を使わないんだ」
「…使わなくてすむなら、こんな力使わない方がいいからだよ。妖だって生きてるんだし…傷つけたくない」
「はあっ?お前、何馬鹿なこと言ってるんだ。初めから術を使えば、怪我しなくていいんだぞ。使わない方がいいって。…おい、まさか真白、お前妖を傷つけたくないから術を使わずに済ませようとした…なんてこと、ないよな」
まさか、と。恐る恐る十座が問えば、しかし真白はこっくりと頷いて言った。
「そうだけど、それがなにさ。妖だって人だって、誰も傷つかないにこしたことないじゃない」
そう当たり前のように言われて、十座の顔色が変わる。
「…お前っ!…それまさか、本気で言ってるのか、真白!」
「なにそれ、失礼な。私はいつだって本気だよ。妖傷つけたくないことのなにが悪いのさ」
「なっ!悪いに決まってるだろうがっ!妖庇って自分が怪我するって、お前の頭の中は一体どうなってるんだ。世の中、優先順位ってやつがあるだろうが!少しは考えろ!」
「優先順位はちゃんと考えてるよ。えーと、まず一番は十座の顔、その次が十座の体、最後に妖の順だよ。ほら、妖はちゃんと最後じゃないか」
なぜだか得意げな真白に、頭を抱えたのは十座だ。
「おいこら、ちょっと待て、真白。肝心の自分が抜けてるってどういうことだ。お前の順番はどこだ」
「あー、私か、私ね。うーん…じゃあ、十座の顔と十座の体、そして妖その後に私、かな?」
「はあ?いい加減にしろ!なんで自分を一番最後にする!意味が分からん!」
「え、意味はあるよ。私は丈夫で怪我しても平気だし、すぐ治るから最後でいいんだよ。今もちゃんと生きてるんだし、十座がそんなに気にしなくても」
「気にするわ!馬鹿者」
洞窟に十座の絶叫がこだまする。真白が無言で耳を塞いだ。
「…もういい。…とにかく真白、お前明日からはすぐに術を使え。分かったな」
「分からないし使いたくないから使わない」
「分からなくてもいいから使え」
「使わない」
「使え」
「使わない」
「使えッたら使え!」
「使わないッたら使わない!」
不毛なやり取りは、結局深夜遅くまで続いた。