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36 騒乱の夜 1

「——遅いよ」


セレスが指先を振るうと、無数の光の弾丸が夜の闇を切り裂いた。

黒いローブの男たちは、訓練された動きで散開するが、光の速度には到底追いつけない。


「ぐあっ……!」

「しまっ……!」


一人、また一人と、ローブの男たちが地面に倒れ伏す。

致命傷は避けているが、膝や肩を正確に撃ち抜かれ、戦闘不能に追い込まれていく。

圧倒的だった。

数的有利など関係ない。

そこにあるのは、純粋な「才能」の暴力だ。


「あはは、弱いなぁ。これじゃあ害虫駆除にもならないよ」


セレスは、地面に降り立つと、つまらなそうに欠伸をした。

余裕綽々。

セレスの目には、目の前の敵が「人間」ですらなく、ただの動く標的にしか映っていなかった。 

地面に倒れている男たちを見下ろしながらため息をつく。


「はぁ、こんなんで僕の目から逃げられると思っているなんて、随分となめられたものだね」


彼らが動けないことを確認したセレスは男たちをどうするか考えようと無意識に彼らから目を離した。

その隙を見逃すほど、敵は愚かではなかった。


倒れ伏していた男の一人が、苦痛を押し殺して目配せをする。

瞬間。

生き残っていた一人の男が、セレスに向かって特攻を仕掛けた。

隠していた短剣を持って、セレスの懐へと飛び込んだのだ。

気づいたセレスは振り返り、眉を顰める。


「は? 自殺志願者?」


セレスは冷ややかな目で、迎撃の光魔法を放つ。

ドォンッ!

至近距離で光が炸裂し、男の体はボロ雑巾のように吹き飛ばされた。

しかし、男は血を吐きながらも、ニタリと笑った。


「——視界は、塞いだぞ」

「え……?」


セレスがハッとする。

男を迎撃するために放った光魔法が、一瞬だけ、セレスの視界を覆い隠していた。

その死角。

もう一人の男が、這いつくばったまま、懐からどす黒い「杭」を取り出していた。

男の狙いは、セレスでも、温室の結界でもなかった。

地面。

植物の根が張り巡らされている、大地の脈だ。


「この命を、捧げる……!」


男は絶叫し、その杭を地面に突き立てた。

ズブゥッ!!

嫌な音が響く。

杭からドス黒い液体が大地に注入され、それが根を伝って植物本体へと吸い上げられていく。


「——しまっ、そっちか!」


セレスが気づいた時には、もう遅かった。

ドクンッ!!

大地が跳ねた。

温室の中の植物が、劇薬を注入された心臓のように異常な脈動を始める。

封じ込められていた呪いが、内部で爆発的に膨張した。


「ぐぅっ……!?」


セレスが慌てて結界の強度を上げようとする。

だが、『天光の檻』はあくまで「外への漏洩」を防ぐためのもの。

内部からの、想定外の魔力の倍増には耐えられない。

ピキッ。 黄金の光の膜に、亀裂が走る。


「嘘でしょ!? 僕の結界が……!」


パリィィィィィンッ!!

ガラスが砕け散るような音と共に、檻が崩壊した。

凝縮されていた瘴気が、解放された反動で衝撃波となって周囲を薙ぎ払う。


「ぐっ……!!」


セレスの小さな体が、木の葉のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

土煙が舞う中、温室があった場所から、黒い泥のような瘴気が噴水のように噴き出している。 そして。


瘴気が渦を巻き、実体を持って形を成していく。

狼のようでありながら、三つの目を持った異形の「影の魔獣」。

その数は、三体、五体……十体と増えていく。


『グルルルル……』

「せ、成功だ……!」


杭を刺した男が、血まみれで歓喜の声を上げる。

しかし、その声はすぐに悲鳴に変わった。


「ギャアアアアアッ!?」


一番近くにいた魔獣が、生みの親である男に襲いかかり、その頭から喰らいついたのだ。

肉を裂く音。

骨を砕く音。

敵味方の区別などない。

ただ生きているものを貪り尽くす、殺戮の権化。

残りの男たちも、逃げる間もなく魔獣の群れに飲み込まれていく。


「う、わ……なんだよ、これ……」


セレスは、痛む体を起こし、その凄惨な光景を見上げた。

慢心していた。

敵がこれほど捨て身で、これほどイカれた連中だとは想定していなかった。

魔獣たちが、男たちを喰らい尽くし、次の獲物を求めて鼻を鳴らす。

その赤い瞳が、へたり込んでいるセレスを捉えた。


『グオォオオオッ!!』


三体の魔獣が同時に飛びかかる。

速い。

体勢を崩した今のセレスでは、迎撃が間に合わない。


(まずい…!)


死の感触が、冷たく喉元を撫でた、その瞬間。

ヒュンッ!!

鋭い風切り音が響いたかと思うと、先頭の魔獣の首が、スパリと切断されて宙を舞った。


「——私の弟子に触れないでもらおうか」


凛とした、しかし怒りを孕んだ低い声。

セレスの目の前に、一人の男が立っていた。

ラフな白いシャツに、ズボンだけの姿。

普段では見られないセットされていない髪は、急いで駆けつけたことが見て取れる。

首筋には汗が滲み、呼吸は荒く、顔色も少し悪いように見える。

けれど、その背中は剣のように真っ直ぐで、周囲には風が荒れ狂っていた。


「せ、先生……?」


彼は、右手に風の刃を纏わせたまま、振り返らずに告げた。


「立てますか、セレス。……お説教は後です。今は、私の背中を守りなさい」

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