裏切り者
文中に、若干の暴力表現がございます。
苦手な方はお気をつけ下さい。
ソレが現れたのは、それからすぐのことだった。
初めに気づいたのは地央。
司馬家の屋敷の門前に、突然巨大な噴煙があがった。同時に、屋敷内の庭園からすさまじい轟音と人々の悲鳴が鳴り響く。
「なんだ・・・・ありゃ」
呆然と呟いて、地央は大きく目を見張る。
「窮奇?!」
土煙りの先に見えるのは虎に似た巨大な影。
妖だ。
前足には鳥のような翼を生やし全身から怒りの気配を迸らせて、窮奇は手当たり次第に人へ物へと襲いかかった。バリバリと恐ろしい音を立て、窮奇は捕まえた人を頭から飲み込んでいく。
瞬く間に満ちる血の匂い。広がり続ける血の海に浮かぶのは、かつては人であった物の一部。引き裂かれ、無残にもがれた人の四肢であった。そこかしこから聞こえる断末魔の絶叫は止む気配すらない。
まさに地獄絵図。
「なんで・・・なんで窮奇がこんなところに!」
茫然と立ちすくむ十座を尻目に、窮奇はふわりと舞い上がり、あっという間に屋敷の近くまで迫る。気づいたときには、獣は十座が居る窓の下までやってきていた。
「くそっ!十座!お前なに呆けてる。死にたいのか、バカ野郎!」
地央の怒声に我にかえって、十座はどうにか走り出す。夢中で屋敷を離れ、喉が張り裂けんばかりの大声で叫んだ。
「妖だ。妖がでたぞ。皆逃げろ!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、司馬の屋敷は阿鼻叫喚の巷と化していた。
司馬の屋敷は崩壊した。
どこからともなく溢れ出る幾多の妖。飛ぶモノ、這うモノ。この世のものとは思えない光景。
地獄。
「皆死んだ」
一番下の妹は、まだ十にもなっていなかったというのに。
十座の目の前で、あどけない顔は無残に引き裂かれ、小さな手は血にまみれた。助けることはおろか目を閉じることもできず、十座はただ呆然と妹が息絶えるのを見ていることしかできなかったのだ。
「そんな・・・」
真白は喘ぎ、ぎゅっと強く胸を押さえた。深い悲しみと喪失感。十座の苦しみは今もまだ痛いほどで、息をするのも苦しかった。
「そんなのあり得ないよ。窮奇が・・・・人里に出るなんて」
窮奇は四凶と呼ばれる大妖の一角。
深山の奥に住み、容易に人前に現れることはない。これほどの妖が突然に、それも宣などという都会に現れるはずがないのだ。
誰かに呼ばれでもしない限りは。
「まさか・・・」
「そのまさかだ。召喚した者がいたんだ」
真白が目を見張る。
宣に現れたのは窮奇だけではない。大量の、それこそ地を埋め尽くさんばかりの妖の群だったという。人間にそれほど大量の妖を召喚する術などない。ないはずだ。
「一体誰が・・・・どうやって」
「召喚したのは、俺の父方の叔父。司馬連准。おそらくは、司馬省の残した禁呪を使ったんだろう」
稀代の術者でもあった司馬省は、死後多くの呪術書を残している。中でも危険な呪術は、開祖自ら屋敷の地下深くに封印し禁呪としていた。十座の叔父の連准は、その禁を犯して妖を召喚したのだ。
「その場で俺は捕らえられた」
「そんな、なんで!犯人はその連准って人じゃないの」
「連准は頭の好い男だ。あの男からすれば、馬鹿な甥一人追い込むくらい造作もないさ。計画も証拠も完璧だった。俺の有罪を示す痕跡は、それこそ数えきれぬくらい用意されていたんだ」
見事なものだったよと皮肉気に唇を歪める様が、真白にはただただ哀しく辛い。
十座は、司馬家当主とその家族及び多くの市民を殺した罪で、地下深く投獄された。