7 『あの人』との出会い
少女の言葉を遮るように誰かが私の隣に座った音がした。
何か言われるのかと思ったが隣に座ったままその人は何も言わなかった。
ただ、少女の隣に座っていた。
会話のないまま、地面に落ちる雨の音だけが二人の間に鳴り続けていた。
少女はその間にも先ほどの出来事が頭の中を何度も反芻していた。
今日はある伯爵令嬢が主催しているお茶会に出席していた。
このお茶会は交流が目的とされており、男女関係なく多くの貴族令嬢や子息たちが出席していた。
主催である伯爵令嬢はどんな人にも手を差し伸べ、慈愛に溢れる聖女のようだと人気の方だ。
彼女は貧乏な男爵家出身の私のような人にも招待状を送ってくれ、一度交流があればどのような身分の貴族でも招待をしていた。
私は、招待されたことが嬉しく母に選んでもらったお気に入りのドレスで出席した。
お茶会には以前から交流のあった男爵家や子爵家の令嬢たちも出席しており、様々な話をして楽しんでいた。
話が盛り上がっていた時、ある侯爵令嬢が私たちの話をし始めた。
「まぁ、伯爵家の格式高いお茶会に堂々と男爵家や子爵家が居座っているなんて、信じられませんわ。」
私たちを邪魔者だと言わんばかりの言葉に侯爵令嬢の周りにいる令嬢は同意するかのように反応している。
「そういえば、私1つ面白い話を聞きましたの。」
周りにいた内の1人の令嬢が笑いながら話し始める。
「実は彼女は平民からの養子だそうですわ。」
その言葉に周囲がピタリと静かになる。
皆が彼女とは誰のことを指しているのかと周りを見渡すなか、その話題を出した令嬢と目が合う。
その令嬢の視線がじっと誰かを見つめているようだと気づいた周囲の人たちはその視線を追う。
しばらくすると周りの令嬢や子息たちの目線が私に集まる。
あぁ、誰のことかなんて名指しせずともはっきりしている。
これは私のことを言っているのだ。
私のことを、言って───
私の、こと
突然のことに受け入れることもできず、ただ少女は頭の中で言葉を繰り返す。
そんな少女のことなど関係なく、周りはざわつき始める。
貴族社会で平民が貴族の中に入り込んでいるなど大問題である。
それが底辺の貧乏男爵家だからなど関係ないのだ。
少女は混乱する思考で周りの声が聞こえなかった。
自分が両親の実の子ではない。
あまりに信じがたい事実であった。
他の人の話なんてほんとかどうかわからない。
そうよ!分からないじゃない!
髪の色だって一緒だし、目の色だって顔だって───
少女は思い出してしまう。
今1番思い出すべきではないことを。
あ
目の色・・・
目の色は両親と違う
顔も、似てない
お父様とも
お母様とも
似てない・・・
両親はいつも似てないと人に言われるたびにおばあ様に似ているんだよと言っていた。
でも、おばあ様の顔は見たことがない。
すでに亡くなっているし、肖像画もないからだ。
認めたくないのに認めざるを負えないようなことばかりが少女の頭に浮かんでくる。
そんなはずない。
だって、だって、お父様もお母様も私のことをとても大切にしてくれて愛していると言ってくれる。
そうよ、ちがう、きっと違うわ。
思考の渦に沈んでいた意識は、心が少し立ち直るのに比例するように戻ってきた。
靄がかかったように聞こえなかった周りの声は徐々に晴れ始める。
そんな少女の耳は今、最も少女が聴きたくなかっただろう言葉を拾う。
『偽物』
『平民の子』
『愛されてない』
投げかけられる心無い言葉に少女のすでに傷ついた心はバラバラになってしまいそうだった。
聞きたくないと強く思った少女は気づいた頃には走り出していた。
そうしてここにたどり着いたのだ。
今日いた人は全員貴族だったため、今隣にいる人もそうだろう。
そのため、少女は最初はここまで自分のことを罵りに来たのかと思っていた。
しかし、ただ隣に居るだけで何も言わない。
それに声を掛けてきた時の言葉から考えると先程の出来事を知らなそうだ。
もし、知っていたとしても顔は隠れているし、ドレスは似たような色の令嬢が多くいたので区別はつかないはずだと少女は思った。
良く考えれば庭園で座っている令嬢など普段なら居るはずないため、どう考えたって少女であると区別はつくのだがその時の少女にはそう考えられる余裕はなかった。
「どうして、何も言わないの。」
少女は雨の音にかき消されてしまいそうな声で呟いた。
そんな少女の悲しみの含んだ声に隣に座った人は、何故そんなことを訊くのか分からないといった調子で答えた。
「僕は君の隣に座りたかっただけだからね」
「───どういうこと?」
「誰かが隣に居てくれるってことは、嬉しい気持ちにならないかい?」
彼が何を言いたいのか分からなかった少女は「分からないわ。」と言い目を伏せた。
少女のどうでもいいと言いたげな言葉を気にすることなく彼は話を続けた。
「僕は嬉しく感じるんだ。隣に人がいるというだけで僕は安心できる。自分は一人じゃないんだって。世界に取り残されたわけじゃないって。僕は見捨てられたりなんかしてないだってね──」
彼も言葉が耳に入ってくるたびに少女の心が締め付けられていく。
まるで心が直接その声を聴いているかのように。
「──隣に誰か居てくれるだけで少し心が軽くなる。隣の人と喜びや悲しみ、苦しみや悩みを共有できるからね。心に響く言葉なんて必要ない、ただそこに居るだけで救いになることもあるんだ。僕はそれをよく知ってるから。」
彼の言葉を聞き終わったころには私は涙を堪えることができなくなっていた。
彼の言葉の全てがまるで自分のためにあるように感じた。
自分に何があったのか全てわかっているようなその言葉は、私の見ることが出来なかった現実を、向き合いたくなかった事を優しく包み込むようにして、私の目の前に差し出した。
ダムが決壊するようにあふれ出した私の感情は、涙と声となって庭園に響いた。
彼はそんな私の背を寄り添うように、何も言わず、ただずっとさすり続けてくれていた。
背に触れる彼の体温は隣に人がいるという事実をひたすらに伝えていた───
「──じょ──ま」
「お────さま」
「お嬢様」
侍女の声が私を呼び起こす。
今だ、はっきりとしない視界に映る侍女は何やら心配そうな表情をしているような気がする。
目を開けているはずなのに、ぼやけているわと不思議に思っていると「大丈夫ですか?!お嬢様」と声を掛けられる。
なんのことなのかと尋ねようとしたとき頬に伝う何かに気が付いた。
頬に触れ、濡れた手を確認するとそこには間違えなく涙で濡れた手があった。
侍女が言うにはうとうとし始めてからすぐに眠ってしまった私は、苦しそうな顔をしたかと思えば突然泣き始めたようだ。
あの日突然前世を思い出した時と同じように、夢とは思えないほど、鮮明な光景だった。
雨の匂いが未だに鼻を掠めているような気さえしてしまう。
前回同様、断片的で理解できないことも多い。
しかし、1つだけ確実に分かることがある。
この記憶は───
『あの人』と出会った日の記憶だ。
状況的に、どうやら眠った拍子で記憶を思い出したようだ。
記憶に心が引きづられているのか気持ちもなんだか沈んでいる。
本当に生々しい記憶だわと呆れながら、侍女には少し疲れていたようだと伝えて屋敷に戻ることにした。




