第1話 魔王様、現代日本に現れる(前編)
新作を投稿致します。
「――ぶ?」
「ねえ、キミ大丈夫?」
一体誰だ?俺を呼ぶ声がする。
「――っ!!」
起き上がろうとしたが、身体に力が入らない上に、焼けるような痛みが俺の身体に襲い掛かる。数分後、痛みを堪えてなんとか起き上がると、そこは見知らぬ場所だった。
この時、俺は自身の身体に起きた異変に気付くことが全く出来なかった。
ここは一体何処だ?辺りを見渡すと、どうやら公園のような場所だ。何故ここにいるのか、俺自身心当りがない。というよりさっきまで城の地下室にいたはずだが……まさか――未完成の転移魔法で別世界に転移したのだろうか?
いや、充分に考えられる事だ。殆どの場所に転移出来る使い手がいなくなった非常に高度な魔法だ。俺はこの転移魔法の改良をしようと、様々な研究や実験を繰り返していた。
俺自身、使い手がいなくなった古代魔法や失われた魔法に興味があり、古文書や文献を読み漁り研究や実験に時間を費やしていた。ある時、非常に興味深い文献を俺は発見した。
それは――俺達魔族と人間の歴史の一節だった。
魔族の起源は一部の人間による、人体実験の結果生み出されたのが俺達魔族ということだ、その文献の発見は魔族や人間に大きな衝撃を与えた。その後、俺は城の地下室に篭り魔法の研究をしていた。勇者が実験途中に乱入してくるその時までは……
俺は無防備のまま勇者による一方的な攻撃を受け続けて、重傷を負ってしまった、その際に誤って未完成の転移魔法を発動させたしまったのが、見知らぬ場所に転移した原因だ。
「ねえ、キミ何があったの?」
黒髪の少女が訝しそうに俺に質問を投げ掛ける。
「魔法の実験が失敗して、その爆発に巻き込まれた。」
殆ど事実なので、俺はそのまま黒髪の少女に伝えた。
「実験してた魔法ってどんな魔法なの?教えてよ」
魔法に興味があるのだろうか?
「転移魔法だが……」
実用化の目処がたたない魔法だからあまり言いたくない。
「転移魔法って、アレでしょ?ゲームによくで出てくる奴だよね」ゲーム?よく分からない単語があるが、どうやら魔法に対する理解力があるようだ。
なんだ?声がおかしいな……俺の地声はどちらかというと低いほうだ、今、俺から発せられた声色は少女の声そのものだ。
「転移魔法以外にどんな魔法が使えるの?」
こちらの世界では魔法が一般的な存在ではないのだろうか?
「一通りの魔法は使えるぞ」
魔力消費の激しい奴は勘弁してもらいたい、そう思っていたところで。
「じゃあ、一番派手な魔法を見せて」
マジか……今の状態で果して使えるか?
俺は意識を集中し、今の状態で放つことができる最低限の魔法を発動する。『アイスニードル』氷結魔法なら、見た目が派手で綺麗なはずだ。
「凄い……キレイ」
黒髪の少女はとても喜んでいるみたいだ。俺は、この後魔力切れを起こして意識を失う。
再び目覚めると、そこは先程の場所とは異なる場所だった。どうやらそこは建物の中のようだ、薬品だろうか?独特な臭いが鼻腔を刺激する。
「あ、やっと目が覚めたね。」
先程の黒髪の少女が再び俺の前に現れた。
「なあ、一つ聞いていいか?」
俺は黒髪の少女にここはどこか?という問いかけをする。
「キミが聞きたいのは、ここがどこなのかでしょ?ここは病院だよ。」成る程、どうりで薬品の臭いがする訳だ。
「そう言えば、名前をまだ聞いていなかったね、私は、浦部瑠璃よろしくね、キミの名前を教えてくれるかな?」
自己紹介をしたいが……さすがにアディンという名前を安易に名乗る訳にもいかない。
ここで、俺が出来るのは記憶喪失のふりをするしかなかった。
「ゴメン、思い出せない……」
「困ったな~、今のところユキちゃんって、呼んでていいかな?」
ユキちゃんだと……俺は男だぞ、何を言っているんだ?
「ユキちゃんって、呼ぶのは勘弁してくれ。」
男をちゃん付けで呼ぶのは勘弁して欲しいんだが……、だが、黒髪の少女瑠璃から耳を疑う言葉が発せられた。
「雪みたいな色の髪だから、ユキちゃんって呼ばせてもらうね」
雪みたいな色の髪だと……俺の髪は確か赤髪だったはずだ。
「瑠璃、鏡をとってくれないか?」
嫌な予感するぞ……しかし、その嫌な予感は的中することになる。
「はい、どうぞ」
俺は、恐る恐る手渡された鏡を覗きこんだ。そこには――雪を彷彿させる見事な銀色の髪と左右で色の異なる瞳の少女が映し出されていた。
やはり、未完成かつ術式が滅茶苦茶な魔法は使うべきではない。俺は、自らの身をもってそれを証明する結果になった。
「ユキちゃん、一つ言い忘れてたんだけど、いいかな?」
「まだ、何かあるのか?」
「私じゃなくて、お巡りさんがユキちゃんに聞きたいことがあるみたい。」
「一体何を聞くんだ?」
「ユキちゃんの名前とか住所の事じゃないかな?」
まいったな……本名は安易に開かす訳にはいかないし……俺はこちらの世界の人間ではないので住所など有るはずがない。
お巡りさんというのは、何者かは知らないが俺の口から言える事なんて殆どない。
「最近、この辺りで襲撃事件があってね。ユキちゃんがその事件の被害者じゃないかって思ってさっき通報したんだ。」
「襲撃事件?」
「事件の被害者に共通点があるんだけど……」
「共通点?」
「うん、皆魔法が使えたり不思議な能力が使えたりするらしいよ。」
「襲撃事件とは全く無関係だぞ。」
三十分後、俺は病室に訪ねてきた警察官と呼ばれる者から、事情聴取を受けることになった。無論、俺は件の事件の被害者ではないと伝えた。
その後、黒髪の少女瑠璃は『また、来るね』そう言い残して病室を立ち去っていった。
しばらくしてから、俺がいる病室に来客が訪ねてきた。一体誰なんだ?扉を開けて病室に入ってきたのは、俺がよく知っている人物だった。
「魔王様、失礼します。」
この声は、まさかアイツなのか?
「構わん入れ。」
どうやら、転移魔法に巻き込まれたのは俺だけではないようだ。
「レオンとシンシアじゃないか、どうしてここに俺がいるのが分かったんだ?」
「魔王様から頂いた、魔道具で魔力を検知することが出来たからです。」
レオンがそう言って、懐から魔道具を取り出した。
「なあ、レオンまだそれ持っていたのか?」
「ええ、魔王様から、頂いた大切な物ですから。」
レオンは恍惚な表情をしていた、一方シンシアはというと、無言で俺を見つめていた。
「ま、魔王様とても可愛らしいです。」
ハァハァ、息を荒げながらジリジリと距離を詰めるシンシア。
「ち、近いっ!離れろ。」
普段は理知的なシンシアだが、俺の姿を見た途端に理性という名のリミッターが外れたようだ。
まあ、今の俺は女な訳だが……まさか――シンシアのヤツ、ソッチ系なのだろうか?気を抜いたら貞操に危険が及ぶかも知れないな……
「コラッ、シンシア魔王様から離れなさい!。」
ゴンッ、レオンはシンシアの頭を軽く殴る。
「ハッ、ま、魔王様申し訳ありません。」
ようやく正気を取り戻したシンシア。
「魔王様のお姿を久しぶりに見たらつい興奮してしまいました。」
俺はシンシアの久しぶりという言葉に違和感を覚えた。
「シンシア、今久しぶりって言わなかったか?」
「ええ、魔王様にお会いするのは、一年ぶりですので……」
レオン達と俺は、ほぼ同時にこちらの世界に跳ばされたはずだがなぜレオン達と俺で、これ程移転した時間にズレが生じているのだろうか?
「なあ、レオンお前達はこちらの世界に跳ばされたのは、本当に一年前なのか?」
シンシアの言葉だけではどうにも信憑性に欠ける。
「シンシアのいう通り、私達はこちらの世界で一年程過ごしています。」
ほぼ同時に移転して時間がズレがあるのは、一体何が原因だというのだろうか?
「魔王様、そろそろ面会時間が終わりますのでまた明日。」
レオン達はそう言い残しして病室を後にした。
転移魔法の暴発で、別世界に跳ばされた挙げ句女になってしまうとは……ある意味貴重な経験をした俺だった。
後日さらに、濃密な体験することになるとは、俺はまだ知らなかった。
誤字脱字や文脈がおかしい等ございましたらご報告お待ちしています