第15話 あんたにだけは言っておくけど…私…本当はね…
学校は終わりに近づいている。
いわゆる、放課後になったということだ。
大半のクラスメイトが部活や帰宅の影響で、教室を後にする中、夏央は教室にいたのである。
面倒だなあというが、夏央の率直な感想だった。
「夏央? 私、帰るけど、手伝わなくてもいい?」
キアラが心配げに話しかけてくるのだ。
「……いいよ。面倒になるし」
「そう? まあ、そうだよな。夏央は副委員長だし、しょうがないか。それに、あいつメンドイもんな」
「う、うん……ここでは大きな声では言えないけど」
二人はこっそりと教室の端でやり取りをしていた。
「なに? そこでサボってるの?」
夏央は強気な口調の女の子の声にドキッとした。
恋愛的な意味合いではなく、怖さによる心への衝撃の方である。
「ほら、最後までやりなよ。私はここでさ」
キアラも彼女とは関わりたくないようで、教室から立ち去る姿勢を見せる。
薄情な存在だと思うのだが、この教室で彼女に対抗できるのは藤花しかいない。しかし、藤花は調査があると言い、運が悪いことに、早めに帰宅してしまったのだ。
なんで、こんな事にと不満感情を募らせる最中。キアラは教室を後にする。夏央は話しかけてきた彼女の方を振り向くのだった。
「ねえ、何を話してたの? どうせ、無駄話なんでしょ?」
そう言う彼女は、教室の後ろの方にいた夏央のところへやってくる。
「本当に使えない、副委員長ね」
「すいません……」
夏央はただ謝ることしかできなかった。
内心、反発的な感情を抱くものの。クラス委員長である彼女から睨まれると、弱弱しく後ずさってしまう。
「いいから、早く掃除をしてよね」
「はい」
彼女は面倒だ。クラス委員長なのに、さりげなく担任教師よりも権力があったりする。唯一対抗できるのが、藤花なのだが、今いないことが悔やまれた。
クラス委委員長も、藤花も、色々な意味合いで厄介なのだが。どちらかと言えば、藤花の方がマシかもしれないと、この頃思うようになっていた。
「まずはね……」
強気な口調でそう言い放つクラス委員長は、孤野理香。
彼女はセミロング風な感じであり、パッと見、可愛らしい雰囲気があるものの、話始めると、面倒な性格をしている子だと痛感できてしまうのだ。
容姿だけは普通に、アイドルグループに居そうな感じではあり、大半の人は直接関わって、騙されたという感情を抱くことだろう。
「なに? その顔? もしかして、変なこと考えてた? まさか、サボりたいとか?」
「ち、違うって。そういうことじゃないよ」
「じゃあ、なに?」
理香は向き合うように距離を詰めてくる。
本当に見た目だけは良い。
学校の中でも、ベスト3には入りそうな勢いがある子ではある。
この学校には、ミスコンとか、そういうのがないから何とも言えないが。あったとしたら、結構な人気が出ただろう。
内面を評価しないミスコンがあればの話だが……。
「まあ、いいわ……あ、そういえばね。あの先生から怒られたんだど」
「な、なんで?」
「なんでって、あなたがね、パソコン室で騒いでいたとか、そんな話で。わかってるの? あなたは、副委員長なのよ? 立場ってものがあるでしょ?」
「はい」
「……」
理香はジーッと夏央は睨んだ後、一先ず、窓ふきでもしておいてと言ってきたのだ。
この学校では全国同様、放課後の掃除は当番制ではあるはずなのだが、この教室だけは違う。
理香がクラス委員長という立場を使い、なぜか、委員長と副委員長でやると、担任教師に伝えたのがすべての原因である。
なぜ、そこまでして、教室のためにやらなければいけないのか不明。
憶測ではあるが、理香は自身の評価を上げたいだけなのかもしれない。
夏央はため息を吐きつつも、バケツから雑巾を手にし、窓を拭き始めるのだ。
そんな中、背後から視線を感じる。
誰かに見られているような、怖い視線をだ。
多分、委員長の理香だとは思うが、余計に見られると気まずい。
夏央は余計なことを考えないようにして、只管窓ふきを行うのだった。
そういや、南由の方は大丈夫かな……。
今日は一緒に帰宅しようとしていたのに、このありさまである。
南由の方はすでに放課後のHRを終えた頃合いだろう。
クラスメイトと学校を後にしているかもしれないし、はたまた学校のどこかで待っているのかもしれない。
それはわからないが、念のために南由が今どうしているのか、確認を取りたかった。
雑巾を持っていない方の手でスマホを弄る。
そんな中、扉が閉まる音が聞こえた。
嫌な予感である。
スマホを弄る手を止め、夏央が背後を振り返ると、そこには教室の前と後ろの扉を締め切る理香の姿があった。
え⁉
なんでと、最初に思う。
もしかしたら、掃除が終わるまで帰らせないつもりなのだろうか?
それとも説教なのか?
それは嫌だ。
夏央は一応、真面目な態度を見せつけておこうと思い、スマホを咄嗟にポケットにしまい、再び、雑巾で窓ガラスを拭く。
これで、何とか誤魔化せただろう。
夏央はそう思い込み、真面目さをアピールしたのである。
「ねえ」
「……」
「ねえ、夏央ッ」
「は、はい……」
最初は小さくて聞こえなかったが、怒鳴られたことで夏央は背筋をピンと伸ばし、体をビクつかせながら、彼女の方を見た。
え……?
そこに佇んでいるのは、普段とは違う彼女。
雰囲気が違う。
頬を赤らめているような、そんな感じだった。
そんな彼女はゆっくりと、窓ガラス前で佇む夏央へと近づいてくる。
突然の変わり様に、内心、激しく驚く。
「私ね……」
「う、うん。なに? もしかして、俺の窓ガラスの拭き方がおかしかった?」
「んん、違うの」
なんだ、理香の奴。さっきと全く雰囲気が違う。
まったく違うというか、人格が入れ替わったのかと疑ってしまうレベルだ。
先ほどまでの高圧的な理香の姿はそこにはなかった。
「あのね、私……」
「う、うん……」
夏央は窓ふきを一旦やめ、彼女と向き合う。そして、動揺を隠すように唾を呑む。
「変態」
「ん? へん……なんて?」
彼女の口から聞きなれないセリフが吐かれたのだ。
なんのことかよくわからず、首を傾げ、再び問いかけた。
「私、変態なんだけど?」
「⁉」
変態⁉
夏央は何が起きているのかわからなかった。
衝撃的な告白。
変態という言葉で、最初思いつく事としは、やはり、南由を捕えようとしている存在である。
だがしかし、南由のシマリの良いマ●コを狙っているのは、基本的に男性。女性も同性のマ●コに興味があるものなのだろうか?
意味が分からない。
どういった変態なのかもわからないまま、夏央は呆然としてしまう。
何がどうなっているのか、さっぱりであり、ただ時間が止まったかのような空間に、体が覆われているようだった。