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白い髪の娘

 目を覚ました時、日はすでに大きく西に傾いていた。


 司馬十座(しばじゅうざ)は、薄く眼を開いて周囲にすばやく目をやった。夕日に照らされた室内に、家具らしきものはほとんどない。あるのは朱塗りの長持が一棹と壁に掛けられた織物一つきり。剥き出しの岩肌に掛けられたその大きな織物には、金色の巨大な竜と赤と黒の鹿に似た獣が二頭織り込まれている。そのあまりの見事さに、十座はしばし見惚れた。

 余程の名人の作なのだろう。三頭の獣は、まるで今にも飛び出して天駈けて行きそうである。

 見渡せば壁面も天井もむき出しの岩肌。大きな洞穴を利用した住居なのだ。その入り口近く、乾燥した草を積み上げた寝台の上に、十座は寝かされていた。

 生き物の気配はない。

 十座は慎重に身を起こすと、止めていた息をそっと吐き出した。素早く自分の体を検分してみる。傷はきれいに治療され、致命傷になるようなものは見当たらなかった。愛用の刀を探すが、こちらも同じく見当たらない。

 生きてはいる。

 今のところ、まだ。そう呟くと同時に襲いかかる剣呑な気配に反応し、十座は音もなく寝台を降りた。


「起きたの?」


 目覚めない方が良かったとでも言いたげな、冷ややかな声音だった。

 扉の先から現れたのは若い女。女の髪は白く、額には深くえぐられたような無残な爪痕が伺える。多く見繕っても二十歳より二つ三つ下の、まだ幼さの残る顔に深い怒気を滲ませて、女は十座を睨みつけた。


「俺の刀はどこだ」


 油断なく十座は尋ねた。見たところ女は丸腰のようだが、敵か味方か分からない以上、安心などできはしない。

 女は無言で部屋の隅にある長持に手をかけると、中から布に包まれた細長い物を取り出して無造作に投げ寄越した。十座はそれを片手で受けて、素早く布を開く。現れたのは手に馴染んだ一振りの刀。十座は刀を握り締めると、わずかにホッとした顔をした。


「あなたは殺しすぎる」


 視線を十座に据えたまま、女は言った。


「屍が山になるほどなぜ殺した」

「殺さなければ殺されていた。俺はこんな所で死ぬ気はない」

「あなたの腕なら逃げられたはず。なぜ、あんなにも血を流す必要があったの?」

「逃げる暇はなかった」

「嘘だ」


 即座に女。

 逃げられなかったのではなく逃げなかったのだと断じる。その真っ直ぐな瞳がどうにも鬱陶しくて、十座は軽く眉を寄せた。

 女の言うことは正しい。

 血のにおいに酔っていたのは妖だけではなかった。妖の体を切り刻み、その目をえぐり、断末魔の声を聞く。堪らない快感と尽きぬ高揚感に十座は酔った。命尽きるまで殺しつくしたい。あの時確かに十座はそう思ったのだ。だが、それを話すつもりは毛頭ない。


「なにも人を斬ったわけじゃない。妖なんぞ何匹斬ろうが、文句を言われる筋合いはない」

「人里だったらそうかもしれない。でもここは妖の里なの。ちゃんと理があって生きているものを、無為に傷つけていい場所じゃない。勝手に入り込んで、人の理を持ち込まれるのは迷惑だよ」

「やけに妖の肩を持つな、女」


 お前妖か、と問えば、


「だったらどうするの」


 女はすっと唇を歪め、挑むような目を向けた。


「斬る」


 助けてくれたのが誰であろうが、殺気を向けてくる相手は全て敵だ。

 十座は抜刀し、一気に間合いを詰めた。躊躇もなく女のうなじに白刃を滑り込ませて――


「やれやれ、つくづく物騒なお人だ」


 間延びした声がした。

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