コインランドリー
「……」
溜息すら漏れない。
呼吸すらしているような気がしない。
真夜中。
何時だったか。時間を見ることすら面倒で、目に留めなかった。
「……」
いつもの日常。残業帰り。
―というか、出社してから一度帰宅して。上下スウェットのラフな格好に着替えてから、家を出て。
今に至る。
「……」
その間、一応、風呂には入った。シャワーを浴びるだけの簡単なものだが。
社内の嫌な臭いがこびりついたままで、外出するのもな……と思って。
「……」
車を運転して、近くにある行きつけのコインランドリーに向かっている。
車内には、深夜ラジオもCDも流れていない。ただ、車のモーター音のようなものが、響くだけ。
自分の声すら聞こえない。
「……」
何をしに―というのは、もちろん分かりきったことではあるのだが。
洗濯乾燥をしに、だ。家に洗濯機はあるので、日中それで回しておいて、帰ってからこうして乾燥にかけるのが、日課になっている。
干している時間などない。そんな手間も暇もない。一日仕事に費やしている。
それに、万が一、干して雨に濡れるのもご免だし、干しっぱなしにしておくのもなんだか気に食わない。ので、もう、ランドリーで乾燥させて、一応置いてある収納の中に突っ込んでいるのだ。
「……」
それに、というか、これが一番の理由だったりするのだが…。
あまり家に居つきたくないというのも、こんな真夜中に出かける理由だったりする。
家にいると、嫌でも考えてしまうのだ。嫌な思考が巡るのだ。
今の会社の事や、過去の事、そんな色々が、思い出したくもないのに頭をよぎる。
いい事ではない。
悪いこと。後悔。懺悔。その他諸々。
思考停止していても、そういう事は否応なしに脳内を、体内を、巡るのだ。
そのせいで、ただでさえ低い生存願望が、限りなく底辺にまで、零にまで、至ってしまうから。
最悪、マイナスになる。
「……」
だから基本、外で済ませられることは外で済ます。食事もまぁ、外で。もとより小食なので食べなくてもよかったりする。夜なんか長年食べていない。
―だから、家は居つく場所ではなく、寝るためだけの場所と化している。
ベットと、小さな机と、使われることのないテレビが置かれているだけ。
冷蔵庫は備え付きだったが、ほとんど使っていない。
「……」
と、まぁ。訳の分からないことを考えながら車を転がしているうちに、到着した。
住宅街の中にあるそこは、田舎ゆえか街灯一つ立っていない。ランドリーの店内から洩れる光だけが、ぼんやりと輝いている。
周囲が暗い分、目に痛いくらいのその光は、虫を大量に引き寄せ、今日も稼働している。
「……」
エンジンを切り、車を降りる。
後部座席に乗せていた洗濯物を取り出す。―カゴなんてものはないので、地域で指定されているごみ袋に入っている。買ったはいいものの、家ではごみがほとんど出ないので、使うことがめったにない。だからまぁいいかと思って、これに使っている。中身が若干湿るのだが、裏返せば何ら問題ない。
「……」
財布をポケットの中に突っ込み、少し重たい洗濯物をもちながら、店内へと向かう。―ちなみに、スマホは家に投げてきた。あれはうるさいし、明るいし、目に悪いので嫌いなのだ。
「……」
店内には、時間も時間なので、誰一人いない。
最近取り換えられたらしい、LEDライトが、煌々と店内を照らしていた。
バコ―――!
入ってすぐの、手近なランドリーを開き、中に洗濯物たちを投げ入れる。
洗濯中に絡まったのか、タオルが他の物たちをまとめていたので、軽くほぐす。
ほんとは、洗濯からまとめてここでできればいいのだけれど、なぜかこいつは出来ないのだ。乾燥しかしてくれない。―なぜだ。
バタン―――!
開かないようにしっかりと閉じ、コインを入れる。この量なら、20分ぐらいで終わるだろう。乾いていなければ、追加で回せばいいだけだ。
ロックをかけて、ランドリーが動いたことを確認し、外へと出る。
「……」
別に、一旦家に帰るとかではない。先も言ったように、家に居つきたくないのだ。帰る必要がないなら、帰らなくても済むのなら、家にはいかない。
用があるのは、外に一つだけ設置されている自動販売機。
チャリン―
コインを数枚。すると、もとより強い光が、さらに強くなる。
んん。この夜には、少々眩しい…。
一番下に並んでいる缶コーヒーのボタンを押す。
プシ―
それを開けながら、店内へと戻る。
あまり大きな声でいう事でもないと思うが、こういう缶コーヒーを開けたときにほんの少し中身が飛び散るのをどうにかしてほしいと、常日頃思っていたりする。これのせいで、手にコーヒーの匂いが染みつくし、最悪服につく。ならせめて、振らないようにとも思うが、自販機である以上、どうにもなりはしない。何事もままならないものだ。
「……」
購入した缶コーヒーを片手に、店内に設置されている椅子に座る。
都会の方ではどうなのか知らないが、こうして椅子が設置されているのは結構ありがたかったりする。
私みたいな人間にとっても。座って待っていていいという許しがあるのとないのとでは、心の持ちようが全く違う。
「……」
そしてこれは、これ……はどうなのだろう。田舎ゆえなのだろうか。
ここは24時間、無人営業をしているコインランドリーなのだが、それにしては無防備にコミックスや雑誌類が置かれている。まぁ、監視カメラなんかがあるだろうから、完全に無人というわけではないだろうが。ジャンル問わず置かれているコミックスは、所々巻数が抜けているし、雑誌類も、いつの流行だというものが特集にあげられていたりする。
―その辺のものを読みながら時間をつぶせということなのだろうが。少し、というか、かなり、触るのには勇気がいりそうなので、手に取ることはない。
「……」
ただ、20分ほど。
ぐるぐると回るランドリーを眺め。
それに合わせて鳴っているモーター音に耳を預ける。
一定のリズムを刻み続ける時計の針。
はてさて、全く、今は何時なのだろう。何時に会社を出ただろう。覚えていない……。
しかし、ここまで遅くなったのも久しぶりな気もする。昨日までは、もう少し、ほんの1時間ほど早く出社できていた気がするのだが。
ピ――
「……」
稼働終了の音が、耳をつんざく。
いつのまにか、20分経っていたようだ。
時間が過ぎることの、なんと、儚い事か。
「―――」
片手に持ったままだった、缶コーヒーを飲み干す。
ホットを買ったのにぬるくなったのか、アイスを買ったのに持ったままでぬるくなったのか、分からない程度のぬるさ。
ピ―ピ――ピ――――
早く取り出せと言わんばかりに、その音か、響く。
「……はぁ…しにたぁ……」
別サイトにあげていたお話です
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