隠れ部屋の研究室
ホールの舞台裏にある木製の階段を上るとすぐに重い扉がある。
力いっぱい開けたその向こうへ一歩踏み入れ扉を閉めれば、手元すら見えないほどの暗闇に包まれる。
ポケットの中から取り出したスマホのライトで照らせば、記憶にあるものと寸分違わないコンクリートの階段が姿を現した。
そこを下りれば大道具たちが所狭しと並んでいる倉庫に辿り着く。
右奥の衝立に隠れた床下収納のような四角い蓋を開ければ微かに明かりが漏れて、中を覗けば絵を描いているのだろう彼の背中が見えた。
梯子を下りて彼の研究室に入れば、天窓から射し込む太陽の光が暖かい。
集中して絵を描いていた彼は少しの間私の存在に気づかなかったけれど、そんな彼を見るのも久しぶりだったから私は懐かしさに浸った。
漸く彼の瞳が私の姿を捉えた時、私は夢現だった。
煙草と珈琲の香りが混ざったこの空間は相変わらず私の思考力を奪うらしい。
「あれ?どうしたの?」
身長が高い彼は長い足で近づいてくると、デフォルトの猫背をさらに丸めて私の顔を覗き込む。
「近くまで来たから寄ってみた」
「そっか。何か飲む?」
年月の流れを感じないほど彼は以前と変わらず、冷蔵庫の中から缶のお茶を出して私に投げた。
隠し持っている焼酎を割る用であろうお茶を開ければ、缶の良い音がストーブのジリジリした音しかしない空間に清涼感をもたらす。
雪道をせっせと歩いてきた私の喉は、ゴクゴクといつもより大きな音を立ててお茶を乾いた身体へ送り込んだ。
「未だ卒業してなかったんだ」
「うん。来年もいるよ」
ニカッと笑う彼は私が短大を卒業する年に大学院を卒業するはずだった。
卒業間際で何故か急に必修科目を連続で欠席し、出席日数不足で単位を落としたのだ。
あれから3年経った今も、何故か勝手に作った研究室に居座り続けている。