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東京タクシー物語  作者: Akira


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6/6

5組目 カスハラ

8月上旬、都内を襲ったのは「恵みの雨」とは程遠い、肌にべっとりと纏わりつくような湿った熱気だった。

多摩川の堤防沿い。視界を遮るほどの激しい雨が、タクシーのフロントガラスを叩きつけている。配車アプリの画面には「乗車地点に到着しました」の表示が出てから、すでに15分が経過していた。

ようやく現れたのは、ブランド物のバッグを傘代わりに掲げた40代の女だった。

荒れる車内

ドアが開くと同時に、冷房の効いた車内にムッとする熱気と、高級そうな、けれどどこか刺々しい香水の匂いが流れ込む。

「お待たせしました、なんて言わないわよ。この雨なんだから、待つのが仕事でしょ?」

後部座席にどさりと座り、女は濡れたパンプスを苛立たしげに鳴らした。

「京急蒲田まで。急いで。飛行機の時間に間に合わないの」

ドライバーが「足元の悪い中、ありがとうございます。安全運転で向かいますね」と穏やかに応じるが、それが火に油を注いだ。

無謀な要求

「安全なんてどうでもいいわ。とにかくスピードを上げて。ここ、40キロ制限? バカ言わないで。誰も見てないんだから出しなさいよ」

第一京浜へ向かう道中、雨で視界は最悪だ。路面は滑りやすく、歩行者の飛び出しも予断を許さない。しかし、女の舌鋒は鋭さを増していく。

「ほら、前の信号、黄色よ! なんでブレーキ踏んでるの? 加速して突っ込みなさいよ! 止まるなんて時間の無駄。私が遅れたら、あんた責任取れるわけ?」

バックミラー越しに見える女の瞳は、焦燥と傲慢さに濁っていた。雨粒が窓を叩く音に負けない声で、彼女は無理難題を叩きつけ続ける。

• 制限速度の無視: 「メーターなんて飾りでしょ。もっと踏んで!」

• 信号無視の強要: 「黄色は『進め』よ。止まるのは無能の証拠」

終着地、京急蒲田

タクシーが水飛沫を上げながら、ようやく京急蒲田駅のロータリーへ滑り込む。

「……チッ、結局ギリギリじゃない。アプリの評価、最低にしておくわね」

彼女はスマホの画面を乱暴に操作すると、叩きつけるようにドアを閉め、雨の中へと消えていった。残されたのは、湿った空気と、重苦しい静寂。

ワイパーが規則正しく、彼女が持ち込んだ苛立ちを拭い去るように動き続けていた。

この物語に登場した40代の女性。彼女にとっての「15分」は単なる遅刻の埋め合わせだったのかもしれませんが、ドライバーにとっては「命」と「免許」を天秤にかけさせられる、あまりに重い強要でした。

タクシーという便利なインフラの裏側で、日々こうした無理難題と向き合っている人々がいます。

• 「急いでいるから」という理由は、他人の安全を脅かす免罪符になるのでしょうか?

• もしあなたがこのタクシーの運転手だったら、彼女の言葉にどう応じ、どんな感情を抱くでしょうか?

公共の場での振る舞いや、サービスを提供する側と受ける側の「境界線」について、皆さんはどうお考えになりますか。

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