バナナボート
マッドマックス洞窟の近くの村に、
エリーは丹念に防御魔法陣を描いていった
斜面の麓で倒れていた村人にも治癒魔法を
施した
エリーは言った
「これで、この村に害を及ぼすものの侵入を
防ぐことができます
本当に、私はあなた方にとって
疫病神以外の何者でもありませんでしたね
村人さんに理不尽に暴行したのは
言うに及ばず、この村にとって
守り神になっていたマックスを
こうして連れて行ってしまうのですから」
そして、明け方に6人はルーンの内海に
たどり着き、そこで船上の人となった
ディックソンは言った
「使徒たちの移動速度は、例え俺たちが
世界の反対側にいようと、半日もあれば
到着できるほどのものだ。
このルーンの内海周辺ならば、
ものの数時間で奴らは俺たちを
取り囲むこともできるだろう。
いくら急いで逃げても意味がない、
こそこそ隠れるのが嫌なら堂々と
待ち構えていようじゃないか」
こうしてウォーヘッドたちは急ぐことなく、
旅をすることになった
彼らが乗っている船は、ティルクとセリスが
共同で始めた事業体の所有する帆船だった
この地域の人々から、
バナナボートと呼ばれている。
文字通り、バナナが水に浮いたような
形状をしている
しかしこの帆船は、3本のマストに、
様々な形状の帆を組み合わせ、
それはあらゆる風を捉えられる
ことを意味していた
甲板よりも広い、膨らんだ船倉を持ち
多くの積荷を搭載できて、
かつ堅固に出来ている
まさに世界中を旅することができる、
西海沿岸諸国の誇る最新型の
グラウンドシップなのだ
セリスが言った
「この船を見て、私はティルクと貿易事業を
興すことを決意したのよ。
この帆船で、世界中に沢山の品物を
行き来させることができる。
もう、すでに西海沿岸の諸国は
小国ながらも、イーストエアのさらに
東のイーストローにまで進出して
商館を置いているわ
西海をはるか渡ったところにある
新大陸にも居住地を作っているし
私たちは、今は数隻の帆船を所有して
新大陸との貿易をやっているの
もちろん、これからどんどん船の建造数を
増やすつもりよ
そういえば、新大陸には、
100年も経ってない昔に、
とてつもない巨人が出現したという
言い伝えがあるのよ。
初期の探検家が目撃したらしいし、
巨大な足跡が湖になっていたり、
山が巨人によって崩されていたりするのよ」
ディックソンが言った
「タジマコヘイさんだな。
あの人が最初に出現したのは
この地上界なのだが、幸運にも
人間がほとんど住んでいなかった
新大陸に現れたのだな」
マックスが言った
「ディックソン、あなたはもう、すっかりと
我々の言語をマスターしたみたいだね。
ここで改めて、あっちの世界の話を皆に
聞かせてくれないか?
ジャーナリストのキャサリンや
ヘリントンも時々、
名前を出していたんだけど、
そのタジマコヘイという
人のことを知りたいんだ」
ティルクとセリスが所有するこの船は、
もっぱら人員輸送用に使われている
船倉を贅沢にも快適な滞在ができる
客室に改造しており、今、6人は
広い集合ルームに集まっていた
海は穏やかで、まさに語り日よりだった
ディックソンは皆を前にして言った
「そう...まさに、タジマコヘイさんから
この世界の新しい歴史が始まって
それは、今、我々が対面している
この状況にも直結しているのだ」
ディックソンを囲んで、広いテーブルの椅子に
マックスとリックとティルクとセリスとエリーが
座っている。
皆、ディックソンの語る
タジマコヘイの物語に夢中になっていた
「こうして、タジマコヘイさんは
マナの種族として再び戻ってきた。
俺の妻と、仲間たちとともに
大都市を築いて、
心臓部であるマナ圧縮炉を作った。
その時期は、
俺は刑務所で服役していたが...]
ディックソンは語り続ける...
「マナ結晶はマナ圧縮炉で作られるものだ
それは、マナの不思議な力を
凝縮したような鉱石で、驚くことに、
滅びた神々が我々に残した神の言語
つまり魔法陣を取り込んで
記憶することができるんだ
そして、大都市の行政府は秘密裏に
使徒を開発したってわけ
タジマコヘイさんは生前、
マナ圧縮炉を使って圧倒的な力で
世界を支配することに
常に懸念を示していた」
マックスが頷いて言った
「ああ、俺も同意だ。使徒による
圧倒的な力によって
無理やり作られる平和に
疑問を持っている
まるで我々は家畜ではないか!
問題はすべて、使徒たちを操っている
であろう上位の存在に丸投げし、
もはや人々は思考することをやめるだろう
誰も苦しむことのない理想的な社会が
生まれるかもしれない
しかし、苦しみから人々は学び、
挑戦を続け、何かを生み出すものだ。
その機会を奪う権利は、
誰にもないと思うぜ」
しかし、ディックソンは言った
「ああ、しかし、苦しみの中から
メシアが誕生して
やがてこの世界を滅ぼして
作り替えてしまうんだろ?
そんなことをする権利も
誰にもないんじゃないか?」
メシア教の僧侶であるエリーが
何かを言おうとしたが
結局、口をつぐんでしまった
しかし、マックスは、ディックソンのほうを
向くと、ニカッと微笑んだ
ふいにディックソンは、マックスの顔に
違う人物の姿を認めた
金色の伸び放題の髪と髭に顔を覆われた
マックス
しかし、髪と髭の色がブラウンに代わり、
やや整えられた
顔つきも変わり、その青い瞳が、
ブラウンになった
全てを理解したディックソンは
ニカっと微笑み返した
深刻な話をしていたと思ったら
いきなりニカッと笑いあった二人を見て
他の4人はどうしていいのかわからなかった
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ルーンの内海に突き出た半島、美しい青い海に
面したこの地に、魔法使いルーティーの実家が
あった。
広大なぶどう畑を所有する
裕福なワイン農家だった
ルーティーは初夏の花々が咲き乱れた
海の見える丘を一人、走り回っていた
「わー、わー」
と奇声をあげながら、呆けた笑顔を
張り付かせたような表情で、
ひたすら花々の中をグルグルと回っている
...ルーティーに友達は居なかった...
幼い頃から実家を離れ、ウォーヘッド訓練所で
訓練に明け暮れていたせいで
同年代の女子たちと年相応の遊びは
ほとんどしてこなかったのだ
立派な邸宅の窓から、ルーティーの両親が
心配そうに、丘の上でグルグル回る娘の姿を
見つめていた
「あの娘は、もうそろそろ17歳よ。
同じ年頃の娘たちは、縁談の話とかで
盛り上がっているってのに、
あの娘は、今日も一人、こうして
ただ、ただ、走り回っているなんて」
「ああ、でも、あの娘は子供時代を
奪われたんだ。それを今、
取り戻そうとしているのかもしれない...
それに、父親の私が、あの娘に声をかけても
直立不動で軍隊口調で受け答えをするだけで
私もどう接していいのかわからないんだ」
しかし、無意味に丘の上をグルグルと
走り回っていたルーティーの目に、
かすかに遠く、一隻の帆船の姿が映った
風もない穏やかな青い海を、かなりの速度で
走っている
ルーティーの胸が高鳴った
急いで、邸宅に戻ると、
白いワンピースを脱ぎ捨て、
大切に保管してあった魔法使いの服を取り出した
やがて、農家の邸宅から、箒にまたがった
魔法使いが飛び立っていった




