第22話 あともう少しなのに、どうして失敗しちゃうんだろ…
二人は藤花の家に居た。
夏央は藤花と共に、あの部屋へ。そして、理香は藤花のリビングで待っていることになったのだ。
さすがに、パソコンの部屋を見せるわけにはいかないのである。
理香はどうして二人だけといった感じに、不満げな顔を浮かべてはいたものの、藤花から渡されたお菓子を見るなり、一瞬で大人しくなった。
それゆえ、今のところ、理香がリビングから出ることはないだろう。
夏央は緊張した面持ちで、藤花と一緒に目的となる部屋へ足を踏み込んだ。
機械音が響き、蒸し暑い。
夜の時間帯なのに、熱さで体がどうにかなってしまいそうである。
「どうにかならないの?」
夏央は機械が多く設置された場所で、そう呟く。その間に、藤花は部屋の扉を閉めていた。
「というかさ、そこ閉めたら熱いじゃん」
「しょうがないでしょ。誰にも見られるわけにはいかないんだし。それに、理香までいるのよ。平民? どうして、あの人と一緒にいたのかしら?」
「それは、色々あって」
「色々?」
「しょうがないって、委員長の方から勝手に襲われてさ」
「……襲われて? 南由が襲われたんじゃないの?」
「そうなんだけど、話せば、長くなるような、ならないような」
「どっちなのよ、もう……まあ、いいわ。あと、一応伝えておくけど、昨日ね。この部屋に新型のクーラーをつけてもらったから、あとも少しで冷えてくると思うわ」
「そうなの? なんかごめんな。そこまで手間をかけさせてさ」
「しょうがないじゃない。この前、ここに来た時、平民が熱いっていうから。むしろ、お金を支払って欲しいくらいだけど。今は、そうも言っていられないのよね?」
「あ、ああ……」
夏央は真剣な表情で頷いた。
どうでもいいことで言い合ったりとか、そんなことをしている場合じゃない。
南由が得体のしれない人物に拉致され、監禁されているのだ。
今は、南由がどこにいるのか、それらの特定を急がないといけなかった。
「平民。早く先に進んで、この前同様に、奥の方にパソコンの本体があるから」
「分かった」
夏央はその部屋を歩く。
が、コードに足が絡みそうになったり、床に置かれた機械に躓きそうになったりと。焦れば焦るほど、よくないことに巻き込まれるのだ。
「ちょっと、平民、落ち着きなさいよ」
「わ、わかってるけど。あッ」
「なによ。どうしたの?」
「うわッ、こ、転びそう――」
「は? そこで、転ばないで、大切な機械とかあるし」
「で、でも」
「でもじゃなくて。で、でしたら、私の手に」
「手を触ってもいいのか?」
「んッ、や、やっぱり、ダメ」
「なんでだよ……って、本当にヤバいって――」
夏央は本格的に態勢を崩し始める。
元の態勢に戻るのが難しい。
それに、藤花が差し伸べてきた手を引いたことで、夏央はどうしようもなくなった。
どこに手を当てればいいのだろうか?
体を軽く回転させるように態勢を崩す夏央。
最後の希望にすがるかのように、視界に映る藤花に自ら手を伸ばす。
そして、藤花の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと――、平民、私を掴むのではなく、受け身を取りながら一人で倒れなさい」
「む、無理なんだ――ッ」
「きゃああッ」
藤花を道ずれする形で、夏央はコードが散乱した床に倒れ込むのである。
「痛いですから――………もう……え⁉」
藤花は体に多少の痛みを感じてはいたが、そこまでではなかった。なぜなら、夏央に抱かれるような形で倒れ込んでいたからだ。
夏央はうまいこと受け身を取っており、藤花は夏央のお陰で、直接床に体が当たっていなかった。
「な、何をしてるんです⁉」
「ご、ごめん……でも、どうすればいいのかわからなくて」
「だ、だからって……もう」
藤花はみるみる内に顔を真っ赤に染め、すぐさま夏央から離れるように、その場に立ち上がった。
「もう、いいから。勝手に一人で、やってよね」
「ごめん……」
「私……部屋の外にいますからッ」
藤花は怒っているものの、チラチラと夏央の方を見ている。心配しているところがあるのかもしれない。
けど、藤花は今、本心で向き合おうとはしなかった。
突然、体に抱き付かれてしまい、動揺しているのだ。
彼女は夏央を背に、部屋を後にしていく。
「ごめん」
「……」
藤花は部屋の扉近くで一旦立ち止まる。が、そのまま扉を開け、部屋から姿を消したのだ。
余計なことをやっちゃったな……。
夏央は後悔してしまう。
けど、今は南由の方が先である。
藤花には後で、もう一度誠意を込めて向き合った方がいいだろう。
夏央は立ち、パソコンの本体のところへと向かって歩く。
「これを起動させればいいんだよな」
本体のパソコンと向き合い、操作し始める。
以前見つけた闇サイトのページを開く。そして、夏央はサイトの上の部分を見やった。
そこに、パスワードを入力する欄があるのだ。
「……」
夏央は真剣な表情を見せ、一人でパソコンの画面と向き合いながら思い出そうとする。
偽りの南百合先生に渡す前の紙。
その紙に記されたパスワードとなる数字を――
「……」
だがしかし、思い出せそうで思い出せない。
しっかりと脳内に叩き込むように覚えていたはずである。
けど、紙を渡してから、今に至るまでに結構な時間が経過していた。
薄っすらとしか、脳内に浮かんでこないのだ。
「……ああ、なんで……あと少しなのに……」
夏央は苛立ってしまう。
一応、わかっている範囲で、パスワード欄に数字を打ち込んでいた。
ただ、最後の一字だけわからないのだ。
夏央は頭を抱え込んでしまった。
けど、冷静になって考えてみれば、0を含む1から9までの数字を入力すればいいだけである。
「そうか、十分の一ってことか。じゃあ、簡単か……? だよな」
夏央は楽に考え、入力している数字に、一先ず0の数字を追加するような形で入力し、エンターキーを叩く。
ビ――ッ
と、サイレンのような音が鳴り響き、エラー画面になった。
夏央は慌てて、一つ前の画面に戻す。
「ヤバ……もしかして、入力制限とか……ある感じなのか? そういや、パスワードを入力するタイプって、3回間違ったら、ロックがかかってたし。このサイトも、そのタイプだったら厄介だな」
間違えてもいいのは、あと一回かもしれない。
絶対に、失敗は許されないのだ。
先ほどまで感じていた暑さを吹き飛ばすほど、闇サイトの恐怖に煽られ、体が冷えてきたのである。
クーラーが効いてきた影響かもしれないが、それ以上に、得体のしれないサイトに心を見透かされているようで怖いのだ。
手が震えてきた。
けど、怯えているわけにはいかない。
今苦しいのは、誘拐と監禁されている南由なのだから――
「勇気をもって行動するしかないよな……俺は……」
夏央は思考した。
先ほどの紙に記された数字を振り返るように。
そして、イメージするのである。
「……うん、多分、大丈夫……」
南由のために、先に進むための決心を固め、夏央はキーボードで闇サイトの記入欄に数字を入力したのだった。




