第2話 妹のおっぱいが揺れ動く中、俺は頭を抱える
おっぱいの揺れ具合が凄い。
大半の人の視線が集まる。特に男子生徒の目が特に光っているような気さえするのだ。
やはり、人生とおっぱいの繋がりはそう簡単に切れないということだろう。
爆乳の持ち主である、一年生の南由が、学校の廊下を歩いているだけで、そのおっぱいが揺れ動くのだ。
「おおお、さすがはおっぱいだ」
「おっぱいこそ正義だッ!」
「おっぱいの揺れ具合を観測するためだけに、学校に来る価値はあるぜ」
朝のHRが始まる時間帯にも関わらず、辺りにいる男子生徒の声が飛び交う。
昨日から……いや、この頃、おっぱいという単語しか耳にしていないような気がする。
廊下の方から男子生徒らの声が響き渡っている中、妹と同じ学校に通う高校二年生の夏央は、いつもの席に腰かけ、地味に教室で過ごしていた。
兄妹ではあるが、まったく学校でのポジションが異なる。
妹の南由は男子生徒からの人気があるのだ。そう考えると、兄の方は女子生徒から人気があると思われるかもしれないが、まったく違う。
女子生徒から話しかけられることが殆どない。殆どないというのは、多少なりは話しかけられるわけだが……。
その子らが普通の女の子であればよかった。
――と、夏央は切実に思う。
現実はそう上手くいかないものだ。
普通に恋人を作って、普通に生活する。それができることが、どれほど恵まれていることなのか、夏央は日々、それを肌で感じていた。
「ねえ、夏央は昨日、オ●ニーした?」
「……」
突然話しかけてきた女の子は、クラスメイトの伊馬蛇キアラ。金髪風のロングヘアが特徴的。かなりの頻度で、下ネタを話す彼女は男子生徒とよく関わっていることが多い。
「オ●ニーなんだけどさ、私は昨日の夜に――」
夏央の近くに佇む彼女はド直球な発言ばかり。しまいには、性癖まで口にするレベルだ。
「いや、いいよ、そういうのは」
教室内には、数人のクラスメイトがいる、卑猥な話題になる前に、言葉を遮るのである。
「えー、言いたかったのにー、というか、夏央はオ●ニーどれくらいする? 二回? 三回? それともそれ以上?」
「そこまではしないさ」
「そんなものなのか? 普通はエロ本を見て、オ●ニーするのが普通じゃない? 他の男子生徒は結構やってるみたいだけど?」
「それは他の人だろ? 俺は関係ないさ」
「なんだよー、ツレナイ奴だねぇ。もう少しオ●ニーをやった方がいいよ。出せる時に出す。それが生きるということだからさ」
「そんなわけないだろ……」
“どういう意味だよ……意味わかんないよ”と思う。
けど、オ●ニーが嫌いというわけではない。
むしろ、オ●ニーはしたいとは考えている。が、できないのだ。
普段から爆乳の妹が不審者みたいな奴と遭遇するもんだから、落ち着いてできやしないのである。
日々、妹の体を守るために、奮闘しているからだ。
本当にどうにかして、平凡な暮らしをしてみたいとさえ思う。
夏央はこの頃、そんなことばかり考えていた。
窓から見える景色を見、空を見、雲の動き具合を眺める。
青と白の組み合わせで構成された空を見ているだけで、心が楽になるのだ。
メンタル的に良いものだと思う。
「ねえ」
「……」
「ねえ、夏央ー?」
「ん、あッ、なに?」
「どうした? 外ばっか見てさ。なんかあんの?」
「いや、何も」
夏央は外を見ることをやめた。
「それで、何?」
「何って、それよりさ、この頃、事件とか多くない?」
「事件? まあ、そうだな」
「不審者が多いって聞くし。気をつけろよ」
「わかってるよ」
そんなことくらいわかっている。
妹を守るために、普段から気を付けていることだ。
刹那、クラスの雰囲気が変わった気がした。
多分、あの人が教室にやってきたのだろう。
顔を見なくても大体わかった。
「あなたたち、反応が薄いわね。それにしても、学校内が騒がしいようですが? なんです? おっぱいとか、おっぱいとか……そういう下品なセリフばかり話す、低能な人が多いようですが?」
教室に入ってきたのは、銀髪ポニーテイル風の女の子――四野宮藤花。彼女はこの街で一番の大金持ちの家庭の令嬢みたいな子である。
令嬢といっても、大半の人が想像する高貴な方ではない。どちらかといえば、井の中の蛙的な立ち位置のお金持ち令嬢である。
この周辺では富裕層であるが、日本全体で見たら、そこまでセレブな令嬢ではないということだ。
「というか、あなたもおられたのですね」
軽く笑った感じに、見下す口調。
四野宮藤花は席に座っている夏央の近くまでやってくるのだ。
彼女の席は、教室の中でも真逆の方なのに、なぜか近づいてくるのである。
はああ……面倒な奴と学校生活を過ごすことになると、本当に苦しいな……。
平凡に過ごしたい。
それが夏央の想いなのだが、そう想えば想うほどに、平凡な生活が遠のいていくのである。
なんで、こんなことに……。
肩に重りがのしかったように、ドッと疲れたのであった。
「あなた? いいえ、平民ですね」
「誰がだよ」
「私よりもお金がないのだから、あなたは平民ということよ」
「嫌なんだけど……その呼ばれ方」
「なぜです?」
藤花は落ち着いた口調で言っているものの、見下しているのがなんとなく伝わってくる。
「だからさ、夏央が嫌がってんじゃん。その呼び方やめたら?」
キアラも強気な態度で、自称令嬢に対抗するのだ。
大半のクラスメイトは、面倒になることを恐れ、距離を置いている。が、キアラだけは、対抗していた。
「あなたはどうして、いつも平民といるのかしら?」
「それは、別にいいだろ。そもそも、私が誰と会話してもいいじゃんか」
「ふーん」
「そもそも、じゃあ、なんでお前は、夏央に話しかけてんだよ」
「――ッ、そ、それは、平民へ挨拶をするためよ」
「平民への挨拶? なんのために?」
キアラは反発している。
「それは、あなたには関係ないことですが?」
「はあ?」
なぜか、夏央の目の前で、異なる性質を持ち合わせている二人が対峙しているのだ。
言い争いが始まり、その戦いに強制的に巻き込まれていた。
「あなたは余計なのですよ。そもそも、あなたがいることで、平民が苦しんでいるのでは?」
「そんなことないし。な? 夏央?」
「え、あ、ああ」
左側から聞こえてくる声に対し、夏央はおどおどした返答の仕方をする。
「動揺しておられるようですが? あなたの圧力が原因な気もしますけど?」
今度は右側から自称令嬢の声が聞こえてくるのだ。
「違うよな?」
「え?」
キアラから言われ、言葉に詰まる。
「それで、どうなんですか?」
「それは……」
藤花からも詰め寄られることになった。
二人の女の子からの威圧。
異なる性質をもった女の子に睨まれているのだ。
動揺を隠しきれず、逃げ出したくなる。
本当にどうして、いつも面倒事に巻き込まれるのだろか。
「なあ、夏央? 違うよな?」
「どうなんです? ハッキリしてほしいんですが?」
返答に行き詰まり、頭を抱えてしまう。
本当に、普通に生活したい……。
夏央は双方の女の子の圧力に、悩み続けるのだった。