ランチタイム
7月下旬、午前11時過ぎ。
五反田駅周辺のオフィス街で朝のラッシュを捌ききり、その後、光が丘団地の広大な敷地で最後のお客さんを降ろした。
早朝から都心を駆け巡り、絶え間なく続く陽炎とエンジンの熱で、私のワイシャツは背中に張り付いている。
メーターを「回送」へ切り替え、練馬区の幹線道路である川越街道へと針路をとった。
車窓を流れる景色は、真夏の強烈な陽光で白く飛んでいる。日勤専属ドライバーにとって、この時間は単なる移動ではない。一日の折り返し地点であり、最も過酷な時間帯を乗り切るための「儀式」へ向かう旅路だ。
やがて左手に、使い込まれた看板が見えてきた。川越街道沿いに店を構えるラーメン屋だ。
パーキングに車を滑り込ませ、エンジンを切る。途端に車内を支配していたエアコンの冷気が霧散し、練馬の熱風が肌を刺した。私はネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンを指で解く。このひと手間が、戦いから休息へのスイッチだ。
引き戸を開けると、冷房の効いた空間とともに、丼から立ち上る湯気が視界に入る。カウンターの隅に腰を下ろし、店主の顔を見て静かに告げる。
「チャーシュー麺、お願いします」
丼が運ばれてくるまでの数分間、私は目を閉じ、一日ハンドルを握り続けてきた両手の痺れをほぐした。
目の前に置かれたチャーシュー麺は、器を覆い尽くすほどの肉の花が咲いている。レンゲでスープを一口すする。濃厚でありながら、不思議と重さを感じさせないこの魚介豚骨スープが、疲れた身体の隅々まで染み渡る。
まずは麺を大きく持ち上げ、勢いよく啜る。小麦の香りとスープが絡み合い、食道を通って胃に落ちる感覚がたまらない。次に、箸で持ち上げただけでホロリと崩れそうなチャーシューを頬張る。脂身の甘みが口の中に広がり、それを追いかけるようにスープをもう一口。魚介の出汁が効いた豚骨のコクが、肉の旨味をより際立たせる。
夢中で箸を動かす。額から滴り落ちる汗も気にならない。五反田からここまでの道のり、そして午後の都心へと戻る長い時間の狭間。この小さなカウンターこそが、日勤ドライバーが唯一、自分を取り戻せる聖域だ。
最後の一滴までスープを飲み干し、丼を戻す。店を出て、真夏の陽光を再び浴びると、腹の底からじわりと熱い力が湧き上がってくるのがわかった。
タクシーに戻り、外気温計を確認する。40度近い数字に溜息をつく代わりに、私は軽く笑った。
緩んだネクタイを締め直し、ワイシャツの襟を正す。
再びエンジンをかけると、涼しい風が車内を満たした。これからまた、長い午後の渋滞と戦いへと戻っていく。だが不思議と、今の私は少しだけ冷静だ。ミラー越しに映る自分の顔に、微かな闘志が戻っているのを確かめて、私は再び車を滑り出させた。




