第8話 キアラ? 私の家で、変なことをしないでくれません?
大きいと思う。
何度みても、大きいと感じてしまうほどである。
それは藤花の家であり、さすがはお金持ちだと痛感した。
自称令嬢だったとしても、それなりの家の大きさと、敷地を保有しているのだ。
今、夏央は、キアラと南由の三人で、彼女の家の前にいる。
正面には敷地内と外を遮る鉄の扉があった。
「やっぱ、デカいんだ。私、嘘だと思ってたんだけどね。まさか、本当にお金持ちだったなんてね」
キアラは腕組をし、現状を見て納得している感じだ。
「確かに、大きいですよね」
南由が言う。
おっぱいの大きい妹が口にすると、何かと嫌味に聞こえそうで、聞こえなかったりする。
不思議なものだ。
仮に、南由が爆乳であることを自慢するタイプだった場合、キアラからも嫌悪感を抱かれていただろう。
「まあ、家の外観を見んのはこれくらいにして、さっさと入ろ。藤花の家には、お菓子を食いに来た感じだしさ」
キアラの頭の中には、お菓子くらいしかないようだ。
彼女は、藤花家のインターフォンを押し、家の中にいる人を呼び出そうとしていた。
「来てやったんだけど。早く、お菓子ね」
キアラは強引に訪れる約束をしたのに関わらず、インターフォンと向き合い、強引な話し方をする。
インターフォンからは特に返答はなかった。が、敷地内の大きな鉄の扉が開かれる。
そして、奥の方から、誰かが歩いてきたのだ。
「うるさいですから。近所迷惑になりますし。もう少し静かにしてくれません?」
制服姿の藤花が姿を見せる。
「遅いんだよ。早く入らせてくれよ」
「わかってますから。今から案内しますから……」
藤花が話始めようとした頃には、先ほど強引な物言いをしたキアラの姿はない。
「あれ? あの人は?」
キョロキョロと辺りを見渡す藤花。
「藤花さん? キアラさんはもう、あちらの方に行ったみたいですよ」
「え?」
南由に話しかけられた藤花が後ろを振り返ると、家の方へ向かって走っていく、キアラの姿があったのだ。
「もう、何なんですか。私が案内しようとしてましたのに」
藤花は怒っている。
勝手に家に訪れる約束を交わされ、その上でかつ、身勝手にも敷地内に入られているのだ。
「まったく、あの方は……」
藤花はため息交じりに言葉を吐いていた。
「後で、色々とお仕置きをしませんとねッ」
そんな彼女は一応令嬢なのだ。ただ、やられたままでは気が済まないらしい。後ほど行う、彼女へのお仕置きについて考え、一人でニヤニヤ企んでいるようだった。
「あの、藤花さん……?」
「え、いや、なんでもないことよ。では、案内いたしますね」
藤花は、南由に満面の笑みを見せる。
が、夏央に対しては違った。
「平民は、ここでお手しなさい」
「え? 俺だけ、扱いが違うくないか?」
夏央は少しだけ後ずさった。
「私もやった方がいいのでしょうか?」
「え? いいえ、あなたはいいわ」
「ですが、お兄さんがお手をするなら、私もやりますから」
「……今回はいいから。さっきの話は無しよ。では、こちらに来て。早めにね」
藤花は背を向け、建物の方へと向かって歩いていくのだ。
普段から傲慢な態度を見せる藤花だが、南由が近くにいると、比較的に大人しくなるらしい。
今後は学校でも南由と一緒にいた方がいいかな……と思うのだが。
学校内にいる南由は、歩くだけでおっぽいが揺れ、その都合上、数多くの男子生徒からの注目の的になっているのだ。
やっぱり、学校内で南由との接触は難しいだろうなと思う。
夏央は隣にいる妹と並んだまま、藤花の後ろについて歩く。
その後ろで、敷地内と外を遮る鉄の扉が閉まる音が聞こえてきたのだ。
「じゃ、食うから」
藤花家の中。大きなリビングの一室。大きなテーブルを囲うように、四台ほどソファがある。一人でソファに座っているキアラは、テーブルの上に置かれたお菓子の類を口にしていた。
急な訪問になったことで、そこまでお菓子の種類は多くない。
あるとすればクッキーとケーキ。それと海外産の果物の類。
たとえ、少なかったとしても、一般人の視点から見たら、よっぽど多い量である。
キアラは、手始めにクッキーを食べていた。
迷うことなく口に含めていることから、よほどお腹が減っていたのだと思われる。
「……下品ですわね」
キアラとは対面上のソファに座る藤花。
「なに? 別にいいじゃん。私が食べてやってんの。だから、藤花はありがたく思ってよね」
「んッ⁉ い、意味わからないんですけど⁉ そもそも、食べてほしいとは、私から言った覚えはありませんが? もう、何なんですか、他人の家に来てすぐに菓子ばっかり」
藤花が怒るのも、分かる。
「あのさ……キアラは遠慮した方がいいよ」
二人の姿が見える位置のソファに、南由と一緒に座ってる夏央は優しい口調で、余計に事を荒立てないように言う。
「……んッ、そ、そう、だよね」
なぜか、キアラは夏央に言われたことで、現状を把握し、大人しくなり、そこまで勢いよくお菓子を食べることはなくなった。
「まあ、あなたがいっぱい食べるんだったら、あとで請求するつもりだったんだけど?」
キアラが大人しくなったことで、藤花が調子づくのである。
「それはやめてくんない」
「なに? 勝手に上がり込んで、勝手にお菓子を食べて」
「別にいいじゃん。そもそも、上級国民だったら庶民を助けるものでしょ?」
「あなたは例外ですから」
「は? どういうこと?」
「お菓子ばっかり食べてる、あなたには言われたくないセリフね」
二人は学校にいる時と同様に、口論へと発展するのだ。
これじゃあ、面倒になるばかり。
南由に、こんなところは見せられないと思い、ソファに座っていた夏央は立ち上がり、二人の止めに入るのだった。
「やめた方がいいよ。それより、今日ここに集まったのは、あの件について調べるためだから」
夏央の発言に、二人は落ち着きを取り戻すのである。
「……そっか、そうだったね」
キアラは食べることしか考えていなかったのかよ。と、夏央は心の中でツッコミを入れてしまう。
「そ、そうね。そうだったわね。平民、こっちに来なさい」
「平民? 誰のことですか?」
南由が首を傾げた。
「んッ、そ、それは……」
いつもは偉そうな態度を見せる藤花も、妹の南由に押されっぱなしだ。
調子が狂った感じに、苦笑いを見せるのだった。
「……な、な、夏央?」
なぜか、彼女は下の名前で呼んできたのである。
しかも、藤花は頬を真っ赤に染め、恥じらいを見せているのだ。
下の名前を呼ぶだけなのに、どうしてそこまで緊張するのだろうか?
それは謎である。
「まあ、そのね……夏、央? ちょっと、こっちに来てくれない?」
「そっちにパソコンがあるの?」
「うん、そ、そうよ」
藤花がその部屋まで案内してくれることになった。
「それと、二人は部屋で待ってていいから。でも、全部食べないでよね」
藤花は一言だけ言う。
夏央は彼女に連れられ、別の部屋へと移動することになった。
自称ではあるものの、お金持ちのパソコンとやらと対面できることに、内心ワクワクしていたのだ。