6 庭園
今日は誕生日パーティーのためのドレスを選ぶ日だ。
ドレスを選ぶために王都から有名な衣装屋が屋敷まで来てくれている。
毎年同じ衣装屋に頼んでおり、お母様が同席して一緒に選んでくれるのも恒例になっていた。
お母様はこの衣装屋のドレスが好きなようで、毎度美しいドレスや装飾品を見られるのを楽しみにしている。
「お久しぶりでございます。エピステーメ夫人、エピステーメ嬢。今回もお嬢様の誕生日パーティーにお召しになるドレスを担当させていただけて光栄ですわ。」
いつお会いしてもお綺麗な衣装屋の夫人は、今日も自身でデザインした優美で精巧な刺繍の施されたドレスを着ている。
お母様は早くも夫人が着ているドレスに心を奪われたようで、同じような刺繍の施されたデザインのドレスを頼めないかと相談している。
そんなお母様を横目に私は衣装屋が持ってきてくれた衣装カタログを見始めた。
これまで何度かカタログを見てきたが、やはり夫人の衣装屋がデザインするドレスはどれも繊細な刺繍が施されており、息をのむほど美しいシルエットをしている。
ドレスに見惚れながらページを捲る指先は、あるページでぴたりと止まる。
そのページには柔らかい赤色に白のフリルと赤の刺繍が施されたドレスがあった。
それは、今まで見たどのドレスとも違う、心をくすぐられるような愛らしさだった。
思わず、指でそっとデザイン画をなぞる。
「ヴィオレッタ、何か心惹かれるものはあった?」
いつの間にか相談を終えていたお母様が、私の手元を覗き込む。
「はい、お母様。このドレス・・・とても素敵だなと思いまして」
私の声は、自分でも驚くほど弾んでいた。
「あら、とても可愛らしいドレスじゃない。ヴィオレッタが気に入っているのならば、それにしましょう。」
お母様はすぐに夫人にカタログを見せ、先ほどのドレスを依頼すると装飾品を見せてほしいと伝えた。
夫人はカタログのドレスに合いそうな装飾品を持ってきた物の中からいくつか選び、お母様と私の前に並べていく。
装飾品はいつもお母様に任せているため、母が選んでいる様子を眺めながら、私は紅茶を楽しむことにした。
今日用意されている紅茶は花の香りのする紅茶で、お母様と私のお気に入りだ。
花の香りを楽しみながら今日は何をしようかしらと考えていると、どうやら装飾品が決まったようだ。
今日はいつもよりもお母様がお決めになるのが早かったわねと思いながら、選ばれた装飾品を確認した。
どれも私の選んだドレスに合う色合いで選ばれており、ドレスの美しさを引き立てるようなものばかりで流石お母様だわと心の中で呟いた。
ドレスと装飾品を選び終えるとお母様は王都へ出かけるようで、慌ただしく準備を始めた。お見送りをした後、私は侍女に声をかけた。
「少し、庭園を散歩したいわ」
「かしこまりました。お嬢様、そのまま外で少し休憩なさるのはいかがでしょうか?お茶の準備を致します。」
侍女の魅力的な提案に私は頷き、準備を頼んで、庭園に続く扉へと歩き始めた。
♢
外に出ると暖かい日差しが降り注いでいた。
ほんの少し前に水やりをしたばかりなのだろう。
花びらや葉に残る水滴が光を弾き、そこかしこできらきらと輝いている。
まるで、小さな宝石を散りばめたかのようだ。
その儚い煌めきに心を奪われ、私はそっと指先を伸ばす。
触れた花弁から、ひんやりとした水滴が吸い付くように指に移った。
ほんの一瞬、まるで自分が花の一部になったような気持ちになる。
こうして花を眺めていると、心が凪いでいく。
何も考えなくていい。
ただ、美しいものを美しいと感じる、その単純さが、心を優しく撫でてくれるようだった。
いくつか花を部屋に摘んで欲しいと傍にいた侍女に頼み、私は休憩するために用意された木陰の椅子へと向かった。
木陰に着くとすでに座れるように準備されており、侍女に手を借りながら座る。
今日はとても良い天気ねと思っていると、どうやら口に出ていたようで「そうですね。心地よい風も吹いておりますし、外で過ごすには最適の日でございますね」と侍女から返ってきた。
それからは誰と話す訳でも無く、ただ時間が経っていった。
私は暖かく心地よい風にうとうととし始めてしまっていた。
───少女は誰もいない庭園の中を苦しそうな表情で歩いていた。
1人になれる静かな場所は庭園しか思い浮かばなかったのだ。
普段なら服が汚れることはしないのだが、その時はそんなことどうでも良いことのように感じて何も敷かれていない地面に座ることにした。
少し曇っていた程度であった空はいつの間にか雲に覆われ、気づかない程度の雨が降っていた。
「そこのご令嬢どうなされたのですか?雨が降っております。早くお戻りになった方がよいかと」
誰もいないはずなのに私に話しかけるような声がした。
誰かが来た気配など全くしなかったのに一体誰なのだろうか。
いや、違う。
気配がしなかったわけではない、私が気づかなかっただけなのだ。
周囲の音を聞かないようにしていたから。
・・・認めたくなかった。
自分がそれほどまでに深く傷ついているということを。
認めてしまえば、さっきの出来事が事実だということになってしまう。
だから、気づかないふりをしたかった。
あの言葉も、あの視線も、全てが現実ではないと思いたかった。
今は・・・何も聞きたくない。
話したくない。
だから・・・
お願いだから、放っておいてほしい。
この場から離れてもらうために私はうつむいたまま口を開こうとした。