レイデン
王城の地下に牢獄はあった。
ヌルーン王国の王都は、古代の人間たちが
岩山をくり抜き、切り開いて造った要塞を
元にしている。
切り立った崖の上に王城があって
その地下に、古代に作られた要塞が眠っていた
その一部を今は牢獄として使っている。
地下に向かう螺旋階段をグランヘルム3世は
一人、降りて行った。
当然、普通ならば国王が単身で囚人に
会うことはありえない。
しかし、相手が爵位を持つ貴族なら別だ。
ジェネラル...伯爵の地位でありながら
ヌルーン王国で最も優れた軍人だった。
しかも、ウォーヘッドとして覚醒し、
彼らの指揮官として人類の命運を担い
戦ってきた功労者
まさに不世出の英雄なのだ
こうして、国王自らが地下への
長い階段を降りて
訪ねていたとしても不思議ではないだろう
初夏だというのに、この石壁に包まれた空間は
肌寒い
絹のガウンを羽織ったグランヘルム王は
貴族用の特別牢にたどり着いた
「そなたらは下がっておるがよい
余が一人で面会いたす」
甲冑に身を包んだ衛兵がそそくさと
退出していった
鉄格子ごしに見るジェネラルは、
短く刈り込んだごま塩頭に、頬と顎を
覆う白い無精ひげの風体だった
「まさか、そなたが性犯罪を犯すとはな!
このまま輝かしき名誉に包まれ、物書きでも
やって自分の領地で穏やかに過ごしておれば
よいものを!なぜ、あえて自らの名誉に
傷をつけるような行為をいたすのだ」
ぐったりと項垂れたジェネラルは、虚ろな目で
国王を見上げて無言のままだった
しかし、グランヘルム王はしゃべり続けた
「いや、余も弁解はいたすまい...
確かに使徒計画をそなたたちに
秘密にしておった。
そなたたちの命がけの戦いは
唐突に無意味になった...
そして、今も、勇者マックスをはじめとする
最も優れたウォーヘッドたちを始末しようと
しておる」
ジェネラルはいきなり直立不動の姿勢になった
かつての軍人としての姿が唐突に
戻ってきたかのようだった。
まっすぐな目でグランヘルム王を見つめる
国王は、気圧されたかのように
ジェネラルを見つめ小さくつぶやいた
「う、うむ...計画は実行されるのだ。
使徒たちと、新しく編成される
聖者たちによって一気に彼らを潰す。
だが、それは余の望むことではない...
この期に及んでもなお、そなたには
信じて欲しいのだ、余の本心を...」
ジェネラルは、白い肌着に、
美しいトランクスの姿だった
なぜか、異様なまでに豪奢なトランクスを見て
グランヘルム王が言った
「まさか、そなたの穿いているトランクス、
ハイエルフが生産する絹でできておるのか?
う、うむ、よく似合うておるぞ」
額に一筋の汗を流し、とりあえず
ジェネラルを褒める国王
次の瞬間、信じられない出来事が起こった。
なんと、ジェネラルが
美しいトランクスを脱いだのだ
固まるグランヘルム王の前で、フルチンになって
再び直立不動になる初老のウォーヘッド
ヌルーン王国の伯爵にして、優れた指揮官、
ウォーヘッドたちの精神的支柱である
フルチンジェネラルは、片手でトランクスを持ち、
国王に向かって差し出した
「いや、別に余は欲しいと言ったわけでは...」
もはや完全に狂ってしまったのか?
グランヘルム王はそう思いはじめた。
しかし、そのハイエルフ製の上絹のトランクスを
マジマジと見つめたグランヘルム王は、
ふいに全てを理解したのだった
「やはり、そなたと勇者マックスは、
この国の、いや、全人類の英雄となる
定めなのかもしれぬな...」
下半身がフルチン姿のジェネラルと、
グランヘルム3世
それはまるで、二人の瞳に
同じ闘志の炎が灯されたかのようだった
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西海沿岸の都市レイデンの活気は
ウォーヘッドたちの想像以上だった
この地方出身者は、戦士ティルクとドワーフの
イルガだ
イルガにとっても、故郷に帰ってきたような
気分になるのだろう。
ブロンズ色の三つ編みを何本も垂らしたような
ドワーフ特有の髪型、がっしりとした短身の
イルガは、その雰囲気に似合わず
なかなかの美人だ
新大陸で栽培されたサトウキビで作られた
かなり強い蒸留酒を飲みながら
ごきげんに語る
「私たちのドワーフ王国もさ、この西海沿岸諸国と
長い付き合いで、今では恩恵も受けているんだ
長期投資みたいな感じ?
もともとは貧しかったここの人間たちに
安価で製品を輸出して、育てていってさ
結果、彼らが西海に乗り出していったおかげで
いろいろな品がこちらも手に入れられるのさ。
このレイデンでは、ドワーフは歓迎される。
お互いにウィンウィンな関係なのさ」
背の高い人間が多いこの西海沿岸地方で、
低めのテーブルや椅子が多く用意されている
のはそのためなのだろう
そして、今や、ワインのボトルを持っている
僧侶エリーもごきげんだった
「ええ、まさかこんなにいいワインが手に入る
なんて思っていませんでした
イルガが飲んでいる酒も、癖はあるものの
なかなかのモンです」
エルフのリリーベルもやはり、ミード酒のボトルを
片手に掲げてごきげんだ
「私もたいがい長生きしてきたけど、
まさかエリーが酒を飲んでいる光景を
目にする日が来るなんて驚きね!
まあ、でも、これでチームチャーリーも
気兼ねなく女子会ができるようになった」
長い金髪と、緑色の服に茶色のベストという
いかにもなエルフな感じのリリーベルの隣では
魔法使いルーティーが酔いつぶれていた
「エリーは今まで堅すぎたのであります...
メシア教の僧侶だけに今まで
堅すぎたのであります...
酒は罪深き飲み物という考えは古いので
あります、堅すぎなのであります...
否、酒は人生を豊かにすると親父も言っていた
のであります。それを否定していた
エリーは今まで堅すぎたのであります。
メシア教の僧侶だけに堅すぎたのであります...
でも、親父は言っていたのであります。
酒は人生を豊かにすると...
それを否定していたエリーは今まで堅すぎた
のであります。
でも、聞いてください
自分の親父がよく言っていたのであります
酒は人生を豊かにすると...
自分の実家はワイン農家でありますが、
親父がいつも言っていたことがありますが
何と言っていたと思うでありますか?
こう言っていたのであります
酒は人生を豊かにすると....」
もはや目も当てられないチームチャーリーの
テーブルから少し離れたところに
ウォーヘッドの男たちがいた
勇者マックスが言った
「女性だけのチームチャーリーというのは
ウォーヘッドの男たちからすれば
少し特別な存在だった...
でも、今や、その正体はただの
飲んだくれ集団だ...」
聖騎士リックは微笑んでいる
「いいじゃないか、
エリーもどうやら吹っ切れたみたいだ。
メシア教の僧侶としての肩書を
背負ってきたのが、肩の荷が降りたような
すがすがしささえ感じるよ。
彼女もこんな風に笑うものなんだな」
....まさに恋は盲目
ハイエルフのディックソンは、珍しく
物思いにふけっていた
マックスが気になって声をかけてみると
ディックソンは言った
「いや、このレイデンが、
あっちの世界の大都市を彷彿とさせてね。
本当にいろいろと似ているんだよ。
俺が大都市の家族の元を離れて
一年が経ってしまった...
ハイエルフにとってはほんの一瞬ともいえる
年月だけど、家族と離れてからは
やけに長く感じるものなんだな」
こうして、酒場で思い思いの時間を
過ごしていると、
戦士ティルクと聖女セリスが自分たちの事業所から
戻ってきた
ティルクが言った
「ああ、待たせてすまんな。
事業をやっている以上、
いろんな野暮用が多くて...
それにしても、ゴールデンドラゴンって
知ってるかマックス」
マックスは答えた
「ああ、ドラゴンの中でも希少種だ。
それがどうしたんだ?」
ティルクが言った
「ゴールデンドラゴンの中で、伝説的な存在である
”スターチェイサー”と名付けられた個体が
いるのだが、そいつが長年の沈黙をやぶって
この西海沿岸に出没しているらしいんだ。
おかげで、船乗りたちは恐れて
航海を控えている」
ウォーヘッドたちは一斉にティルクのほうを向いた
マックスが言った
「スターチェイサー、あの伝説の黄金竜か!
もしもそいつを仲間にできたら
俺たちは素晴らしい機動力を
手にすることができるな」
セリスが腰に手をかけてあきれたように
言った
「その発想はなかったわ」




