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勇者の務めとして処刑されます~どうか私を連れ出さないでください~

作者: 永田えいだ
掲載日:2026/04/21

絞首台の前に女性が立っている。

華やかなドレスに身を纏い、とても罪人への扱いには見えない。


コルセットがきつく締められていて、誰かが丁寧に着せたのは明らかだった。

せめて民に映る最後の姿を美しく飾ろうとしたのだろう。


彼女は綺麗な夕暮れの中、階段を上ったのだ。


「絞首台の階段は13段って聞いたことあるけど、本当なのかな?」


女性がふとそんなことを思い出して足をあげる回数を数えると、その数は1つだけ足りていなかった。


まぁ、異世界であるし。そんなものか、と。

人生最後になるだろうと考えていた当てが外れたことを微かに笑う。


女性が考えを改めたのは、絞首台を見上げる群衆の中に見知った大工の顔を見つけた時だ。

処刑台は彼の手によって作られたものであった。彼女が救った者のうちの一人であった大工は、その腕の良さに似つかわしくない傷を作った手で何度も涙をぬぐっていたのだ。


「嬉しいけど、でもやっぱり少しだけ恥ずかしいよ。12は神聖な数字だもんね? 」


きっと処刑台の確認をした役人も気づいて見逃したのだ。

面映ゆい気持ちはあったが、大工の気持ちには気づけて良かったと彼女は思った。


縄がくくられた台はまるで華やかな舞台のように作られていて、

彼女を見上げる群衆があげる嘆きの声などは、どんなに素晴らしい歌劇でさえ聞くことはできないものであった。


その刑が処されることを誰もが力の限り止めようとするのを憲兵が涙ながらに制しているのだ。


「悪くない最後だよね?」


望まぬ二度目の人生だったが、これだけの人に想われるのであれば上出来だろう。

『救世の聖女勇者』などというこっ恥ずかしい二つ名を最後まで名乗ることになるとは思わなかったが、自分にできることは全部できたはずだ。


そして、『これ』が自分に出来る最後の仕事になる。


「うん。___いい人生だった!」


彼女は目を閉じ、首を縄でくくられるのを静かに待ったのだ。


___未練と呼べるようなものが一つだけあるとしたら。


「最後くらい顔を見せに来なさいよ。バカたれ。」


思い出を振り返りながら、返事などくるはずもない言葉だけを残す。


彼女が来るべき時を平静な心で待っていると、しかし、階段の数などという些事が最後の驚きになるなどということも、小さな悪態が最後の言葉になるなどということも、全くもって見当違であったと知ることになったのだ。


群衆に道を割かせるような、よく通る声が処刑場に響いた。





◇◇◇





「兵士の後ろに控えるような者の何が勇者か。それに女ときた。もっと早く『次』を呼ぶべきであったであろう。」


処刑を数日後に控える王都で、身なりの良く化粧の濃い女がそんな言葉を発した途端に酒場の雰囲気は一変した。

それを聞いたほとんどの人間が耳を疑い、残りの人間は次に口を開いたならすぐにでも行動を起こそうと身構えているのだ。


「オーレオルの乙女だの聖女だのと持ち上げられながら、戦場で兵士たちの肌に触れるなど、そこいらの売女と変わらぬではないか。」


ガタンと、椅子が倒れる音がした。


女がそれに気づいて振り返る時に目に映ったのは靴底であった。

酒場にいた身分の低い騎士のものだ。


「貴様、侮辱したな!? 我らが故郷を取り戻した聖女を侮辱したな!? 言い逃れなど出来ぬぞ! ここにいる全員が証人だ!!」


顔を思いっきり蹴り込まれ、椅子から転げ落ちた女を騎士は執拗に足蹴にした。


助けを求めて周囲を見渡しても、駆け寄る者などどこにもいなかったのだ。


公衆の面前で女を打擲するなどという騎士の位を剥奪されかねない蛮行は、大勢が見届ける中で黙認された。

しばらくしてノロノロと憲兵が止めに入ったが、騎士は制止を振り払いながら憎悪の言葉を口にし続けたのだ。


「地獄に落ちろ! お前が地獄に落ちろ! そうならないのなら必ずお前を殺してやるぞ!!」


体を引きずられるように連れ出された騎士はそう繰り返した。

店を出た後などは彼を連れ行く憲兵も、むしろ背中をなでてやるような有様であった。



後日、投獄された彼への王家の言は以下のようなものだった。



「何故その場で殺してしまわなかったのだ! お前はノロマであるのか!?」



数日と経たずに釈放された彼とは裏腹に女は王城に呼び出されたのだという。



◇◇◇



「あなたが揉めたという女性……。酷い傷ではありましたが傷は残らないと思いますよ。」


「あんな奴を治療されたのですか?」


「はい。『これ』が私にできる唯一のことですから。」


酒場で揉めたという騎士の治療をしている。

酷く暴れたのか、机でも殴って傷ついたのだろうか、擦り傷をつくった場所に触れて治しているのだ。


「ダメですよ? 女性に手をあげたら。あなたは騎士なのでしょう?」


「ですが、カレン様……。」


「ダメですよね?」


「……。」


返事はない。

何度か戦場を共にしたことがある仲だが、こんなに意固地な人であっただろうか? とつい苦笑してしまった。


「あんな奴は死んでしまえばよいのです。神もお許しになるはずだ。」


「……もう。」


人としてはもちろん咎めるべきであったが、憲兵隊長の言葉を聞けば、どうにも騒動の原因が自分であるというのだから踏ん切りがつかなかった。


後ろめたさと同時に少しだけ嬉しい気持ちがあるのを隠すことができなかったのだ。


「これからは今までのような無茶はなさらないでくださいね? あと数日もすれば、こうして私の力で傷を治すこともできなくなるのですから。」


「カレン様!!」


騎士は立ち上がり、悲痛な顔で私を見つめていた。

見上げる格好になると、その表情に落ちる影がより濃く見えるようであった。


「……なぜ、なぜあんな裁判を受けたのですか。……どうして。」


「必要なことだったからです。この世界の誰にとっても。」


「なんの罪です!? あなたがいたからこそ、軍は魔王と戦うことができたのですよ!?」


「でも、『勝てなかった』でしょう?」


「……っ!!」


私の言葉に、騎士ノーランはしゃくりあげるように喉を搾って音をあげた。

大の男が今にも泣きそうになるのをこらえるように、鼻にまで皺を刻んで耐えているのだ。


「ごめんなさい。あなたにそんな思いをさせるつもりはないのです。」


「……なぜ貴方はそうやって謝るのですか。いつもそうだ。」


「……すいません。」


口癖のように言葉がついて出てしまい、目の前の騎士の罪悪感を拭えぬことが口惜しかった。


「妹さんの医者になりたいという夢、きっと叶えさせてあげてくださいね。“私に憧れて”なんて言われたの、あの時が初めてだったんです。」


処置を終え、医務室を後にしようとした時に思い出して声をかけた。

ノーランは椅子にがっくりと力なく座り込んでいて、返事はついに返ってこなかった。


「ジルグ騎士長はいったい何をなさっているのだ。なぜ姿を見せさえしない。あなたにとってカレン様よりも優先するべき大事などないであろうに。」


廊下を下ろうとすると、そんな独り言が後ろから聞こえたのだった。



◇◇◇



魔王が軍勢を率いて人類を苦しめている。そんな世界に呼び出されてもう随分経つ。


ありふれた物語であったように思う。

少なくとも、ベストセラーになるような大冒険ではなかった。


唯一変わった点があるとしたら、呼び出された勇者が女であったことだろうか。


先代の勇者は背中の大きい無頼漢で、聖剣を振るって魔王の側近を幾度となく撃破した後に壮絶な戦死を遂げたのだという。


国を挙げて葬儀が行われ、国民全員が喪に服した後に、再度新しい勇者が呼ばれたのだ。


そう、腕の細い、剣など振れぬひ弱な女であった。


私に与えられたのは治癒の力だった。

あとは、対価を必要とするおまけのような結界術と味方へ強化を付与する程度。


誰もが礼節を持って私を迎えた。

みんながみんな優しかった。


それでも、悲嘆の声が届かなかったわけではなかったのだ。


騎士の国である。

女の勇者を戦場に送ることには抵抗があったのだろう。


その勇者が戦うすべを持たないというなら猶更だ。


しかし、『だからこそ』、私の代では歴代の勇者の中で最も広い領土の奪還に成功した。


治癒の力と味方への強化の術、のちに見出した敵への感知能力が功を奏したのだ。

自分では戦うことができないと割り切ったからこそ、少数精鋭でパーティを組んで戦ったそれまでの勇者達とは違い、軍と協力して動いた。


もちろん、今までの勇者たちが絶望の戦場を駆け抜けて敵の大将首を多く討ち取っていたおかげでもあったのだろう。


それでも魔王の誕生以来、人類種は戦争という形では私の代で初めて勝どきをあげることができたのだ。


それは今でも私の自慢だ。

何より、故郷へ戻ることができた家族を見れば、少なくとも自分がこの世界に来た意味はあったと感じることができた。



そして、負けた。



騎士長ジルグ旗下の聖騎士団に同行して前線を食い破り、魔王に迫ってなお惨敗を喫したのだ。


『当代の勇者の役目はここまでだ』『次を呼ぶべきではないか?』



そんな声が聞こえるようになったのは、敗走して少し経った頃であった。




◇◇◇




「なぜこんなことになった!? なぜこんなことになったのだ!!」


王太子、レオンハルトは声を荒げて机に手をついた。

側近たちは苦虫を嚙み潰したような顔で、それでも、彼の言葉をしっかりと聞いていた。


「私の責任でございます。私が貴族どもの溜飲を下げるためにあのような裁判を提案したから……。」


側近のうちの一人が一歩前に出て、悲痛な声で頭を下げた。

聡明な女性であった。顔立ちは男好みのしないものだが、気立てが良く周囲の信頼も厚い。王太子が若い頃から支え続けた忠臣だった。


「殿下、エレナ殿を責めるのは筋違いでありましょう。」


「分かっている。責を問うているわけではないのだ。頭をあげよ。私が悪かった。」


もう一人の側近であるロレンスは目線を動かさぬまま自身の主を諫め、レオンハルトもまた忠言を受け入れた。

しかし、だからといって事態が改善するわけではなかったのもまた明白であった。


「エレナの案に落ち度があったわけではないのだ。だが、カレン殿はなぜ裁判であのようなことをおっしゃった!


すべて出来レースの裁判であったのだぞ! 聖女だなんだと言われてはいたが、あれでは度が過ぎるであろう!!」


「……同じ女の目から言わせていただければ、私には『あれ』がただ高潔さから出た言葉であったようには思えません。」


「他に理由があったということか?」


「……具体的には分かりませぬが。」


それではなんの解決にもならないと、レオンハルトは焦りからくる苛立ちと共に歯噛みした。

ロレンスは二人の心情に配慮しながらも、どうにか彼女が処刑されるなどという愚行を止めることができぬのかを考えるべきだと進言する。


しかし、これも何度目とも分からぬ問答であった。

そして、毎度同じくして答えを出せぬまま沈黙が横たわるのだ。


処刑の時間が迫り、その罪悪感から焦燥しきったエレナはついに膝をつき、頭を床に擦りつけながら自身の主に懇願した。


「どうか。殿下、どうかカレン様をお救い下さい。


それが叶うなら、私の名誉も命もいりません!! どうか、あの方の命はお救いください!!」


「……っ。」


王太子・レオンハルトは忠臣の必死の願いを叶える方法を持たぬ、自分自身を呪うことしかできなかった。


『救世の聖女』と呼ばれた勇者、カレンの処刑は明日に迫っていたのだ。




◇◇◇




裁判はただの禊であった。政治としての区切りであったのだ。

弁護人も検事も王家の息のかかった者だった。国の領土を取り戻した勇者を本気で処刑しようなどと考える者はいなかったのだ。


それでも、勇者の最大の使命をして『魔王に敗北した』という評判は、みなの頭の片隅に一つの思考を持ちあげた。


『戦局が優勢な局面になった今なら、より戦いに優れた勇者がいれば魔王を滅ぼせるのではないか?』と。


特に未だ魔王が支配する地を領土に持つ地方貴族としては、どうしてもその考えを捨てることが出来なかったのである。

だが、表立ってそんなことを言う恥知らずは一人として存在しなかった。


エレナはそういった貴族たちの気持ちを慮り、王家主導の裁判をもってカレンがなんの責めを受ける必要もないことを周知しようとした。


『魔王に負けた罪を理由に、次の勇者を呼ぶため、勇者カレンを処刑するのが是か非か』


そんな荒唐無稽な裁判である。

このような裁判を行うだけで、民衆は王家に対して不満をいだくほど愚かなものだった。


予想外の事が起きたのは、被告人への質疑が行われた時だ。


「私には対価を差し出すことで使うことができる結界術があります。」


大勢詰め寄った傍聴人も含め、誰もがその言葉の意味を探る様に首をかしげたのだ。

カレンは凛とした姿を崩さぬまま言葉を続けた。


「私の名誉と命を差し出すことで、魔王を一時的に結界に封じることが叶うはずです。

そうすれば、次代の勇者を呼び出し、今までのような急ごしらえとは違い、時間をかけて戦いの準備をすることができるはず。」


スラスラと、ずっと用意していたのだろう言葉が並べられると、誰もが身じろぎ一つとれなくなっていた。


「私では魔王を倒すことは叶わないでしょう。ですから___


『勇者の務めとして処刑されます。どうか、私を連れ出さないでください。』」



言葉が向けられたのは、弁護人でも検事でも、ましてや裁判長でもないことは明らかだった。

誰もが息を呑んで、その佇まいに圧倒されのたのだ。



ガベルが音を立てるまでは時間を要した。



しかし、この国に最大の功績を残した勇者に送られたのは、処刑という判決であったのだ。




◇◇◇




「手枷はなさらなくてよいのですか?」


処刑場の責任者を任された役人に尋ねると、彼は悲痛な表情で視線を落とした。


「……すいません。意地悪を言うつもりではなかったんです。」


「……カレン様。わたしは。」


私の言葉に、役人は喉から言葉を絞り出すように話はじめる。


「私はオーレオルの出身でございます。」


「あぁ、そうでしたか。」


「はい。カレン様のおかげで両親は死ぬ前に故郷の地で再会することが叶いました。」


精一杯の感謝の気持ちがあったのであろう。

役人が目を閉じると、溜まっていた涙が流れたのだ。


自らに爪がたつほどに握りしめてしまっている拳をほどくために、私は自分の手を重ねると、その手は酷く冷たかった。


「我々を、恨んでいらっしゃいますか?」


「……?」


意味を測りかねて言葉を待つと、それがオーレオルの領民ではなく、縁遠い世界に勇者として私を呼び出した世界の住人としての言葉であることに気づいた。


まるで親に叱られるのを怖がっている子供のようにさえ見える役人を見ながら、はて、ノーランの時のように彼に罪悪感を残さぬにはどうすればいいかと頭を捻る。

しかし、どうにも良い案などは浮かんでこなかったのだ。


まぁ、聖女だなんだと呼ばれはしたが、この世界に召喚されるまではしがない一般人であったのだからさもありなんということだろう。


「あなたは、がっかりされませんでした? 呼び出されたのが私のような女で。」


「……っ!」


役人は顔をあげ、唇を震わせながら返答をしたのだ。


「そんなことはございません。きっと、この国の誰にとっても。そのようなことは誰も……!」


「なら、お互い様ですね?」


上手く笑えていたかは分からないが、役人は少しの間は探る様に私の顔を見ると、また視線を落として涙をぬぐったのだ。


震える彼の肩に一度手を置いてから、私は処刑台の階段に足をかけた。


「絞首台の階段は13段って聞いたことあるけど、本当なのかな?」


つい、そんなことを思い出して口を開いた。

確か13は不吉な数字であったからそのように作られる慣習があったとか。


しかし、階段をのぼりながら段差を数えてみると、その数は一つ足りていないようであった。


「まぁ、異世界だし。そんなもんか。」


人生最後の当ては外れた。

昔からどうにも勘所が悪いところがあったが、勇者として呼ばれてもそれは変わらないらしい。


この世界に呼ばれて8年になる。


正直、自分の影が自分自身を追い越して大きくなってしまっていることにはもう随分前に気づいていたのだ。


ノーランが喧嘩をしたという酒場の女。

彼女の言は、得てして的を射ていると思った。


『兵士の後ろに控えるような者の何が勇者か。』


颯爽と現れ、敵をなぎ倒す者であればどれほどの希望になっただろう。


私はずっと旗を振り続け、傷ついた味方が帰ってくるのを後ろで待ってばかり。

誰かが一度傷つかねば、私に役目などはなかったのだ。


送り出した者が、傷ついて、治して、傷ついて、治して。


いつも一番後ろにいるくせに、敗走する時は誰もが真っ先に私を逃がそうと命を捨てて殿をつとめようとする。


そう、きっと。いつのまに弱い心が擦り減って折れてしまった。


『もうこんな役目はやりたくない』と。


巷で言われるような高潔さなど、私にはなかったのだ。

結局、最後に自分のことを考えている。


階段を上り終えると、群衆と憲兵の涙が目に映る。

そのうちの一人に昔助けた大工の顔があった。


そういえば、処刑台を作るのに名乗り出たのも彼であったと聞いたが、それを思い出して、はたと気づいた。


不吉な者を送る処刑台の階段の数を、きっと彼はわざと間違えてつくったのだろう。

精一杯の抵抗と、恩返しの気持ちとして。


「嬉しいけど、でもやっぱり少しだけ恥ずかしいよ。12は神聖な数字だもんね?」


自分は勇者でも、ましてや聖女などという器でもないとは思っていたが、それでも自分を想ってくれる人たちの気持ちを無下にするほど性根は腐っていないつもりだ。


「悪くない最後だよね?」


自分に聞くと、疑いはなかった。


苦労もしたし、みっともなく醜態をさらしたこともあった。

だけど、前世に役割を与えられなかった身としては、精一杯やり直しを行えたことに後悔はなかったのだ。


「うん。___いい人生だった!」


目を閉じ、来るべき瞬間を待った。

死は人生の完成であるなどと昔の偉人は言ったそうだが、いざその時が来ると体が強張り、足が竦むのを感じる。


一つだけ、未練があった。


「最後くらい顔を見せに来なさいよ。バカたれ。」


思い出を振り返りながら、その顔を思い浮かべるのだ。


処刑場に声が響いたのはそんな時であった。


「我が国の民にまだ、誇りは在りや否や!!」


その声が、私の未練の後ろ髪を引くのだ。




◇◇◇




異世界から呼び出されたという女に初めて会ったのはもう7年以上前になる。


よほどの世間知らずであったのか、その女は孤児など初めて見たのだそうだ。


「カレン殿、その子供はあなたの命を狙ったのですよ? それでも、刑に反対なのですか?」


「裁判長。その通りです。」


「貴方がどのような世界にいたのかは存じませんが、はっきりと言わせていただきましょう。


その甘さは命取りになります。わたくしどもは貴女のためにもその少年に適切な刑を与える必要があると考えます。」


やる気のない弁護人を見兼ねて、女は俺の手を握ったまま、真っ向から検事と裁判長に口論を挑んだのだ。


「雨風に晒されながら眠りにつき、それでも身を立てるために剣に見立てた木の枝で鍛錬に励み続け、


そうして誰の手ほどきも受けぬまま騎士二人を圧倒する技を鍛えた少年が、地方貴族の甘言に一縷の望みを託して悪夢のような生活から這い出ようとしたことを罰することがですか? 


であれば、裁判長。それは『わたくしのため』にはなりません。」


「……ですが、カレン殿。」


裁判長が女を説得しようと言い淀むと、彼女は向き直り俺を見て微笑んだのだ。


「名前をまだ聞いていませんでしたね? 私は君をなんて呼べばいい?」


俺は精一杯答えようと努力したが、喉が震えて答えることができなかった。

名前など、そんなものは持っていなかったのだ。


「そうね……。じゃあ、家名は私のものを名乗りなさい。この世界には馴染まないかもしれないけれど、ないよりはいいでしょう?」


「……。」


「名前は、そう。私の世界で語られた孤児の英雄からとりましょうか。


私は、あなたを『ジルグ』と呼びましょう。」


「カレン殿! 国として、出自不明の暗殺者を放っておくわけにはいきません!!」


女は俺を法廷から連れ出す途中に振り返ってピシャリと言い放った。


「裁判長。ここに名のない暗殺者などいやしません。


この子は私の子でございます。」


手を引かれ、法廷を後にしたのだ。


カレンは初めに俺に剣を買い与えた。


「身を立てなさい。弱きを助け、いつも優しく、誠実でありなさい。誰もが貴方を尊敬する騎士になりなさい。」


常に俺をそばに控えさせ、貴族どもの侮蔑の視線に耐えかねると、背筋を伸ばせと叱咤した。


やがてオーレオルを奪還すると、カレンは褒賞として孤児院を設立した。


「今日から、ここにいる子たちもあんたの家族だから。何があってもしっかり守るのよ?」


俺がカレンのためになるにはどうすれば良いかと尋ねると、彼女は少し考えた後に続けたのだ。


「じゃあ、私がピンチになったら助けに来て? いつか白馬の王子様に救われるのに小さい頃から憧れてたの。」


歯茎まで見せ、顔をくしゃりと歪めた笑顔であった。

俺は彼女が悪戯のように言った冗談を、片時も忘れたことはない。





「我が国の民にまだ、誇りは在りや否や!!」





◇◇◇




一騎駆けの騎士は、驚いて割れた群衆の道を抜けて処刑台に立つ私の元まで来たのだ。


「ジル___おいっ! こら!?」


ジルグは荷物のように私を肩に担ぎ、手綱を見事に操り馬の鼻先を旋回させる。


一度は開いた道は、突然の乱入に戸惑う人たちで埋まってしまっていた。


「こら! ジルグ!! なにしてるの! 『待て』!! 降ろしなさいこのっ! 『ハウス』!!」


ジルグを見つめる群衆は、祈る様に傍に立つ役人と共に言葉を待っていた。

しかし、それに答えたのは彼ではなかった。


「「「 我らが領土を取り戻した勇者が今、国家のために死ねと言われたならば。国家より恩人を守るために戦う気概が我らには在りや否や!! 」」」


声を張ったのは、貴族達であった。

その服の布は所々ほつれており、装飾などはとれてしまっている部分もある。


『未だ領土を取り戻せていない貴族たち』が、その地を去った随分昔に持ちだしたなけなしの一張羅を引っ張り出したのだろう。


「「「 野戦病院という栄誉なき戦場以上の地獄を、傷ついた兵たちが帰ってくる場所として守り続けた勇者のために、戦う気概が我らが兵には在りや否や!! 」」」


「……っ!」


背筋を伸ばし、襤褸のようになってしまった服を身にまとってなお、彼らの立姿にはその貴さが輝いているようであったのだ。

処刑場に集まっていた兵士は彼らの言葉に続いて、儀仗兵がごとく剣を捧げた。


「「「 我らを助けた、『救世の聖女勇者』のために、魔王を倒す気概が! 我が国には在りや否や!! 」」」


彼らの言葉に、今度は群衆はその意思をもって道を開いたのだ。

ジルグは私を胸の中に抱きかかえると、馬を蹴ってその道を駆けた。


門は開け放たれていて、すべてジルグが時間をかけて手をまわしたことであったのは疑いようもなかったのである。


「待って、違うの。ジルグ……。私はもう___」


もう、疲れて折れてしまっていたのだ。


弱気が顔を覗かせると、ジルグはピシャリと言い放った。


「黙れ。」


「……っ。」


「カレンは何も悪くない。何一つ悪くないんだ。」




◇◇◇




「……降ろして。」


「……。」


王都の城門を出て森の中をなお進むジルグに声をかけると、私の言葉はまたも無視された。


「降ろせっつってんだろっ!!」


「ぐぇっ!?」


「___うげっ!!」


抱きかかえられたまま浮いた足でジルグに蹴りを入れると、バランスを崩して二人ともども落馬したのだ。


「「 くぉぇっ~~~~っ!! 」」


二人して地面に叩きつけられた痛みに悶えていると、

毛並みまで整った美しい白馬は私たちを一度振り返りはしても、愛想を尽かしたとばかりに逃げて行ってしまった。


「何すんだ! カレン!!」


「こっちのセリフだバカたれ!! あんた自分がなにしたか分かってんの!?」


顔を突き合わせ、口論を始めるともう緊張感などは群衆と共に置き去りにしてしまっていたようであった。


「はぁあん? 膝までブルって何言ってんですかね、この人は? どう考えても、助けにこいって顔に書いてありましたけど? 悲劇のヒロイン気取って何言ってるやら。」


「な”ぁあ”っ! なんだとクソガキ! 死ぬ気だった!! あたしちゃんと死ぬ気だったもん!!」


「あーね笑 はいはい笑 」


「育ての親に向かってなんて口効くんだ、この。ジルグっ!!」


「べろべろばーっ。」


お互いがお互いにつかみかかり、鼻先まで触れような距離で口喧嘩は続いたのだ。


「そもそも、あんたは! いつもいつも、後先のことなんて何も考えずに!! 裁判の結果はどうするの!? 逃亡は重罪なんだぞ!?」


「それは、カレンも同じだろうが! 俺を無理やり引き取った時の裁判とどこが違うんですかね!?」


「全然違う!」


「違わない!!」


違う、違わない。と子供のように繰り返した。

埒が明かないことを悟ると、お互いが拳を固く握ってジリジリと間合いをとったのだ。


「「 最初は、グー!! じゃんけんぽん!! 」」


勝負は一発でついた。


「「 あっちむいて、ほいっ!! 」」


「ぐぁ”あ”あ”あ”!! ま”げだぁ”!!」


「ざまぁみろ、バカレンめ俺が正義だ! チョキ最強!! チョキ最強!!」


膝から崩れ落ちる私とは対照的に、ジルグはチョキを天に掲げて勝利を宣言した。

その声に驚いたようにカラスが鳴き声をあげて飛び立つと、自分たちの哀れさが静けさとともに身に染みてきたのだ。


「……本当に、なんで来たのよ。」


「……本当に来ないと思ったのかよ。」


勢いで始まった逃避行になどは親子として過ごした7年からくるこっ恥ずかしさが本音の邪魔をしていたのだ。

膝を抱えた私は、それでも肩に僅かに触れるジルグの体温を感じていた。


「魔王はどうするのさ、あたしじゃ倒せないよ、あれ。もう分かってるでしょ?」


「じゃあ、『次の勇者』が勝てる保証は?」


「……それは。」


もしもダメなら、また次を呼べばよい。などとは、流石に言えなかったのだ。

自分の命は捧げられても、次に呼ばれる人にまで死ねと言えるほどの冷酷さは持てなかった。


しかし、ならば。どうすれば良いというのだろうか。


再び魔王が世界を飲み込むのを指をくわえて見ていられるほど、もう私だってこの世界に愛着がないわけではなかった。


「……だからさ。」


「?」


ジルグはきっと、ずっと言おうとしていたのだろう言葉を決意と共に言葉にした。


「俺が倒すよ。俺が絶対魔王を倒す。」


「……ジルグ。」


「カレンのために、カレンだけのために。」


あぁ、そんなことを言われてしまえば、私だって自分の気持ちに気づいてしまうのだ。

ずっと、ずっと言ってほしかった言葉を、言ってほしかった人に言われてしまえば。


私は膝を抱えていた腕をほどき、体重をジルグの背中にあずけてみた。


「ちょっ、おい……。」


「いいじゃん。家族なんだから。」


その背中から伝わる体温が僅かに上がるのを頬で感じたのだ。


いつからか、この子が私に触れる時に、親愛とは違う優しさが含まれ始めていたのをどこかで気づいていた。

だけど、もう少しだけ。言い訳が利く間は、甘えても良いではないかと自分を誤魔化すのだ。


「これからどうするの?」


「逃避行っていったら、北に行くのが相場なんだろ?」


「それ、もう随分昔に適当に言ったことだったのによく覚えてるね?」


茶化すように言う私とは裏腹にジルグは落ち着いた声で答えた。


「覚えてるさ。全部ちゃんと覚えてる。」


「……。」


「きっとさ、世界中探せば。伝説の武器とか、女神の祝福を受けた防具とか、そういうのがあって。


そんで、全部集めると試練が待ってて、それをクリアすると最後は魔王を倒せるようになってるんだって。物語ってそういうもんだろ?」


「なにそれ。」


大真面目に語るジルグは、この際だから色んな国を巡ろうなどと呑気なことを言いだしたのだ。

魔王は傷を負ってしばらくは動けないはずだから、色んな地を巡るのだ、と。


「もうなんでもいいやっ。んじゃ、それで。」


処刑台に立って、やはり緊張から疲れていたのかもしれない。

私は眠気からくるダルさを理由に、ジルグに任せると会話を放り投げてしまった。


「なければ、探すよ。絶対笑って終われるように。」


ジルグの決意ともとれる宣言は、自身に言い聞かせるようであった。

それを聞けば、私ももう腹をくくるしかなかったのだ。


「……うん。きっと、なんとか……なるよね。こういうのって、やっぱ最後はハッピーエンドになるまで頑張るもんだし。」


勇者として召喚されて8年が経った頃であった。


足元だけが見える頼りのない夜であったが、月明かりでお互いの顔だけはしっかり見ることができた。


勝手知ったる異世界で、ついに私の『冒険』が始まろうとしていたのだ。




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