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42 前途多難なお茶会 2

殿下の姿を認めた瞬間、その場の皆が一瞬にして臣下の顔へと切り替わり、流れるような動作で臣下の礼をとった。

慌ててヴィオレッタもドレスの裾を摘み、深く頭を下げる。

静まり返った庭園の中で、臣下の礼をとる同年代の子供たちを見下ろし、殿下はスッと右手を挙げた。


「いい。楽にしてくれ。この場は私たちが親睦を深めるためのものだ。そう畏まらなくて良いと、君たちには伝えているだろう?」


少し呆れたような、けれど親しげな響きを帯びた声。

その視線は、初参加の私達ではなく、すでに面識があるらしいレオンハルト様とシルヴィアに向けられていた。

促され、傅いていた子供たちがゆっくりと顔を上げる。

真っ先に口を開いたのは、やはりアルブレヒト公爵家のレオンハルト様だった。


「そうは言ってもよ、殿下!父上が『王族の前で少しでも粗相をしたら、大剣でぶっ飛ばす』ってうるさいんだよ。俺だって本当はもっと普通に話してぇのにさ!」

「あははっ、アルブレヒト公爵らしいね。でも、ぶっ飛ばされるのが嫌なのなら、殿下の命令だと言い訳すればいいじゃないか」

「テオドール、お前な……それ言って父上が引き下がると思うか?」


フランクすぎるレオンハルト様のぼやきに、テオドールが面白そうに肩を揺らして笑う。

隣では、シルヴィアが飽きれた様子で冷たく目を伏せ、扇子で口元を隠していた。

殿下はそんな彼らのいつものやり取りを横目にふっと微笑むと、気品ある足取りで真っ直ぐに私達の方へと向き直った。


「やぁ、初めまして。ルシアンだ。よろしく」


殿下の、名乗るまでもないはずの気さくな自己紹介。

それに対し、お兄様は完璧な笑みを少しも崩すことなく、流麗な動作で胸に手を当てた。


「お初にお目にかかります、殿下。リアム=エピステーメでございます」

「噂は聞いているよ。君は魔法の才にひどく恵まれているらしいね。我が王国の未来にとって、君のような存在は実に頼もしい」

「勿体なきお言葉でございます。殿下」


八歳とは思えないほど完成されたリアムの受け答えに、ルシアンは満足そうに頷いた。

そして、リアムの背後に半分隠れるようにして少しだけ肩をすくめているヴィオレッタへと視線を移す。

その瞬間、王太子の顔から公的な空気がやや抜け落ち、年相応の少年のように柔らかな表情が咲きほころんだ。


「久しぶりだね、ヴィオレッタ嬢。……やっとこのお茶会で君に会うことができた。参加してくれて、本当に嬉しいよ」


甘く、どこか熱を帯びた王太子の歓迎の言葉に、庭園の空気がわずかに揺らいだ。

それに真っ先に反応したのは、レオンハルトだった。


「お? 殿下はヴィオレッタに会ったことがあったのか?」


目を丸くして身を乗り出したレオンハルトに、ヴィオレッタは内心(名前呼び捨て!?)とギョッとしたが、ルシアンは気分を害する様子もなく、むしろ可笑しそうに振り返った。


「あぁ。君たちとも、こうして正式なお茶会で顔を合わせる前に会っているだろう? それと同じだよ」

「確かにな! 俺の時は父上との剣の稽古場にいきなり来たから、マジで心臓が止まるかと思ったぜ!」

「ふふっ、あの時のレオンハルトの顔は傑作だったね。驚きすぎて、持っていた木剣を足に落として飛び上がっていたじゃないか」

「テオドール、お前な! 誰だってあんな状況なら驚くっつの!」


テオドールがくすくすと茶化し、レオンハルトが頭を掻きながら言い返す。

殿下を交えたあまりにもフランクな会話に、ヴィオレッタは目を瞬かせた。


「……殿下の御前で大声を出すなと、何度言えば理解できるのかしら」


相変わらずシルヴィアからは氷点下の溜め息が漏れていたが、レオンハルトの裏表のない明るさが功を奏し、先ほどまでのバチバチとした一触即発の緊張感は嘘のように霧散していた。


(すごい……。これが、殿下の作り出す空気なのね)


殿下が一言声をかけただけで、あのカオスだった場が同年代の子供たちの集まりとして綺麗にまとまってしまった。

ヴィオレッタはホッと胸を撫で下ろすと、ルシアンに向かって改めて美しいカーテシーを披露した。


「温かなお言葉、恐悦至極に存じます、殿下。本日はお招きいただき、光栄ですわ」

「顔を上げて。どうか、これからはルシアンと呼んでほしいな」


甘い殿下の口説き文句のような提案。

その言葉が春の空気に溶けた瞬間お兄様の顔に張り付いていた完璧な笑みが、ほんの数ミリだけ、ピクリと引き攣ったように見えた。


表向きの表情は一切崩れていない。

だが、感情魔法の使い手である彼の奥底で渦巻いた何かが、極薄い冷気となって周囲に漏れ出す。

隣に立っていたヴィオレッタだけが、背筋に走ったゾクッとするような悪寒にビクッと肩を揺らした。


(ひっ……!? な、なんか今、お兄様からすっごい冷たいオーラが……っ!?)


「め、滅相もございませんわ、殿下! わたくしのような者が、恐れ多くも殿下を御名で呼ぶなど……!」


ヴィオレッタが慌てて無難な貴族の令嬢らしい返答で固辞すると、リアムから漂っていた冷気は嘘のようにスッと霧散した。


「そう? 残念だな。……まあいい、いずれ慣れてもらおう。さあ、立ち話もなんだ。席につこうか。今日は王宮の庭師が丹精込めて育てた薔薇が見頃なんだ。とびきり美味しい茶葉と菓子も用意させているよ」


ルシアンは少しだけ名残惜しそうに微笑むと、東屋の中央にある白亜のラウンドテーブルへと皆を促した。

テーブルには、王宮専属の菓子職人が腕を振るった色とりどりのマカロンやタルト、そして芳醇な香りを立てる最高級の紅茶が用意されていた。

上座に殿下が座り、その右横にテオドールが座る。

そのテオドールの横にリアムとヴィオレッタの兄妹が並び、殿下の左手にはレオンハルトとシルヴィアが腰を下ろした。


「すげぇ! このパイ、めちゃくちゃ美味いぜ!」

「……もう少し静かに食べられませんの?」


早速レオンハルトが豪快に食べ始め、シルヴィアが冷ややかな視線を向ける。

先ほどまでのバチバチした空気は薄れ、少しだけ賑やかな子供らしい時間が流れ始めた。

そんな中、殿下は紅茶のカップを優雅に傾けながら、再びヴィオレッタへと視線を向けた。


「そういえば、リアムとヴィオレッタ嬢もゆくゆくは王立学園に入学するよね? エピステーメ侯爵家なら当然、二人とも魔法術学科に入学することになるだろうし、リアムに関しては僕と同級生になるね」

「おいおい、みんな魔法術学科かよ!」


大げさに肩を落としてみせたのは、豪快にパイを平らげていたレオンハルトだった。


「レオンハルト様は、騎士学科に入られるのですか?」


ヴィオレッタが尋ねると、彼はコクリと大きく頷いた。


「あぁ、うちは代々騎士の家系だからな! せっかく殿下ともリアムとも同級生なのに、同じ学科じゃないなんてかなしーぜ」


レオンハルト様は殿下やお兄様と同じ八歳だ。

学科が違えば、顔を合わせる機会もぐっと減ってしまうのだろう。

少しだけしょんぼりとした様子のレオンハルト様だったが、すぐに気を取り直したように、殿下の右隣に座るテオドールや、私達たちへ視線を向けた。


「でもよ、テオドールとシルヴィアとヴィオレッタはみんな魔法術学科だろ? 三人とも同級生になるんだし、良かったな!」


ニカッと屈託のない笑顔を向けられ、ヴィオレッタはレオンハルトだけではなく、向かいに座るシルヴィアへとちらりと目を向けた。


(いや……いいのかな。めっちゃ嫌そうな顔されているのだけれど)


ヴィオレッタの視線の先で、シルヴィアは氷点下の空気を漂わせながら、これ以上ないほど露骨に眉間を寄せていた。


「はぁ……。貴方は、なんでそんなに能天気なのかしら。少しは頭を使って先のことを考えられないの?」

「あ? シルヴィアが考えすぎなんじゃないか?」

「何も考えていない貴方に言われたくありませんわ」


言い合う二人を見ながら、ヴィオレッタはふと不思議に思った。


(ん? そういえば、レオンハルト様は八歳で、シルヴィアは私やテオドールと同じ六歳のはずよね? なんで敬称もなく、こんなに気安い感じなのかしら……)


貴族社会において、たとえ公爵家同士であっても、年齢や立場の違いは言葉遣いに明確に表れるはずだ。

しかし、この二人の間にはそんな壁など最初から存在しないかのような遠慮のなさが漂っている。

首を傾げるヴィオレッタの横で、テオドールが面白そうにくすくすと笑い声を漏らした。


「相変わらずだな〜、この二人は」

「そうだね。随分と仲良くなったものだ」


殿下も目を細めて同意すると、レオンハルトが嬉しそうに身を乗り出した。


「そうだろ!?」

「仲良くなどありませんわ!」


胸を張るレオンハルトの言葉を、シルヴィアが食い気味に、かつ全力で否定した。

しかし、テオドールは扇子で顔を隠してそっぽを向くシルヴィアを見て、さらにニヤニヤと笑みを深める。


「あはは、どう見たって仲いいよ。相性がいいんじゃないかい? 最初のお茶会ですぐに敬称をつけなくなっていたしね」

「ですから、それはレオン様が何度言っても礼儀を覚えないからですわ!不本意極まりないです!」


顔を赤くして反論するシルヴィアと、「そこまで言わなくてもいいだろ」と騒ぐレオンハルト。

バチバチとした一触即発の空気とは違う、同年代の子供たち特有の賑やかなやり取りに、ヴィオレッタも思わず小さく吹き出してしまった。


「——あら。エピステーメの令嬢も、まともに笑うことができますのね」


ふいに、氷の刃のような声がヴィオレッタの鼓膜を打った。

ピタリと、ヴィオレッタの笑いが止まる。

視線を向けると、先ほどまでレオンハルト様と口論していたはずのシルヴィアが、一切の感情を排した冷ややかな瞳でこちらを見据えていた。


「……え?」

「不思議に思っておりましたの。少しでも思い通りにいかなければ喚き散らし、他人の物を欲しがり、下の者を見下して嘲笑う……。社交界でひそかに囁かれている『侯爵家の癇癪姫』。それが、貴女の背負っている悪評でしょう?」

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