表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君への手紙

君はスーツを着てますか?

作者: まさかす

 この手紙を読んでいるという事は私はこの世にいないという事でしょう。これは私の遺言でもありますし愚痴でもありますが、黙って読んで頂けると有難い。


 私はスーツが嫌いだ。ネクタイが嫌いだ。


 スーツに関しては元々は嫌いでは無かった。なんか着ているだけで「仕事してるなあ」って気がしてね。ネクタイに関しては首を絞められている感覚というか、頸動脈を絞められている感覚があって苦しく感じる。


 でも、ふと思ってしまった。


 動きづらいし暑いし機能的じゃないし皺を気にしないといけないし、何故こんな服を着る事を強制されなければならないのだろうか。仕事の本質とは関係ないだろうに……。


 スーツ代だって安くは無い。まあサラリーマンだと『基礎控除』というのにスーツ代も含まれているらしいからスーツ代の事をあまりごちゃごちゃ言えないかも知れないが……。


 スーツを着用するかしないかを自主的に決めていいよという方針の会社であっても、例えば自分が派遣社員だったり上司に相当する人が着ていればこちらも着なければならない空気もある。取引先の人は気を使ってスーツを着てくるし、こちらが客先へ向かう時には言わずもがなで当然スーツ着用だ。本当はラフな格好で来たいし来てくれて構わないのだが互いに空気を読んでスーツを着用するという風潮が殆どだ。いや、風潮で無く『常識』だという感じだろうか。


 スーツは強制しないという会社の私服に関する指針も「風紀を損なわない」といった曖昧な指針も多く、ラフな格好をすれば「ラフ過ぎるだろう」「常識でわかるだろ」的な事を言われかねず、それならスーツを着るよという事もある。この風潮はずっと続いて行くんだろうなと思うと残念だ。





 そんな内容の手紙を見つけた。白かったであろうその紙は茶色く変色し、乱暴に扱えば破れてしまいそうな位にボロボロである。


 なるほどな、確かに愚痴だな。そうか、この手紙が書かれた500年前はそんな時代もあり、そんな事を考えていた人が居たんだなと思うと少し感慨深い物がある。と同時に、そんな「服」と呼ばれる布が存在しない現代から見ればおかしな話である。


『衣類着用の禁止』


 今から300年前、世界中が寝耳に水の如くそんな言葉が国連憲章に刻まれた。それが決まった事に全世界は動揺すると共に世界各地でデモが発生した。とはいえこれは人間と動物を差別するなというデモから始まった。


『動物は裸なのに同じ動物である人間が服を着るのはおかしい、肌着を付けるのはおかしい、素肌を晒さないのはおかしい』


 そのデモの様子に多くの人々は一笑したように思えた。が、以外にも支持されSNSに於いては大いに盛り上がりを見せると共に為政者たちは真面目にそれを取り上げ、結果、国連憲章に刻まれるに至った。


 国連憲章に強制力がある訳ではなかったが、国連の名のもとに決まってしまえばそうそう抗う事も出来ず、世界の国々は国連憲章の名の基にそれぞれの国家で法令化せざるを得なかった。


 法令として決まった後に服を着ていれば違法となり、服を着た者は逮捕に至った。社会も追随し服を着るのは犯罪だと声を大にした。日々放送されるワイドショーに於いても素っ裸のコメンテーターが声を大に「違法と知ってて服を着てるんですかねぇ。どういう神経しているんでしょうか」と、陰部をぷらぷらさせながらカメラに向かって声を大にした。


 否応なく裸で過ごす事になった訳でもあり当初女性は外を出歩かなくなった。だがそれも時を経れば気にしないとばかりに裸で歩きはじめる女性も現れ、それを発端にして続々と町を裸で歩く女性が増え始めた。当初その姿に男性が逆におどおどしていたが、全員が裸であれば案外人は裸である事を気にしなくなっていった。服を着ている事で体を覆い隠していたそれこそが逆にセクシーさに拍車をかけていたと。皆が裸という事が習慣化すれば女性の胸を見ても何も思わなくなり、男性の股間がぷらぷらしていても何とも思わなくなった。


 それが法令化されて以降に生まれた子供は最初から裸で過ごしそのまま成人していく事で服を着た経験も無い。それが最初から当り前であるが故に服を着るのは滑稽としか映らなかった。


 過去に日本のセクシーなビデオではモザイクを入れる事が必須であったらしいが、それは逆に興奮させるシステムであったと後の研究者は語っていた。見えないからこそ見たくなる。隠されるからこそ見たくなる知りたくなる。それが人間の性であると。


 とはいえ夏であれば問題ないが夏以外の季節に於いては寒さという大問題があった。当初は家に縮こまる生活を余儀なくされた。だが人間は進化した。寒くても耐えられるようにと体毛が全身を覆う程に生え始めたのである。それは気温が20度を超えると熱中症になる程の防寒機能を有していた。故に春になった頃には刈る必要があり、床屋は頭髪や髭以外に体毛を刈るようになった。


 現代では皆が犬のように毛が全身を覆っている。お陰で冬でも裸で走り回れるほどである。過去にはエアコンといった空調設備があったらしいが、現代に於いてそれは歴史の遺物として存在するのみであり、体温は毛を刈る事でほぼ調整できる。そんな空調設備を使うために大量のエネルギーを要し環境破壊に繋がっていたとも聞く。そう考えると『衣類着用の禁止』という法は過渡期にあっては空調を必要としたが、それが必要無くなった現代に於いては思わぬ副産物となったと言えよう。

 

 昔の人間が今を見たらどう思うのだろうな。当然我々から過去の人達を見れば滑稽である。何枚もの布を体に巻き付け革紐で巻き、意味がよく分からないネクタイと呼ばれる細い布を首に巻いて動きづらそうにしている人達はとても滑稽に映る。


 とはいえ何も問題が無い訳では無い。驚いたりすると直接チョロっと滴り落ちちゃう時がある。それだけはちょっと恥ずかしいけどね。

2019年12月02日 初版

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ