第18話 ここに、南由がいるはず…何事もなければいいが…
「なんで、こんなところから……声が」
夏央は興味本位に、校舎二階の資料室へと近づいていく。
「本当なんでしょうね、ここに夏央の妹がいるって」
「わからないけど」
「わからないって何? 私を騙したの?」
「そうじゃないよ。それより、静かにして」
「んッ、まあ、いいけど」
夏央は静かに扉と向き合った。
確かに聞こえた南由の声。
薄っすらとだったが、この教室からで間違いはないと思う。
夏央は扉に手を付け、開けようとする。
「……なに、開けたら?」
「ちょっと静かに」
夏央は彼女を宥めようとする。
「私が開けるから」
逆に委員長の理香が勝手に扉を開けようとするのだ。
「いや、俺が開けるから、ちょっと落ち着けって」
「落ち着いてるから。早く開けない方が悪いんでしょ。私は、早く、夏央の妹に会いたいのよ。ねえ、いいでしょ? 早く会わせてよ」
「会って、どうすんだよ」
「どうって、やっぱり、ペロペロしたり――」
「いや、もういいや。それ以上はやめてくれ。聞かなかったことにしたいんだが」
「えー、夏央もそう思わない?」
「……お、思わない……けど」
「へええ、本当に? 強がってるだけとか?」
「そういうのじゃないから。委員長は少し落ち着いてほしいんだけど」
「はいはい……でも、絶対に、妹の会わせてくれるよね?」
「それは、どうかな?」
夏央は反応に困った。
こんな変質者まがいの人物と、南由を接触させたくない。
夏央は南由と接触を果たし、変態に遭遇する前に、岐路につきたいのである。
委員長は南由のマ●コを狙う変態でなかったとしても、非常に危うい存在だ。
扉を開ける前から、ヒヤヒヤしてばかりだった。
「もう、私が開けるからッ」
「んッ⁉」
その二階にある資料室のような教室の扉が強引に開かれるのだ。
突然、室内が二人の視界に入る。
室内には、眼鏡をかけた女性教師がいたのだ。
彼女は肩にかかる程度のヘアスタイル。真面目さと清潔を感じられた。
今のところ、先生以外、誰も教室にはいないらしい。
先生は室内のテーブル前で作業しているだけであった。紙のようなものを手に、内容を確認しているように思える。
「那百合先生?」
委員長の理香はそう言った。
彼女は率先して資料室に入る。
「先生は、どうしてここに?」
「ちょっとね。色々よ」
夏央が教室に入る前に、彼女はすでに話し始めていた。
那百合先生とは、以前、うるさくしていたところ注意してきた先生である。
ゆえに、夏央からしたら、気まずくてあまり関わる気にはなれなかったのだ。
夏央は気まずげに、後ずさるように資料室から離れた。
「ん? どうしたの夏央?」
「え、な、なんでもないよ」
夏央は拒否するかのように首を振った。
何とか距離を取りたい。
そう思いつつ、冷静に深呼吸をしたのである。
というか、南由は?
南由はどこにいるのだろうか?
夏央は遠くの方を見るように、室内へと視線を向け、細目で見やっていた。
いないな。
どう考えても南由は居ない。
そう確信ができるほどに、南由の姿すらなかったのだ。
爆乳だからこそ、見落とすわけがない。
そもそも、資料室は通常の教室と大体同じくらいの広さがあり、南由が隠れられる場所なんてないと思われる。
「そうだ、那百合先生。ここに、女の子とかいませんでした?」
委員長が言った。
「いいえ」
「では、誰か来ませんでしたか?」
「いいえ。私以外いないわ。誰も来ていませんし。あなたたちくらいよ」
と、那百合先生は眼鏡越しに目を光らせ、廊下にいる夏央を横目で睨むように見つめてくるのだ。
まさか、何かを感づかれているのだろうか?
嫌な予感ばかりが脳内を過ぎり、内心、どきまぎしてしまう。
変な感情ばかりが内面から湧き上がってくるようだった。
「もしかして、その子を探して、ここに来たと?」
「はい」
理香は頷いた。
「そう。でも、勝手に入ってこないでよね。まずはノックしてからお願いね」
「は、はい……申し訳ありません。ちょっと、勢い余り過ぎまして」
「そう……真面目なあなたが珍しいわね。今度から気を付けてね」
那百合先生は軽く笑みを見せていた。
不自然な笑い方。
先生が感情を表に出すときなんてあるんだなあと、夏央は思ってしまった。
決して変な意味合いではない。
面倒なほどに真面目な那百合先生が、笑うということ自体珍しかったからだ。
「まあ、今は作業中なの。だからね、あなたたちは資料室から出てもらえる?」
「はい。わかりました」
理香は簡単に頭を下げ、そして背を向けると、入り口の方へと向かって歩いてきたのだ。
「私はまだ、ここで作業することがあるから扉を閉めて行ってね」
「はい」
理香が扉を閉めようとした直後、何かを感じた。
夏央にしか聞こえない。かすかなSOSの声。
何度も南由のピンチを救っているからわかる。
小さく消えかけた声であったとしても、夏央は機敏な動きで閉まりゆく扉を抑えた。
「ど、どうしたの夏央。私、今から閉めるんだけど」
「でも、ごめん……」
「なによ」
「いいから、この部屋に入らせてくれ」
夏央は再び扉を豪快に開け、那百合先生の存在に怯えつつも資料室に踏み入れた。
「……那百合先生。隠してますね」
「……」
那百合先生は手に持っていた資料を束ねてホッチキスで止めると、それを一旦、テーブルに置いていた。
先生はゆっくりと夏央の方を見やるなり、どこか疑っているような姿勢で向き合ってくるのだ。
「どういうことかしら?」
「この部屋に南由。いますよね?」
「……」
那百合先生は無言を貫き通している。
その室内は意味深なほどに、沈黙へと誘われていた。
「ねえ、夏央? そうやって、先生を疑うのはよくないと思うけど?」
「……いや、委員長はちょっと黙ってて」
背後に近づいてくる理香を言葉で足止めさせた。
「ねえ、どうして疑ったのかしら?」
那百合先生は自身の眼鏡を弄った。
「それは、南由の声が聞こえたからです」
「……そんなのはないわ。空耳でしょ?」
「違います。俺はわかります。この部屋のどこかに南由がいるんです」
「いないわ。あなたたちは、早く帰って。私は忙しいの」
「いいえ、帰りません」
夏央は言い切ったのだ。
「ちょっと、夏央?」
背後から不安げな委員長の声が聞こえてくる。
夏央はそれを遮り、直感的に部屋の奥の方へと向かっていく。
勝手に入るのはよくない。
けど、それ以上に、南由のことが心配でしょうがなかったのだ。
「ここにいます」
「⁉」
夏央のセリフに、那百合先生は驚きの顔を見せた。
バレてしまったかという感じの顔つきである。
これはビンゴか?
そう思い、夏央は部屋の奥に設置された用具入れのロッカーを開いた。そして、ロープで巻かれた南由が出てきたのである。
夏央は彼女を抱きかかえ、体に巻かれたロープを外してあげたのだった。
「んん、お兄さんー」
南由は泣き目がちである。
本当に怖かったのだろう。
南由は夏央に抱き付いてくるのだ。
「これは色々と聞かなければいけないことがありそうですね」
夏央は、苦しみと悲しみの中で捕らわれた南由の頭を撫でながら、テーブル前に佇んでいる女教師――那百合先生を睨むのだった。




