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第19話 ねえ、交渉しない? もし、アレをくれたら開放するけど?


 夏央は困惑している。

 いや、それよりも、今、正面に佇んでいる女教師に対しての怒りの方が強いかもしれない。


 なんせ、妹の南由をロープのようなもので体を縛り、室内に設置されたロッカーに監禁していたからである。


「先生……このことを詳しく説明してくれませんか?」

「……」


 那百合先生はニヤっと口元を緩ませ、軽く笑っているのだ。奇妙な態度であり、余裕のある立ち振る舞いである。

 何かをしてくるというわけでもなく、ただ、現状を楽しんでいるようにも思えた。


 怖いというよりも、不気味さが残る。

 夏央は、そんな女教師の瞳に、少々動揺し、後ずさってしまう。


「私ね……」


 ようやく那百合先生が口を開いたのである。


 不自然な態度に、夏央はドキッとした。

 何をされるのかわからないことで不安になってきたのだ。

 夏央は、南由を背後に、女教師からの出方を伺う。


「別に私は、これ以上危害を加えたりはしないわ」

「……そんなの、誰が信じるんだよ」

「へえ、そう……なんか、好戦的ね。あなたは」

「それは、南由が苦しんでたんだ。守るために強気に出るのは当然だろ」


 夏央は心臓の鼓動を高まらせながら、彼女に敵意の視線を向け、自身の意見を言い切ったのだ。


「まあ、今回ばかりは拉致失敗ね。はああ……」


 那百合先生は、ため息を吐き、残念がった顔を見せていた。

 南由を奪うということが、重要なことなのだろうか?


 分からない。

 女教師から何も聞かされておらず、南由が拉致される必要性があったのか不明である。


「私は、この学校の教師じゃないの」

「え?」


 そんなバカな……。

 那百合先生は確か、去年から居たはずである。

 では、今、視界に映る那百合先生は一体……?

 誰といった疑問が残るのだ。


「というか、私、那百合とかって言う苗字じゃないしね」


 衝撃発言が続く。


「え、で、でも……でしたら、本物の那百合先生は?」


 室内に入ってきたのは、先ほど廊下に出たクラス委員長の理香である。

 彼女も真相が知りたいようで、夏央と那百合先生のやり取りに首を突っ込んできたのだ。


「さあね、それは教えられないわ」

「本当に知りたいんです、どこにいるんですか?」


 理香は強気な口調で言い、偽りの那百合先生の元へと近づいていく。


「ちょっと、委員長? あまり近づかない方が――」


 夏央はそう言い切ろうとした。

 けど、そんな意見など耳にも貸さずに先生との距離をつめていたのだ。


「はあ……、あなたは特に部外者でしょ?」


 那百合先生は眼鏡を取り、ため息を吐いた。


 眼鏡を取った方が断然美人である。

 だが、そんなことは今、関係のないことだ。

 夏央の前に佇む女教師は委員長を睨み。そして、彼女の右手首を掴んだのである。


「んッ、な、なんです⁉」

「あなたは、余計に私のことを知りすぎ。そもそも、あなたは部外者じゃんね? 私はね、この学校に侵入し、南由の情報を集めること。そして、最後には南由を監禁し、その上で、とある場所に連れていく予定だったの」


 どこかに連れていくとは一体。どこなのだろうか?


「先生……? 委員長を離してください」


 夏央は先生と委員長のところへと向かい、割り込むように、二人を離す。

 急な夏央の言動により、先生と委員長は態勢を崩しそうになっていた。


 先生に至っては、嫌そうな顔を見せ、夏央を睨んでくるのだ。


「委員長、大丈夫ですか?」

「え、ええ……その、ありがと」


 委員長からしたら珍しく、お礼を言われたような気がする。

 普段から指摘され、指図ばかりされているので、余計に委員長のセリフが心に刺さった。良い意味で素直に嬉しいと思えたのだ。


 けど、今はそんなことを考えている場合ではない。

 南由を奪おうとしている、先生をどうにかしないといけないのである。


「まあ、今回の作戦は失敗ね……」


 偽りの那百合先生は、今まで作業に使っていたテーブルを跨ぐように華麗にジャンプし、南由のところまで向かう。身体能力が見た目以上に高いらしい。


 先生は室内の壁で縮こまっている南由の腕を掴もうとしていた。

 委員長を助けるために、夏央は南由から距離を取り過ぎていたのだ。


 南由怯えた顔つきになっていて、今にもまた、泣きそうになっていた。

 夏央は南由を守るために全力を出す。

 すぐに移動し、距離をつめていく。


「なッ、また、目障りな」


 偽りの那百合先生は、手に持っていた伊達眼鏡を投げつけてくる。夏央が瞬間的に避けたことで、眼鏡の攻撃からは回避できた。


 ただ、それがよくなかったのだ。

 あともう一歩のところで南由を助けられていたはず。

 眼鏡は単なる囮のようなものであり、本当は気にしない方が正解だった。


 視界に映る偽りの那百合先生は、背後から南由を取り押さえている。


「ねえ、今から駆け引きしない?」


 眼鏡を外している那百合先生は、南由を人質に交渉を始めようとしていた。


「ず、ズルい……最悪ですね、先生」


 夏央は苦しみの表情を浮かべ、言う。

 人質となっている南由は泣き目がちになっていた。妹は足元が震えている。

 助けたいが、余計に行動できないのが辛い。


「那百合先生? 諦めたのではないんですか?」


 委員長が伺うように話す。


「いいえ。諦めてはいないわ。というか、私、もう先生でもなんでもないしね。南由さえ手に入れば問題はないわ。学校にいる時の南由も入手できたし。私は満足よ」


 先生は余裕のある笑みを浮かべている。


「それで、どんな交渉ですか?」

「そうね、あなた、アレ持ってるでしょ?」 


 偽りの那百合先生は、夏央を見ながら言った。


 先生の表情が明るいのに、威圧的な視線を受けてしまう。

 今までに感じたことにない恐怖心に、夏央の心が煽られている感じだった。


 なんだ、アレって……。

 アレと言っても、色々とあるのだ。


「先生……アレって、何ですか?」

「それは、あなたが持っているパスワードよ」

「パスワード? なんのことですか?」

「すっとぼける気? あなた、この前、学校の帰り道で紙を拾ったでしょ?」

「紙……」


 なんだろうかと振り返って考え込んでいると、ふと、何かが脳裏をよぎる。

 あの数字が記されたものだと思い出したのだ。


 アレが、重要なのか?

 ということは……まさか、あの紙に記されているのが、パスワード?

 今になって気づいた。


 確かに、あの紙に記されていた数字は、パスワードの数字に見えなくもない。

 だとしたら、渡せないと思う。


 夏央は敵意を見せた。

 だが、偽りの那百合先生はそう簡単に押し負けることはなかったのだ。


「でも、パスワードを渡さなかったら、この子がどうなるかわかる?」

「え⁉ そ、それは……」


 絶対、嫌だ。

 南由を失いたくない。

 けど、パスワードの紙を渡すのも嫌だった。


「ねえ、どうする? この子、もっと泣くことになるけど?」

「お兄さん……」


 南由の声が小さくなっていく。

 妹の背後にいる先生の脅迫によって怯えているのだ。


 どうしたら……。

 やっぱり、渡した方がいいのかもしれない。

 夏央は、南由が悲しむところを見たくなかった。


 そして――

 夏央は口を動かす。


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