第24話 今は口論している場合じゃない…だったら俺、一人で行くから
「それで、どうする? 今からでも行く?」
藤花が確認するように言った。
三人は藤花の家のリビングに集まっていたのだ。
一応お客である夏央と理香は、ソファに隣同士で座っていた。
二人はすでに答えは決まっている。
「行くよ」
夏央は、テーブルの反対側のソファに腰かける藤花に言った。
「私だって、夏央の妹が困ってるなら。私も行きますから」
夏央が行くのはわかるとして、なぜ理香も来るのだろうか?
「というか、理香はなんで?」
やっぱり、藤花からもツッコまれてしまったか……。
「なんでって、それは妹を助けたいの」
理香は真面目な顔を見せた。
学校にいる時は基本的に真剣な表情なのだが、今は凛々しさも相まって、クラス委員長らしく格好良く見えたのである。
「あなたにはもう帰って欲しいんだけど。どうせ、足手まといになるだけよ」
「大丈夫ですから」
理香は堂々と胸を張ってみせたのである。
「何かやってたの?」
藤花が問う。
「格闘技を」
「格闘技? なんの?」
藤花の表情が変わった。
理香が格闘技をやっていると言ったことで、多少なりとも興味を抱いたようだ。
二人の女の子による会話が始まる。
「夜の方の」
「は? なんて?」
「だから、夜の方」
「……そういうこと、聞いていないんだけど」
藤花が呆れがちにため息を吐いていた。
「……もしかして、ふざけているの?」
「いいえ。ふざけてないわ」
「夜の格闘技って、エッチな方よね」
「ええ、そうですけど?」
「私が間違っていたわ。あなたは連れていけない。やっぱり、帰って」
「えー、どうして?」
「どうしても」
藤花が強い口調でハッキリと言い切った。
変な性癖を持ち、夜の格闘技しか持ち合わせていない人を連れて行くわけにはいかないのだ。
「どうして? 私、能力ありますよ?」
「もういいから。というか、あなたはわかってるの? 私たちが行く場所」
「日月薬品でしょ? 会社じゃない。そこまで気を付ける必要性なんてないと思うけど?」
理香は言う。
特に問題はないといった表情を見せ、平然とした振る舞い方である。
「変な人がいるかもよ」
「変な人って?」
「不審者とか」
「大丈夫よ。私、一応慣れてるし」
「でも……え? どういうこと?」
藤花は驚きの顔を見せた。
一瞬、室内の空気感が変わったような気がする。
けど、再び藤花から話が切り出されるのだ。
未だに会話が終わる気配はない。
藤花と理香の会話は平行線場を辿っているだけだった。
これじゃあ、いつになることやら。
ソファに座っている夏央はため息を吐いてしまう。
頭を抱え込んでしまったのだ。
「というか、あなたはどういう変態がいるのか、知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。だから言ってるじゃない。私、変態には耐性があるって」
ソファから咄嗟に立ち上がる理香。
それに対応するように、藤花も攻めがちにソファから立ち上がる。
互いにテーブルを挟み、そして向き合うように睨みあっているのだ。
藤花と理香。
各々に何かしらの思いがあるのだろう。
互いに発言を折ることなく、言葉の押収が始まる。
「……」
二人の姿を見て、夏央は思うことがあった。
こんなことで口論している場合じゃないと――
だったら、一人で行く。
一刻も早く、妹の南由と再会したい。
そんな思いが加速していき、どうにもならない状態になるのだ。
夏央はソファから立ち上がると、リビングの扉へと向かおうとする。
「え、ちょっと、平民?」
背後から藤花の呼び声が聞こえた。
けど、振り返らず、ドアノブに手をついたのである。
「夏央。私も一緒に行くよ」
理香は積極的に夏央の近くへとやってくる。藤花との会話が終わっていないのにだ。
「いいよ。俺一人で行くから」
「え? 一人で? さすがに一人じゃ」
理香は心配げに話しかけてきている。
けど、今、理香とも、藤花とも信じられなかったのだ。
「一人で行く」
「ねえ、ちょっと、それは危ないでしょ?」
藤花が近づいてくる。
夏央は彼女の足音を聞き、一旦、背後を振り向いた。
そこには理香と廊下の姿があったのだ。
二人は先ほどのように口論なんてしていない。
彼女らは押し黙った感じになり、夏央を気に掛ける視線を向けていた。
「でも、どうせ、君らが来ても口論するだけだろ。だったら、いいよ。俺は妹を――南由を救いたいだけなんだ。だから、俺は一人で行くよ」
夏央は迷うことなく、言い切った。
そして、扉を開け、振り返ることなく玄関に向かって走り出したのだ。
背後からは声が聞こえる。
けど、振り返ることはしなかった。
あの二人に関わっていたら、どうしようもなく遅れをとってしまう。
今は南由を救い出すこと。
南由がいそうな場所の目星は一応ついたのである。
変態が連れ去ったのであれば、変態が集まりそうな場所。そこに行けばいいだけだ。
藤花に頼らなくてもいい。
むしろ、理香と話が食い違うのであれば、いくら家柄的に有能だったとしても、今は助けてもらわなくてもいいと考えていたのだ。
藤花とは色々なことがあり、世話にもなった。
けど、今は一人で行こう。
夏央は外履きを履き、夜の外へと飛び出した。
そして、電灯で照らされた道を走り出したのだ。
数分後――
辺りは暗く、夜の風に体が包み込まれると脳内が冷えてくる。
夏央は冷静になった。
「……俺、本当に、あの場所まで行けるのか?」
考えてみれば不可能かもしれない。
一気に絶望感へと変わるのである。
やっぱり、藤花の家に戻った方がいいのか?
夏央は振り返った。
「……」
また来た道を戻るとなると気まずい。
潔く決心を固めて出てきたのに、やっぱり協力してほしいと頼み込むのは、みっともないと思った。
「まあ、日月薬品の場所までの道のりはわかるし、行けないことはないけど……」
でも、歩いたら、二時間くらいかかるかもしれない。
だとしたら、タクシーか。
「はああ……やっぱり、藤花に頼るか……」
夏央がため息交じりに呟いた後、近くから音が聞こえる。
音と言っても、エンジンのような響き。
音がする方を確認し、遠くの方を見やると光が見えた。
藤花の車が来たかと思っていると、近づいてくるモノは意外と小さかったのだ。
その正体は大型バイクだった。
「ねえ、行くんでしょ?」
夏央の隣に大型バイクを止めるなり、その人物は、バイク専用のヘルメットを渡してくる。
「え、何? ……だ、誰?」
夏央が驚いていると、“早く後ろに乗れ”と言ってきたのだ。
誰なのかわからなかったが、今、唯一の救いの差し伸べであり、受け入れるべきだろう。
夏央はヘルメットをかぶり、大型タイプのバイクに跨る人物の後ろに乗った。




