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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【百合の日短編】 12分間だけのあなた

作者: 羊野冬

 夜はいつも酔っぱらいのサラリーマンで賑わっている駅も、この時間は人影がまばらだ。

 全体的にくすんだ色のタイルが、どこかうら寂しさえ醸し出している。


 私は一人、分厚い学生カバンを膝に乗せて、次の電車をただ待っている。


『麻生行きの電車は前の駅を発車しました』


 不意に天井からぶら下がっている古びた電光掲示板にオレンジ色のメッせージが流れ、私は思わずホームのベンチから腰を浮かした。

 反射的に腕時計を見る。


(これに乗ってなかったらもう遅刻しちゃう!)


 焦る私を焦らすように、カーブを描いた線路の向こうから見慣れた緑色の車両がこちらへ向かって来る。


(あー、神様、乗っていますように……)


 ミサの時なんかこれっぽっちも本気でお祈りなんかしないのに、この時ばかりは私は真剣に神様に祈る。


(いた!)


 私の前の車両の隣に見慣れたロングの茶髪が見える。

 三ツ柳明日香だ。


 項垂れているように見えるのは、満員電車の中にも関わらず文庫本を読んでいるから。


「三ツ柳さんおはよう」

「あ、佐々木ちゃんおはよ」


 車両の端っこに立つ明日香の隣になんとか滑り込んで、私は「今日ちょっと遅かった?」とさりげなさを装って聞いてみる。


「あー、一回起きたんだけど二度寝しちゃったんだよね、マジヤバかったよ」

 そんな事を言いってへらっと笑いながらもあまり深刻さはない。

「そっか、私も今日は朝バタバタしちゃって危なかったんだ」


 へぇ、お店の手伝いも大変だよね……朝早いんでしょ? と言いながら明日香は文庫本を閉じて薄いカバンにしまう。


「何読んでたの?」

「んー、伊坂幸太郎の週末のフールってやつ」


 あ、それ前に私が読んで面白かったよって言ったやつだ。

 ちゃんと覚えて読んでいてくれてるんだなと思ったら、ちょっと顔が熱くなった。


 茶髪で制服のスカートもギリギリまで短くしている明日香と、中学の頃から変わらないお下げて長いスカートの私が隣り合っているのは、まるで風紀委員会のポスターのイラストみたいだ。


 明日香は同じクラスだけど友達も多いし、いわゆるリア充グループの中心にいる。

 対して私はぱっとしない、いつもひとりでもそもそ生きてる地味な生き物だ。


 そんな私達が言葉を交わすのは、地下鉄に乗っているこの12分間だけ。


 改札口を出たら明日香は右の階段から、私は左の階段から駅を出る。

 帰りは知らない。


 教室で言葉を交わしたことなんか多分ない。


 明日香と話すのは、ここでだけだから。


「けっこう面白いねこれ……三年後に隕石が落ちて来て人類滅亡とかさ、もしホントに今そんな事言われたらびっくりしすぎて笑っちゃうと思う」

「だよね、私もどうしたらいいか分からないかな」


 そろそろ学校のある駅だ。


「でもさ、どうせ滅亡しちゃうなら、最後にもう一回だけ一緒にこうして話したいかな、なんてね」

「え?」


 明日香の驚いた顔に気が付いて自分のうかつさに後悔する。


「や、えーとそういう意味じゃなくて、その、なんていうか別に特別な事をしないまま滅亡するのがストレスなくていいかな、的な?」


 あわあわする私を目を丸くして見ていた明日香は、プッと噴き出した。


「佐々木ちゃんって前から思ってたけど可愛いよね」

「可愛い!?」

 

 電車が減速する。

 もう降りなくちゃ。


「面白い本色々教えてくれるしさ、ほら私のグループってそういう子いないからつまんないんだよね……なんとなく流れでグループになっちゃったけど、私、カラオケ行くよりはベッドで本読んでる方が好きなんだ」


 両開きのドアがプシューと開く。


「……そういえば佐々木ちゃんってどこ住み?」

「あ、ええと」


 まさか真駒内から乗ってるのにわざわざ途中で降りて明日香を待ってるなんて言えない。


「ま、いいや。今日はガッコサボって遊ぼうよ」

「それはダメだって! 友達だって待ってるよ?」


 慌てて反論すると、明日香は「佐々木ちゃんだって友達でしょ?」と笑った。

「あー、トモちゃん? 今日お腹痛いから休むわ。あとで小テストの範囲だけ教えて」


 スマホを取り出してからの動作が早い。


「はい、ミカもちゃんと学校に電話する」


 初めて下の名前を呼ばれた。


「……はい、すみません、ちゃんと病院行ってきます」


 大体皆勤賞の私が風邪をひいたと言うので、担任の黒田先生はいたく心配してくてた。

 申し訳ない。


 でも。

 なんだかワクワクする。


「ミカとこうして地下鉄以外で話すなんて初めて……なんか不思議な気持ち」

「へへ、私も不思議な気持ち」


 私達は顔を見合わせて笑った。


「どうする? 取りあえず終点まで行く?」

「うん。あそこなら本屋さんあるし、ミスドとかもあるし」


 明日香が顔を輝かせた。


「そういやサイゼもあるじゃん! 今日は読書会だね!」

「なんか、楽しそうだね」


 そう言うと、「楽しいよ」と弾んだ声が返って来た。


「だってミカってなんか地下鉄でしかしゃべってくれないからさ、いろいろ知りたいのに全然謎の人だから気になってたんだよね」


 そうだったんだ。

 私だけがいろいろ勝手に思い込んでたのか。


 もうとっくにいつもの12分間は過ぎている。


 だけど、三ツ柳明日香は私の前で笑っている。


「今日は、一日中あなたを独り占めだね」


 私がそう言ったら、「ミートゥー」とやけにいい発音で明日香は答え、ニッと白いHを見せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすく、さっと読めました。情景や心情の変化も分かり易いです。 [一言] 短編ですが、続きが読みたいと思ってしまいました。 ありがとうございました。
2022/06/26 20:30 退会済み
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