傷跡 2
「お前龍に会ったんだな」
静かに問い詰められて真白は思わず目を泳がせた。隠すつもりはなかったが、なんとなく今の十座に龍の話をするのは躊躇われた。まだ早い。そんな気がしたのだ。
「会ったらどうなの。それがなに」
後ろめたさで口調は自然に素っ気無くなる。
「私はここに住んでるの。十座と違っていつでも門を通れるんだし、会ってたっておかしくないでしょ。それから先に言っとくけど、龍爪刀なんかもらってないからね。そもそも、くれると言ったってお断りだよ。刀なんてあんな人斬り包丁、私は金輪際持つ気ないから」
「人斬り包丁か。確かにそうだ。・・・・・・やはりお前は強いな、真白」
それは自らを嘲笑する、ひどく暗い口調だった。真白は苛立たしげに眉を寄せると、ぐっと十座を睨みつける。
「強いのは十座でしょう」
「俺は弱い。丸腰では恐ろしくて外に出ることもできないんだからな。それが臆病者でなくてなんだ」
「臆病のなにが悪いの。勇敢に死ぬより、臆病に生きる方が何倍も難しくて大変なことだって分かってる?それに、武器なんかなくても、人はいくらでも戦えるんだよ。十座だって―――」
「気休めは止してくれ」
「気休めなんかじゃない。そんなんじゃないんだよ」
真白はぎゅっと両手を握り締めると、縋るような目を十座に向けた。物言いたげな瞳から、どうしてか目が離せなくなって、十座は眉間に皺を寄せた。
「やっぱり十座は山を降りたほうがいい。憎しみはより強い憎しみを生むだけで、良いことなんて何もないんだから。強すぎる力は人を不幸にする。龍爪刀は、本当の意味で十座を助けてはくれないよ」
「だからなんだ。俺はどうなろうと龍爪刀が欲しいだけだ。それに、山を下りてどうする。今更この俺に普通の暮らしをしろとでもいうのか。―――できるわけがない」
吐き捨てて横を向く。苛立ちを抑えきれず、十座は小さく舌打ちした。
悲しげに瞳を曇らせる真白の顔がまともに見られない。そんなを顔させたくはないのに、どうして自分はこうなのだろう。内心忸怩たる思いがつのるばかりで。
そんな十座に、真白は必死に言い募る。
「できるよ。十座ならきっとできる。聞くところによれば、人間の女は綺麗な顔の男が好きらしいじゃないか。十座のその顔なら多少性格が偏っていようが曲がっていようが、女は寄ってくるんじゃないの?嫁を貰って子を作って家族を増やして。・・・・そうやって普通に生きていけばいいんだよ」
「・・・・・馬鹿馬鹿しい。顔でどうにかなる話か。俺には普通の生活なんぞ無理だ」
「無理じゃないよ。何とかなるって」
食い下がる真白に、十座は「所詮、他人事だからな」と鼻で笑った。真白の言う事が一々癇に障る。大人気ないとは思っても、棘のある言葉を止められなかった。
「なにが何とかなる、だ。じゃあ、そういうお前こそどうなんだ?いつまでもこんな所にいないで、さっさと男でもなんでも見つけたらいいじゃないか!」
「・・・・私は、・・・私のことなんかどうでもいいよ」
十座の反撃に、真白は目に見えて勢いをなくした。唇を噛んで下を向く。
「どうでもいいってことはない」
「十座には関係ないじゃない」
「じゃあ、俺のことだって真白に関係ないだろう」
「・・・・それは・・・そうなんだけど・・・・」
真白は項垂れて唇を噛む。思いが上手く伝わらないことが、悲しくて辛い。十座のことは嫌いではない。本心では優しい人間なのだともう知っている。だから、幸せになってほしかった。十座にはそれができるはずなのだ。
自分とは違って―――。
「私は・・・・ダメなんだ。人の中には入れない。妖と同じなのは、十座じゃなくて私の方だから。私は存在するだけで人を傷つける・・・・・・化け物・・・・・・なんだよ」
化け物。
そう言った真白の声はかすかに震えていた。
「化け物って・・・・俺は別に傷つけられたりしてないぞ」
腹立ち紛れにそう言って、十座はムッと眉をひそめた。
「それどころか、むしろこうして助けられてるだろうが。なんなんだ、お前は。突然訳の分からないことを言いだして」
真白が化け物のはずがない。そんなこと見れば分かるし、それ以前に真白は誰も傷つけない。自分を害そうとした十座や妖まで守ろうとした人間の、どこをどう見たら化け物になるのか。
十座がそう言っても、俯いたまま真白は顔を上げなかった。細い肩がブルブルと細かく震えている。
「真白・・・・・お前―――」
十座が手を伸ばしたその時。
バリバリバリ!
雲ひとつない晴天に、突然の雷鳴が響き渡った。