西海
ルーン海峡を抜けるとそこは西海だった。
ルーン内海の澄んだ青色とは違う、
深みのある青色の海は、波風荒々しく、
まさに人々が言うところの「無慈悲の海」
だった
甲板上で、ウォーヘッドたちは並んで
海の彼方を見つめている。
相変わらず隠しカメラをいじりながら
ディックソンが言った
「この隠しカメラは、ジャーナリストの
ヘリントンが持っているであろう
メインカメラと通信ができる。
暗号化された通信となるだろうが、
もしかしたら使徒たちが
察知するかもしれない。
ヘリントンもそう思っているからこそ、
こちらに対して、映像も音声も
送ってこないんだと思う。
俺たちも、リスクを犯すのは
控えたほうがいいだろう」
マックスが言った
「あの二人は何をしているんだろう?
ウォーヘッドたちの状況は
俺の荷物に仕掛けられていた
この隠しカメラで記録しているから、
彼らは、使徒側を取材するために
彼らの懐に潜り込んでいるのかも
しれないな。
でも、ディックソンの言うとおり、
使徒たちに察知されるリスクを
負ってまで彼らと通信するのは
よしておこう。
それにしても、なぜ、使徒たちは
こうも簡単に傍受できる通信手段を
使っているんだろう?
そこまで地上界を舐めているのかな」
ディックソンが答えた
「それもあるが、まあ、大きな理由の一つが、
使徒の設計の古さだろう。使徒が、
映像や音声を相互にやり取りしている
手段なんだが、その技術は後に、
あっちの世界で一般開放されたんだ。
君たちも、使徒たちが各国の都市で
公開していた映像を見たから
イメージできると思うが、
タジマコヘイ.チルドレンでは
それが大衆娯楽になっているんだよ
タジマコヘイさんが言ってたが、
確か、インターネットだったっけ?
エロ動画を収集するのが目的で
あの人はこの技術を作り出したらしい
まあ、それはさておき、
マナ結晶に組み込むことができる
通信魔法がその正体だ
使徒が開発された当時は、それが
後に一般開放されるとは知らず、
マナ研究所の連中は、使徒に最新の
通信手段を組み込んだつもり
だったんだろう」
ディックソンの話を聞きながら
マックスは、ハイエルフたちのことを
思い出していた
ジャーナリスト二人もそうだが、
マックスが気に掛かるのは地上界出身の
ハイエルフたちだった
キオミは今、何をしているのだろう?
(あの甘草飴が食べたい...
俺を2度も救ってくれたあの飴を)
やがて、ルーン内海の南東部でバナナボート
と呼ばれているこの帆船と同じ型の船が
海の彼方にポツポツと見えるようになった
セリスがどこかウキウキしたように言った
「皆、西海沿岸諸国がどんなに栄えているか
知らないでしょう?
レイデンに着いたらビックリすると思うわよ!
港を埋め尽くすほどの帆船、
裕福な市民階級の登場によって
高度に発達した市場、
証券取引所によって行われる
洗練された投資システム、
おそらく、世界中の品物が集まってくる
場所なのよ!
あ、ドワーフのイルガは故郷が近くだから
驚きはしないでしょうね...
そもそも、西海沿岸諸国が発展した
原点は、ドワーフ王国との貿易だしね。
人間からドワーフへ金属の精錬に
使うための石炭やピートなどの燃料を供給し、
ドワーフから人間に金属製の部品を
供給して、風車や水車などを作って
灌漑や製材をおこない、
西海沿岸諸国は造船産業が発達した。
優れた帆船で西海に果敢に乗り出したことで
世界中と貿易を行うことができたのよ
今、レイデンをはじめ西海沿岸諸国には、
自由で快活とした精神が根付きつつある。
私はその新しい精神に魅了されているの」
ショートカットにした黒髪をなびかせ、
澄んだ緑色の瞳は爛々と輝いている
髭面のティルクも言った
「俺はレイデンの暗黒街で生まれ育った。
犯罪に手を染め、
荒廃した生活を送ってたんだ。
でも、俺はウォーヘッドとしての
力をもってして犯罪組織を潰そうだとか、
人々を救おうなんて考えてない。
レイデンには、すべての人々を豊かに
するだけの富がある、
力を持った市民階級の台頭は、まさに
その事実を物語っている。
人々が自らの力で社会に正義をもたらす
素地は出来上がっているんだ!
俺も、セリスと共に、社会を明るく豊かに
することによってそれを
実現させるつもりだ。
人々がチャンスを自分の手で
掴み取る手助けをしてあげたいんだ」
まるで親子のように見えるティルクとセリス。
しかし、二人は、まさに生涯をかけた
目標を共有する無二の同士となっているのだ
そんな二人の姿を頼もしげに見つめる
マックス
「セリスもティルクも、地に足がついている。
自分がやるべきことをしっかりと理解して
いて、きっと目的を果たすだろう
二人が早くそれができるようにこの戦いを
早く終わらせてあげなければならない」
いつの間にか、マックスの隣には
リックが立っていた
そして、リックが問うた
「マックス、君はどうなんだ?
この戦いが終わったら君はどうするつもり
なんだ...」
マックスは目をシパシパさせた
そして逆に問い返した
「リック、そちらこそこの戦いが
終わったらどうするんだ?」
リックは答えた
「俺は、その...エリーと一緒に
いようと思ってる。
彼女は、問題をすべて自分で
抱え込もうとする癖があるんだ。
今でも、表には出さないが、
メシア教会を破門されて
心穏やかではいられないはずなんだ。
心のうちを打ち明けられないまでも、
誰かが側にいることでいくばくかの
安心感を与えられるだろう
だ、だから俺が...」
顔を赤らめるリック
普段は眉間に皺を寄せたような不動の表情の
聖騎士は、今は恋煩いの青春ヤングに見える。
マックスはそんなリックの脇腹を肘で突っついた
「君ならエリーの心の支えになれるさ」
しかし、二人の側で何げに聞き耳を立てていた
ルーティーは、ふいにその表情を愕然とさせた
身体を小刻みに震わせ、ルーティーは言った
「自分は、自分は...戦いが終わったら
どうするのでありましょうか?
思えば、自分は戦いの世界しか
知らないであります。
エルフのリリーベルや、ドワーフのイルガは
すでに長い時間を生きており、この戦いも
その長い人生の中に起きた、荒い波の一つに
過ぎぬでありましょう
エリーも信仰という拠り所があります。
しかし、自分は無であります!
思えば、この帆船に乗り込む前は、
自分は何をしていいかわからず
ひたすら無意味に走り回っていたのであります。
まさに、自分は戦闘マシーン...
戦いの世界しか知らぬ老兵は、
戦いが終わったら
ただ、ただ、消え去るのみなので
ありましょうか?」
マックスとリックは吹き出してしまった
しかし、マックスはリックに言った
「実は俺も、ルーティーと同じだ。
何も考えてない...」
ディックソンは、若者たちを眺めていた
(戦いが終わった後のことを話すのは
死亡フラグと言ってな...
まあ、でも、俺が体を張って
皆を守ってみせる。
短くも激しく燃え上がる炎たちよ
君たちの前途に幸あれ)
やがて、荒々しく波打つ海の彼方に、ぼんやりと
陸地が見えてきたのだった




