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決別と結託

──この度は我が国の一大イベントに参加いただいたことに、感謝の意を表する。この素晴らしい機会に晴天に恵まれ、血気盛んなパイロット諸君と各国の来賓並びにその関係者が一堂に解することが出来ることに太陽神ラファエルに感謝の意を捧げたい。


 さて、今大会は近年まれにみる国防危機に際し少しばかり変更を加えさせてもらった。


 ここに集まった国民ならば知っているであろう年代遅れの機体が我が国の空を飛んでいた事例だ。


 もし仮にそれが、ここに来た近隣諸国の盟友たちの悪い冗談だとしたらここで考えを改めていただきたい。


 変更点としては、まず周回の増加。ぜひともこの機会に我が国のパイロットおよび機体のレベルの高さを遺憾なく発揮し、観客たちを大いに湧かせてもらいたい。


 そして、今まで禁止されていた  の  を限定的に認めること。これに関し は昨日大会に 場するすべ  パイロット諸君に説明をしたのでこれ以上の説明は不要だろう。


 この大会で出場するパイ  ト諸君には、今まで培ってきた技能、経験、知識、そのすべてを つけ合い、そして共有すること 我が国の技術力発展になればと心より願う。


 そして、この大会を開くために協賛、協力してくれたすべての人々に心から感謝しよう。


 本日は、この   機会を えてくれて りが う。




 校長先生の話とかなら学校でいくらでも聞いているから、この手の話も正直なところあまり興味はないけど、国の一大イベントとなると話は別で、途切れたところが気になった。


 電波が悪いのか、ホテルから借りたこのラジオが古いのか。何度か叩いたり。位置を変えたり試してみたけど、結局最後までとぎれとぎれで聞こえる始末でなんともすっきりしない開会のあいさつだった。


「まったく……。一大イベントだってのに、すっきりしない始まり方だなぁ」


 少し曇りのあったキャノピーを磨き上げ、持っていた汚れた雑巾をバケツに放り投げる。


 シャッターから覗く太陽は、攻撃的に地面を焼いている。


 レース開始まで残り二十分。僕は外に広がる都市部を眺め、もう一度伸びをした。


 


 そしてその二十分後、僕とジンは頭を抱えていた。


 悩むと言うより、言葉を失うと言った方が適正かもしれない。


 本戦は毎年、安全性を考慮して一機ずつそのタイムを競っていた。だけど、今回の本戦はどういうことか全機一斉に飛び立つらしい。機体の最終チェックをしている僕の視界の隅の方で次々に各パイロットの機体が並んでいく。どうりでいつもより滑走路が広いわけだ。


「どう思う?」ジンからの無線だ。


「……いい予感はしない」グローブを新調したのが良くなかった、すこし指に余裕が出来てしまって気になる。


「思うに、時間がないのか……」


「そんな理由じゃないだろう……」


「じゃあ、なんなんだよ」


「……こどく、かもね」


「孤独? 一人さみしいあれか」


「そうじゃない。蟲毒だ。大昔東洋の国のシャーマンがやってたって呪いの道具を作る方法の一つさ。大きな壷の中にいろいろな生き物を入れて殺し合って、生き残った一匹を取り込むことで大きな力を得る」


「この中から選りすぐりを出すってことか」


「そうなる」グローブのことはしかたない。あきらめて計器のチェックを始める。


 父さんが組み上げてくれた機体「リンクス」の内部は数年間放置されていた機材とは思えないほど磨かれていて、綺麗だった。もしかしたら、兄さんの帰りを待っていた父さんが暇を見ては磨いていたのかもしれない。自分の夢を叶えてくれる存在の帰りを。


 一通り見終わり、あたりを見渡す。横並びに並んだ本戦出場者達の機体。全部で十機あるうちのちょうど真ん中らへんに僕らはいた。左にはジンの鼻が赤い機体が、右側には銀で統一された見知らぬ機体がある。


 目の前では乾いた風が吹いていて、時々椰子の葉っぱが流れてくる。周囲が椰子の木やその他たくさんの種類の緑で覆われていることを思い出す。そういえばここは大統領の統括の地、人工的に天気を操っているかもしれないという疑惑があるのだからそうなるのも不思議ではない。


 手信号を持った係員がやってくる。どうやらもうじき始まるらしい。


 一度全身の力を抜いて、深く、深呼吸をする。これが人生のすべてではないけど、兄さんと同じ場所に立てたこと、いや、もう少しで立てるかもしれないことから少しだけ距離を置く。目を閉じ、無をイメージする。


「それでは、会場のみなさま本戦の方を始めたいと思います」遙か遠くの実況席からのアナウンスだった。この距離からでも聞こえる訳じゃない、途切れ途切れに聞こえるそれを何となく頭の中でつなぎ合わせて文章にしているだけだ。実際は、目を開けた先の手信号からそれらを理解している。


 僕らの位置から遙か両脇には観戦席がある。発進時の爆音と機材の邪魔になるので一定数の距離を置いている。


 父さんやマチルダ先生もそこにいるだろう。きっと片手にはキンキンに冷えたビールでも持ちながら。


 瞑想は終わりだ。これから僕は、高速の世界に入る。


 係員がスッと赤い旗を持ち上げる。


 全員が一番慎重になる瞬間で、すこし機体の加速について不安になる瞬間。


 僕は祈る。兄さん、力を貸してくれと。


 バッと下げられる旗、同時に一気にスロットルレバーを一気に全開に入れる。ここまでくるのにどれだけの月日が流れたんだろう。最初は操縦桿を握るのも怖くて仕方なかった。今となってはこの加速していく音や、少しずつ流れていく景色さえも心地いい。


 そして何より、重心が一気に後ろに持っていかれるときの高揚感、まるでリンクスを見ているときと似ている心臓の高鳴りがたまらなく好きだった。


 乾ききった大地が灼熱の排気で悲鳴を上げる。音も、気温も、そして観衆の本能も。すべて焼いて、灰にしていく。


 十機あるうちの三機がどうやら年代物のレシプロ機であるらしく、風に乗ってやってきた煙を僕が突っ切っていく。


 父さんの夢、音速を超えた速さの機体。燃料のことも少し気になるけど、心の中の兄さんが言う。


「なぁに、なんとかなるって」


 速度計が百キロを超えたあたりで、足が浮くような感覚になる。少しだけ視界の脇の方に意識を向ける。どうやら僕が最初に大陸と別れを告げたらしいことを確認した瞬間、ざざっという音がしたあとで無線が入る。


「がんばれよフロント、ジンも負けるなよ」クラスのみんなだった。


「フロント君、伝説を残すのよぉぉぉ! 私は私でちょっと忙しくなりそうだけど」相変わらず先生は騒がしい。


そして、別のところから受信したらしく、雑音混じりで聞きたかった声が流れてくる。


「がんばって、フロント。私は病室にいるけど、気持ちはみんなと一緒だよ」


「……あぁ、行ってくる」


 その声が聞けただけでも、心だけは音速を超えていた。


 重心が遙か後方に持って行かれて、腰が抜けそうになる感覚になる。この機体の加速について少しだけ甘く考えていたようだ。調子に乗っている部分もあるんだろう。ここで気を張っても仕方ない。レースは始まったばかり、一周を十分で回るにして、それを十回繰り返す。長いようで短い一発勝負だ。


「気ぃ抜いてんじゃねーぞフロント! これはオレとおまえの決着でもあるんだからな!」


 ジンが僕を抜いていったのがわかった。時速三百キロってとこか。


「約束は守ってもらうからなリンクス!」


 なんでも言うことを聞く。それが僕がこの大会で負けたときのリンクスが決めたジンに対するけじめ。


 そして、この大会に出場し、勝つ。それが二代目フロイトの僕の務め。


「悪いけど、そう簡単には認められないなぁ。行くぞ、相棒」


 操縦桿にはリンクスからのお守りが括り付けられている。兄さんがリンクスにあげたロケットだ。兄さんとリンクスの間を僕は知らない。だからまだ怖くて開けることすらできないものだけど、きっと大丈夫。このロケットは僕を裏切らないはずだ。


 ジンの機体を追おうと機首を上げると、太陽光にそのロケットの端が輝いた。


 ジンの後方、百メートルほどに僕と相棒がいた。


 僕の作戦ではこうだ。


 まず一定の速度で二位から三位をキープ。そうしておけば燃料の温存にもつながるので、もし仮に音速の壁を超えるような事態になったとしてもなんとかなる。逆に相手に追われる形で燃料を使い果たしてしまうそうになったらそれこそ最悪だ。切り札は最後まで取っておかないと。


 そしてレース後半に仕掛ける。だいたいまぁ、七週目くらいでいいだろう。そのころにはきっと大体の勝敗も見えてくるはずだ。なんて、軽く見ていたら僕はいつの間にか十機中十位なんて考えても見ない位置にいてしまっていた。


 そりゃそうだろう。考えても見たら本選参加者だ。ずぶの素人じゃない。ちゃんとした戦歴、経験、勘、その全部に費やしてきたものが乗っている。僕のように初めて半年そこいらの初心者とはわけが違う。


「おいおい……。姿が見えないと思ったら、もしかしてドンケツかよ」


「今からだろ。ジンこそそんな余裕見せてる場合? ドンケツの奴に負けたらそれこそ恥ずかしいでしょ」


 とは言いつつも、内心は少し焦っていた。


 なんせもうすでに僕の前を行く機体との距離が目測でほど遠く離れて行ってしまっていたのだから。


「おいフロント、お前それじゃジンどころじゃ……」無線が入る。カンだろう。


「大丈夫。まぁみといてよ」という一応強気発言。


 ……そんじゃ、一つ行ってみようかね。


 緩めていたスロットルレバーを前へ。親指の【ボタン】にはくれぐれも触らないように。


 そして数舜イメージする。機体を限りなく垂直に……、慌てず、心静かに、家の庭のあの半透明な泉に飛び込むイメージで。


 僕の前の機体三機が、この大会のために設置された風船の障害物を大きく曲がる。触れれば原点、割ったら退場だ。慎重になるのは当然だ。でも、そこが盲点なんだ。


 少しの間、体制がきつくなるけどこうすれば減速する必要もない。


 煉瓦で出来た住宅地からそびえる三本の長いバルーン。その間を機体をほぼ垂直にして飛行する。


「フロント……お前……!」会場にいるカンからの無線が急に入ったかと思えばあたりは僕のした行為に対する驚きと歓声に満ちているみたいだった。


「こうした方が動きが少なくなって速度を落とす必要がなくなる。ちょっと危ないかもしれないけど……。あ、リンクスには内緒にしといてね」


「共有してるんだから聞こえてるわよ」


「ちょっと急がないとやばそうなんだよ。あんまり危ない真似はしないようにするからさぁ……」


 言いながら目前に迫る三機をすっと抜いていく。僕の機体と相手の機体までの距離はあっても数メートルといったところだろう。普通ならこんな距離まで詰めない。挑発するつもりなんて毛頭ないし、相手がどいてさえくれればそのまま通過してもよかったのだけど、どいてくれなかったのだから仕方ないだろう。


 どうやら例の縦長のバルーンは自己紹介のようなもので、これから割と頻繁に出てくるようで目の前に五連のバルーンが見えてきた。


 黒、赤、緑、黄、白。地上から伸びる直径二メートルほどの太い風船は、固定されてはいるものの、わずかに風に揺れている。おそらくさっきものすごい速度で通過していったジンが起こした風だろう。また軽く深呼吸をする。そして水平になった機体をまた垂直にして、縫うように飛ぶ。これでまた一機抜き去った。


 僕は一周目にしてドンケツから這い上がりつつあった。


 終盤まで燃料を温存し、後半で仕掛ける。最下位からわずかに浮いた程度でまたすぐ調子に乗ってしまう。慣れないアクロバット飛行に、少し手に汗をかいていたようだ。


 気を入れなおして、目の前に迫るバルーンに集中した瞬間、それが僕の目の前で破裂した。


 一瞬、バルーンが消えたのではないかと目を疑った。マジックでもない限り、ありえない話だし、そんなことを今しても何の意味もないことぐらい操縦しながらだってわかる。でも、間違いなくバルーンはなくなった。そして破裂したということに確信を持てるまではそう時間がかかることはなかった。


 雑音交じりに無線から音声が流れる。




──何をし いる!? 一撃で沈めろとあ ほど言っていた ずだろう! これでは計画が台無し  る!




 今朝聞いたばかりの聞き覚えのある声。そして、




──親父! これ 一体どう  ことだ!? 俺の目の前の機体が誰 に撃 れたぞ!?




 ジンだ。ジンが大統領に抗議している。




──……ジン。いや、息子よ。お前たち 少し知りすぎ  だ。知らなくて いいことに首を突っ込み、そ  私の計画に影を落とした。今までお前の素行に 目をつぶってきたが、もう限 なのだ。許せ。




──じゃあ、俺がパイ ットに れたのもお  計画か!?




──こうなっ は仕方ない……。撃て。何と  も墜とせ。


 


──答え 親父ぃ……!




 思わず聞き入ってしまっていた。


 ジンはパイロットになれたことを誇りに思っていたに違いない。


 官邸に訪れた後、三人で食事をとっていた時もわざわざ軍服で訪れ、バッジはピカピカに磨かれていた。


 ジンはたぶん嬉しかったに違いない。今まで認めてくれなかった人に初めて認めてもらえたことに。そして、今、その天使の羽ばたきにも似た歓喜は、地に落ちた。


 無線から嗚咽が漏れている。きっと泣いているに違いない。


「……ジン」僕には名前を呼ぶくらいのことしかできなかった。


「……聞いていたか」


「状況がよく読めないけど、どうやら僕ら以外は何かしらの武装をしているようだ」


「事故死に見せかけるらしい。俺も飛んだ間抜けだった……。親父が俺に期待なんてするわけがないのにな」


「そんなことはない」


「いいさ、所詮厄介者は厄介者だ。だったら、厄介者なら厄介者らしく厄介ごとを起こしてやるまでだろ……。俺は死なねぇ……。お前も生きろ、フロント!」


 死ぬわけないだろ? 死んでたまるか。操縦桿を握る手より一層の力が入る。


 これからは抜いて行った機体の動向もうかがわないとならない。


 そう思った瞬間に、アラームが鳴る。


「おい、ロックオンされてるぞ!?」


「わかってるよ!」機首を上にあげて、とにかく逃げる。


 幸いにもすぐそばに雲があった。こちらの視界もそれなりに遮られるけど、何もせずに撃ち抜かれるよりはマシなはずだ。速度を上げて雲へ突入する。ただ、いつまでもそこにはいられない。手が震えていた。実弾を装備した機体がすぐ後ろにいる。


 呼吸が荒くなり、心拍数が上がるのを必死に抑える。


 死にたくない、まだ死ねない、どうする、どうなる……!


「おい聞こえるか?」ジンだった。


「今親父との無線は切ってある。どうせろくな会話にもならない。そっちに装備はあるのか?」


「ないに決まってるだろ」


「だろうな……。おい、聞こえたろ?」


「わかってるよ。今急いで運営に駆け込みにいくところだ」無線で聞こえるのはカンの声だった。走っているらしく息が荒い。


「ついでに下の住民の避難も頼む。うちのオヤジはもう俺らを人とは見ていない……。ならこっちもうやることは一つだ」


「……了解。こっちは任せろ。おいお前ら急げ! 早くしないと鉄の雨が降ってくるぞ」カンが大勢の仲間を引き連れて向かうようで、怒声のような声が無線から響く。


「フロントも聞いてるんだろ? みんなが付いてるからな」


「……わかってる」


「ったく、お前はどっちの味方なんだよ」


「冗談だ。二人とも、死ぬなよ」と笑うカンは、無線を切ってしまう。


 死ぬなよ。僕には僕の帰りを待ってくれる人がいる。


 気づけばもう三周ほど雲の中で回っていたらしい。雲の隙間からスタート地点に配置してあった黄色いバルーンのアーチが見える。


 死んでたまるかと思う反面、このまま雲の中にいれば大丈夫なのではないかとも思ってしまう。でもそうはいかないだろう。きっとゴールの瞬間、雲から出てきた僕を大統領は逃しはしない。


 ジンも僕と同じように雲の中に身を隠し、どうにか作戦を練るつもりのようだ。順位を落としたようで、僕の視界の中にいる。


「どうする?」


「ジンの方に装備はないの?」


「ない。……万事休すだ」


 数秒沈黙が下りた後、ジンからの無線がまた入る。


「俺はお前が嫌いだった」


 唐突に何を言うのかと思えば、そんなことずっと前から知っている。嫌いだから阻害して、嫌いだから殴る。


「親に嫌われ、追い出された俺には現実がこんな真っ白に見えた。……俺はなんもない世界に放り出されたのに、お前ときたら兄貴にも恵まれて、その上リンクスとも近しい存在で……ほんと疎ましかった」


「今そんな話をしてる場合じゃ……」


「でもな。正直な話、今、すげぇドキドキしてる。相棒は頼りないし、国の黒い部分に消されようとしているが、無謀だ。この状況から生還するなんてとんでもなく無謀だ。……だからこそ過去にも先にもこんな楽しいことはない。オオカミと子羊やるぞ」


 オオカミと子羊。それは最初に僕がジンにされたひどい仕打ち。子羊役の僕がどこまでも逃げて、オオカミ役のジンがそれを追う。追いつかれてしまった子羊は、オオカミによって食べられる。ジンは人だ。食べはしないが、目いっぱい殴る。


「何をいまさら」


「お前に囮をやれって言ってるんだよ。そして間に挟んだ敵機を俺が撃つ」


「あるのか……武器が」


「ペイント弾だ。殺傷能力はないが、うまくいけば視界は消せる」


「でもいいのかそんなことをして……。中に人が」


「冷静になってよく考えろバカ。あの時親父が無線で命令していたのは誰だ? きっとあれは近くに遠隔で操縦している奴がいるに違いない。つまり、俺の周りをウロチョロしているのは無人機だ」


 遠隔操作の機体で僕らを襲う。兵器密売の宣伝だと考えればそれも納得か。


「やるぞ。一世一代の大博打。追いついたらぶん殴ってやるから覚悟しろ」


「追いつけたらの話だろ?」


 意を決した僕は、機首を下げてその姿を再び雲霞から見せる。


 久々の太陽の下にまだ少し目が慣れない。まぶしさよりも、周囲の色が多くの情報を脳内に流し込んでくる。住宅、公園、官邸、バルーン。そして、空。


 まだこちらに気付いていないようだが、直近数百メートル先に銀翼が見える。


 まずはあれかと、加速した瞬間、後方から鉛の雨が放つ轟音がしてキャノピー脇を通過した。もう少し右に移動していたら確実にアウトだった。


「狩り、開始ぃ!」息をまいたジンも雲母から抜けてきた。


 ここからは僕とジンが息を合わせて飛行しないとならない。


 うまく弾をよけながら敵をひきつける僕と、離れないようにしながら敵機を撃つジン。


 この空の下の人たちは今頃慌てて逃げている。そうでもないと、僕かジンか、はたまた無人機か、そのどちらかの鉄の雨が降る。


「しっかり逃げろよ!? ケツにぴったりついてやがる!」


「了解ぃ! せいぜい殴られないようにだけは逃げ切るよ」


 突き抜ける青の下、三機の戦闘機によるドッグファイト。鋭い直線を描く機体の軌道は、きっと地上では牧歌的に見えているのかもしれない。


 誰が想像しただろうか、この国での、この空での戦闘を。


 後方の敵機が機銃掃射をするたびに、その一発一発が生と死を分かつ鉛になる。緊迫した空気にわずかな手の震えに自分が今どこにいるのか改めて知らされる。


「おいフロント、少し右に逃げろ! そろそろ目障りなハエに一発見舞ってやりたい」


「こっちだって忙しいのわかって言ってる?」


 後ろから追われながら障害物を避け、ジンが狙撃しやすい位置に相手を誘導する。正直なところ、余裕は全くなかった。


 視界を掠めていく弾丸が、僕を奈落の底へ突き落すイメージが脳にこびりついて剥がれない。


 もう帰って風呂入って寝たい。


「バカ! 右すぎる! そんな角度じゃ俺だってどうにもならん!」


「だからこっちだって自分のペースで飛べないから忙しいんだって言ってるだろ!?」


 死の鉛から逃げながらのドッグファイトを続けていた。


 切れることのない緊張感と同じくらいなぜ高揚感があった。日常から兄さんが消えたことを境に、生きているのか死んでいるのかわからない生き方をしてきた僕が、死にそうな体験をすることで生きているという実感を取り戻している。


 目の前には三連のバルーンの輪が見えている。カラフルで、後ろから銃で狙われているだなんて滑稽にさえ思う。少しだけ左にヨーを動かす。僕を狙った機銃が外れたらしく、三連あったバルーンの二個目が派手に破裂した。一歩間違えれば自分がああなる。そう思うたびに少しだけ笑えてくるのは恐怖心からだろうか?


「おい! 機首を上げろ! いいことを思いついた」


「いいこと!?」


「いいからバルーンすれすれを狙って機首を上げろ!」


 ジンに何のアイディアがあるのか僕にはわからない。でも、


「わかった。やってみる」


 狙うは三つ目の赤いバルーン。僕の位置からして、太陽がバルーンに重なって見えるからぎりぎりを狙うのであれば太陽光も気にしないとならない。


 機首を上げる。瞬間、地球には重力という人知を超えた力があるのだと知らされる。


「死ぬ気で逃げろ! フロント!」


 この機体にはリミットがある。ある方法を使えばそのリミットを超えて出力を出すことができるけど、今はその時ではない。それでもリミットすれすれにまで出力を上げて上昇していく。


「……散々バカにしてくれやがって。本気で俺らを落としたきゃ冷房完備の指令室なんかでゲームしてねぇで外に出てこい!」


 ジンがペイント弾を射出したらしい。ただ、その性質上直撃してもそれが撃墜につながる可能性はほとんどない。


 でもジンは違った。


 着弾したらしい後方の無人機がふらふらとした不安定な飛行になったかと思えば、そのまま落下し、赤いバルーンを巻き添えに地上へ落ちて行った。


 上昇する僕を追おうとする無人機の前方のカメラ部分にピンポイントで当てにいく。


 見事。というか、異常だった。高速で移動する物体のわずか数センチの幅しかないであろうカメラ部分を正確に狙うなんてどこの国のパイロットでも出来ることではないだろう。


「ざまぁ見やがれ!」


「まずは一機」


 住宅街に落ちて行ってしまったけど、今頃はカンが住民を避難させてくれているところにちがいない。無人機を撃墜した。これが有人機なら戦争だ。


そんな戯言が脳裏を過ぎたとき、無線からザっと雑音が入った。

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