序文
文中に、若干の暴力表現がございます。
苦手な方はご遠慮ください。
―――その門の名を左右門という。
眼前の門をくぐれば、目的の場所が近いことは分かっていた。
二層五間三戸。
見上げるほどに巨大な堂々たる双子門は、もうすぐ手の届くほど近くに見えた。
なのに。
「なぜ、近づけない!」
苛立ちのあまり、男はぎりっと奥歯を噛みしめた。
刀はどっぷりと血にまみれていた。すらりとした体を染める返り血は、厚く固まって黒く変色してはじめている。白刃が鞘から引き抜かれてからもう小半時。それから何体の妖を屠ったのやら、すでに見当もつかない。纏いつくように襲いかかる妖たちを斬り捨てながら、男は確実に歩を進めてきたはずだった。
なのに、少しも近づけた気がしない。
近づくほどに遠ざかる。なぜなのか考える間もなく、妖たちは数を増してゆく。男の足元には累々たる屍骸。力なく飛び立とうとするもの、ぴくりともせぬもの。努めて淡々と、男は周囲に屍の山を築き続けてきた。
むせかえるような血の匂い。
その匂いに陶然として、妖たちは男を十重二十重に取り囲み、我先にと殺到する。力の差は歴然だったが、妖の数はすでに尋常ではない。仲間の屍に怯むこともなく、次々男に襲いかかる。
姿のいい男だった。
腰ほどまである黒髪は無造作に束ねられ、男が動くたびひらひらと翻った。人形のように整った相貌に氷のように冷たい目をしている。
驚くべき手練といえた。妖のありとあらゆる攻撃を軽々とかわし、無造作になぎ払う。正確無比な動きは、まるで舞を舞っているかのように優雅だ。
しかし、時は確実に過ぎる。
疲労の色は音もなく、そして確実に男を蝕みつつあった。勝敗はもはや時間の問題。飛びかかる翼妖をかわしきれずズルリと後ずさった時、足元の血だまりに男は大きく足を取られた。たたらを踏んで踏みとどまろうとするが、できない。
「くっ!」
男は体制を崩し、頭から地面に叩きつけられた。
「・・・こ、んな・・・ところ、で・・・」
無念、とただ一言。
妖たちが上げる歓喜の雄叫びを聞きながら、男はゆっくりと意識を手放した。