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東京タクシー物語  作者: Akira


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1組目 陽だまりの回廊:武蔵小山から烏山へ

7月中旬、午前10時。

武蔵小山の駅前は、すでに逃げ場のない熱気に包まれていた。アスファルトからは陽炎が立ち上り、タワーマンションの壁面は真っ白な光を跳ね返している。

私はエアコンの温度を一段下げ、ハンドルを握り直して、駅前のロータリーに車を滑り込ませた。

自動ドアが開くと、熱気とともに、凛とした空気を纏ったお二人が乗り込んでこられた。藤色の薄い麻のストールを肩にかけた70代ほどのご婦人と、その隣には、黒い日傘を丁寧に畳んだ娘さん。車内には、ほんのりと線香の香りが混じったような、清廉な気配が広がった。

「烏山1丁目までお願いします。五反田から高速に乗ってください」

娘さんの落ち着いた声に、私は「承知いたしました。五反田からC2、4号線ですね」と短く応え、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

首都高のパノラマと、白い百合

26号線から中原街道を抜け、五反田の入口から首都高へと滑り込む。地下トンネルのひんやりとした静寂を抜け、大橋ジャンクションのループを回って4号新宿線へ。地上に出ると、そこには抜けるような夏の青空が広がっていた。

「お母さん、やっぱり車にして良かったわね。この暑さじゃ、お寺までの坂道は大変だもの」

「そうね。お父さんも、涼しい顔で来た方が喜ぶわね」

バックミラー越しに、娘さんが助手席の後ろに置いた白い百合の花束をそっと持ち直すのが見えた。ご婦人は、膝の上の手提げ袋——武蔵小山で買ったという水羊羹だろうか——を慈しむように撫でている。

「お天気が良すぎて、お墓の石も熱くなっているでしょうね」

私がそう声をかけると、ご婦人が目を細めて微笑んだ。

「ええ。だから今日はお水をたくさんかけてあげようと思って。主人は綺麗好きでしたから」

その優しい言葉に、ハンドルを握る手に自然と力がこもる。継ぎ目の段差で揺れを感じさせないよう、慎重に車体を制御した。

蝉時雨の寺町

高井戸出口で高速を降り、環八を少し北上して路地へと入る。

烏山1丁目。

「烏山寺町」と呼ばれるその一画に入った瞬間、景色は一変した。高く伸びた松や銀杏の枝が深い影を落とし、環八の喧騒は嘘のように遠のいていく。

目的のお寺の山門前に、静かに車を寄せた。

「お疲れ様でした。こちらでよろしいでしょうか」

ハザードランプの規則正しい音が、寺町の静寂に溶け込んでいく。娘さんが財布から数枚の紙幣を取り出した。

「はい、高速代を合わせまして、ちょうど8,000円になります」

「ちょうど持っていました。お願いします」

受け取った紙幣には、冷房で冷えた心地よい温度が残っていた。領収書を手渡し、ドアを開ける。その瞬間、圧倒的な音量の蝉時雨が車内に流れ込んできた。

「運転手さん、ありがとうございました。おかげさまで、主人のところへ涼しく辿り着けましたわ」

ご婦人が窓越しに深く会釈をされ、娘さんが広げた日傘の影へと入っていく。

お二人が境内の角を曲がり、その藤色のストールが見えなくなるまでの余韻を、私はただ静かに見守っていた。車内に残った白い百合の微かな香りと、蝉の声。

大切な人を想う夏の朝のひとときを運び終えた充足感を抱き、私はゆっくりとシフトレバーをドライブに入れた。

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