隠者マックス
魔王ハーグ2世は、東の古都プラウダールを
人間側に返還することを条件に、
ルーンの内海諸国と和平条約を結んだ
....プラウダール条約....
ルーンの内海諸国と、ザウドマン帝国との
相互不可侵協定を主体とした、
新しい世界秩序の出現である
ヌルーン王国の国王グランヘルム3世の前には、
12使徒の中の1体であるダニエルが
直立不動で立っていた。
王の周囲には官僚たちが居た
クローディス大公や、ジェネラルの姿はない
使徒ダニエルは、投影魔法を起動させると、
王の前に映像が現れた
一人の官僚が説明する
「これが現在の勇者マックスの姿です。
かつて、人類の希望と言われた
ウォーヘッドとしての威厳は
完全に消滅しており、
こうして、洞窟の中に
隠遁してしまっております
ご覧ください、髭も髪も伸び放題、
ブツブツとわけのわからない独り言を
つぶやき、身なりはボロボロ、かつての
彼の姿を知る者として悲しいばかりですが
これが現実です」
映像を見つめるグランヘルム3世の
灰色の瞳には、
憐憫の情のようなものが感じられた
「うむ、使徒計画の発動と同時にこのような
隠者のようになってしまいおって...
おかげで計画はサクサクと進んだのだが、
まるで、用意されたかのごとき偶然よ」
これはあの道化師が仕組んだことなのか?
...いや、違うだろう
あの道化師ならば、
もっと苛烈な方法でウォーヘッドたちを
始末していたに違いないからだ
勇者マックスは突然、
戦いを降りてしまったのだ
そして、使徒計画に対して
何の遺憾も示さなかった
「クローディス大公や、ジェネラルは、
余を散々と罵っておった...
魔王以上の愚行だとな!
しかし、余の最大の脅威であった
ウォーヘッドたちは、こうして
勇者マックスが隠遁してしまったことにより
求心力を失い、まるでその役割を自ら
降りたかのごとく、
あっけなく瓦解してしまった。
余は幸運に恵まれていたのか?」
官僚の中の一人である、メシア教の最高司祭が
答えた
「メシアの思し召しです。
王のなされたことはまさに、
メシアの御意志に叶うことだったのです
聞くところによると、
勇者マックスはメシアへの信仰に
帰依したというではないですか!
もう、彼をそっとしておいてやりましょう。
これからは、王は更なる人間世界の
発展のために、まさにルーンの盟主として
邁進すべきなのです」
最高司祭は、使徒ダニエルに対して
頷いてみせた
投影魔法が切れ、
マックスの姿は消えてしまった
もう一人の官僚が矢継ぎ早に言葉を継いだ
「ネルーン王国とニュルーン王国はすでに
このヌルーン王国に対して
恭順の意を示しております。
南方や東方の諸王国も
次々と従うことでしょう
プラウダール体制はこのヌルーン王国を
中心に着々と築かれつつあります。
王よ、あなた様はもはや、
かつてのルーン帝国に匹敵するほどの
権威をお持ちになられたのです!
いや、それ以上になるに違いありません」
官僚たちの目は輝き、
これから誕生するであろう
自分たちの大帝国の姿を
各々が思い浮かべていた
そして、その目は、まさに
その偉業を成した最大の要因である
使徒ダニエルに向けられていた
...白銀に輝く甲冑がその全身を覆っている。
背中には、羽のようなものが折りたたまれ、
甲冑の至るところに機能的な開口が開いている
それは、膨大なエネルギーを放出して
機動力を向上させるノズルという機構だ
鋭利な形状の頭部は、目のところに逆V字型に
赤色のガラスのようなものがはめ込まれ
それは内部から鈍く輝いていた
...人間たちはすでに忘れ去っていた
それは、かつて、神々の大戦の時代に現れた
「神の戦士」の姿そのものだということを
////////////////////////////////////////////////////
古都ダルクエンからイルダク川を上流に遡った
貧しい土地、ゴツゴツとした岩場の洞窟に
マックスは居た。
あれから季節は一巡りし、再び初夏の日差しが
この土地を赤茶けた色に染めている
彼を訪ねてきたのは、かつての仲間たちだった
ハイエルフのディックソンと、僧侶のエリー、
聖騎士のリックだった。
ディックソンは、エルフ語で
マックスに話しかけた
「やあ、マックス、相変わらずだな。
皆、ポツポツと君を訪ねてきているらしいから
寂しくはないだろう?
そういえば覚えているかい?
ちょうど一年ほど前だ、
ここから更に東の、気球の町での戦いだ。
あの戦いの後、俺たちはあの、
ジャーナリストたちと再会したね
知らなかったんだ、あいつらもキオミたちと
一緒に君についてきていたなんて...
速攻で、俺がかつて性犯罪者だったことが
バレた。
キャサリンが、俺があっちの世界で
性犯罪者だったことをバラした時の
君たちの反応、未だに生々しく目に浮かぶよ
リリーベルとキオミと君が、一斉に俺のほうを
向いた。まるで、グワッという効果音が鳴った
かのようにまったく同じ動作でね。
あの時の俺の顔、笑えただろう?
歯を食いしばって、固く目を閉じ、
苦悩の表情を浮かべながら
俯いて、肩を震わせて泣く俺、笑えただろ?
そうさ、俺は自分が性犯罪者だったことを
皆が知らないのをいいことに、
性犯罪未遂犯のマークを責めていたのさ!
自分こそが、獣姦や強姦などの本物の性犯罪を
犯していたというのにね...
そのことを恥じた俺は、こうしてエリーと
リックと共に、メシア教の巡礼の旅をしている
ってわけさ。
マックス、君はどうやらこの地で
本物のメシアと遭遇したらしいけど、
俺もメシアの裁きによって
地獄に落ちることがないように、今、
こうして贖罪の旅を続けている
もしも、再びメシアと遭遇したなら
俺のことをよろしく伝えておいてくれ」
背後で腕を組んでいたエリーがジト目で
ディックソンに言った
「かつての性犯罪者、罪深きハイエルフ、
ディックソンよ
なぜ私たちに理解できないエルフ語で
マックスと内密の会話をしているのです?
あなたはこの一年で、すっかり
ルーンの共通語を話せるように
なったではありませんか!
もしかして未だにやましい事を抱えている
のではないですか?
メシアへの信仰を持つのであれば
真っ白な心で、私たちに全てを
さらけ出さねばなりません!
信仰心が足りないのであれば、今夜も
鞭とロウソクと洗濯バサミと熱湯で
あなたの肉体を責め続ける必要がありますね」
すっかり、ディックソンへの拷問にハマっている
僧侶エリーであった。




