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黒麒 1

 眩い閃光。

 目の前に叩きつけられる漆黒の稲妻。


「十座!」

「真白!」


 互いに叫びあった二人は、鼻を摘まれても分からない濛々たる砂塵の最中にいる。十座が真白を抱え込むようにして身を低くした、その刹那。


「テメエ!真白になにしやがんだ、このヤロー!」


 威勢の良い啖呵は、驚いたことにすぐ目と鼻の先から聞こえてきた。

 年の頃なら十になるかならずという所だろうか。

 土埃の合間に見えるのは、昔風の装束を身に纏った童子であった。黒目がちの大きな瞳には深い知性の色がある。艶のある黒髪がふわりと舞い上がって、露になった額には小さな角。


「麒麟・・・?」


 現れたのは稀なる霊獣―――麒麟だった。

 人外の気を遺憾なく発揮して、小さな身の内全てから闇色の炎がまさに燃え上がるようである。少年の姿をした神獣は、全身に怒気を漲らせて十座を下から睥睨していた。


「だから、真白触んなっつってんだろーが、バカ!いい加減、その汚ねえ手離せっ!!」

角端かくたん!」


 地団太を踏む麒麟に、十座の腕をすり抜けた真白が笑顔で走り寄る。


「真白ぉ、会いたかったよ!」


 蕩けるような笑みを浮かべて、小さな麒麟は白い髪の娘をひしと抱きしめた。


「うん、私も角端がいなくて寂しかった。お帰り、角端。また会えて嬉しいよ」

「俺も真白に会えてすげえ嬉しい。っと、その前に」


 麒麟はビシリと指を刺す。


「おい、そこの人間!テメエ、よくも俺様の真白を泣かせやがったな!」


 ぶっ飛ばす!


 角端は十座に指を突きつけたまま、堂々とそう宣言した。

 見た目子供だが、しかしそこは流石に聖獣。その双眸に宿る力は凄まじく、呼応して鳴り響く雷鳴とともに呆然と立ちすくむ十座を圧倒した。


「・・・・貴方は麒麟・・・なのか?」


 十座が恐る恐る聞く。黒い麒麟はニヤリと外見に似合わぬ笑みを零すと、頷いた。


「ハッ!それくらい見りゃわかんだろ、馬鹿かテメエは。聞いて驚け。俺様は黒麒こっき角端。ついでに言うと、一の守りで右門の守護者だ!俺様は、だからすんげえ強ぇんだぞ。分かったか、このヤロー!」


 黒い瞳はキラキラしている。小さな麒麟は元気よく言い放つと、引っくり返りそうなくらいふんぞり返った。


「・・・・はあ・・・・それはまた、どうも」


 どう答えたら良いものか見当もつかない。十座はしばし途方に暮れて、結果ずいぶんと気の抜けた声を発してしまう。角端は不満げに鼻を鳴らし、


「なんだ、その間抜けな返事は。つか、その前にテメエ誰だ!」


 ズイと一歩前に出て凄むと、ニコリと微笑んだ真白が代わりに答える。


「角端、この人間は龍に会いに来ただけで、私には何もしてないから安心してよ」

「ああ・・・・・と、その、よく分からんがそういう事です。角端殿、と仰るのですか。私は司馬十座と申します」

「・・・・司馬?」


 ポツリと呟きが漏れる。角端は十座を上から下まで舐めるように見て―――「えっ!」と大きく目を見張った。


「省?!」


 喜びと不安がない交ぜの幼い顔。

 十座が否定しようとした瞬間、黒麒は勢いよく片足を振り上げると十座の向こうずねを思い切りけり上げた。


「―――ッ!」

「ちょっ、角端!何をいきなり!」


 真白が慌てて黒麒の顔を覗き込む。角端は俯いて、自分の足をじっと見ていた。


「・・・じゃない」

「えっ?」

「・・・省じゃない」


 心なしか小さな角も項垂れてみえた。角端はがっくりと肩を落とすと、


「省じゃないんだな、お前」


 囁くようにもう一度言った。


「そうですよ、角端。その人間は省ではありません」


 その穏やかな声は頭上から降ってきた。


「炎駒・・・・」


 いつの間にか現れた赤麒は、中天に浮かんだままその鹿に似た体躯をぶるっと震わせると一瞬で人の姿に変化した。


「角端」


 柔らかく名を呼んで、そうしてなお頑なに俯き続ける角端の前に、炎駒はふわりと降り立った。項垂れる小さな肩に手をやり、赤の麒麟は励ますようににこりと笑う。


「本当にびっくりするくらい省そっくりですけれど、省ではないんです。角端の大好きだった司馬省は、もうこの世にはいないのですから」

「・・・・んなの、分かってる。分かってるけど―――でも」


 もしかしてと思ったんだ。角端は言った。

 ため息と共に吐き出されたそれが、涙声に聞こえたのは空耳だったのだろうか。更に微笑を深くした炎駒が一つ大きく頷いて答えた。


「ええ、ええ、そうですねえ」


 私も分かっていますよ、と。

 それはもう悲しいくらい優しい声だった。


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