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ウォーヘッド  作者: グレゴリー
57/114

救世主

ルーンの南東の都市国家「ダルクエン」

イルダク川の下流に栄える古代都市だ。


そして、イルダク川を上流に遡ったところに

乾燥した岩と砂地だらけの土地があった


勇者マックスはただ一人、荒地を彷徨っていた


この地方には珍しく、

辺りは霧のようなモヤに包まれている



「イルダク川の水は冷たいけれど、

 おいらの心を温める♪」



少年の歌声が聞こえて、

マックスはピタリと歩みを止めた



振り向くと、羊飼いの少年が

沢山の羊を引き連れて

こちらに向かってきていた


赤茶色と白の縞模様の衣を羽織り、

細い帯を締めている



「やあ、お兄さん、一人で

 散歩でもしてるのかい?

 それとも迷子になっちゃったのかな?」



少年は笑みを浮かべ、マックスに問いかけた


軽くウェーブした明るいブラウンの髪を

肩より長く伸ばし、

その澄み切った大きな目は光り輝いていた


マックスは答えた



「どうかな?もしかしたら

 迷子になったかもしれないな」



羊飼いの少年は言った



「しばらく歩くと川に行き着くから、

 そこから下流に向かってごらんよ」

 

 

マックスと羊飼いの少年は並んで歩き始めた

後ろからゾロゾロと羊たちがついてくる



「本当に、砂と岩だらけの土地だな...

 イーストエアのほうがまだ、大地の恵みが

 あった。

 君も大変だな、こんなに若いのに

 一人で羊たちを導いているのだろう?」



マックスの言葉に、少年は返した



「あなたこそ、一人で何か大きなものを

 背負っている感じだね、僕にはわかるよ。

 それに、僕とは違って色々な場所を

 知っているんだろ?

 ねえ、川に行き着くまで、

 僕にあなたが行った場所の

 ことを話してくれないかな?」



マックスは話した



美しい花々が咲き誇る故郷の春の風景、

緑あふれる田園地帯や森の中の木造の町、

穏やかで青々としたルーンの内海

鬱蒼とした東の大森林地帯、

太陽の光がまぶしいイーストエアの砂漠など


少年は目をキラキラさせて話を聞いていた


並んで歩くマックスと、

彼の胸の辺りの身長の少年


いつの間にか、マックスは熱心に

自分のことを語っていた



自分でも不思議なくらいに、

自らをさらけ出していた



少年は言った



「僕もあなたのように、大きな事を

 成し遂げるために

 色々な場所を旅することはあるのかな?

 それとも、この岩と砂だらけの土地で

 ちっぽけな羊飼いとして過ごすのかもしれない


 でも、あなたの話を聞いていると、

 見たこともないのに、次々と風景が

 浮かんでくるよ!


 同時に、あなたが出会った人たちも

 見えてくるようだ

 あなたはその人たちのことを

 いつも大事に想い、幸せへと

 導いてきたんだね。


 あなたの顔を見ればわかるんだよ

 彼らを思い出しながら話してたね」



マックスは言った



「ああ、でも、俺のちっぽけな力では

 できることに限りがある。

 いくら強くなろうと、

 たった一人の力というのは

 本当に無力なんだ」



少年が言った



「あなたは、力が欲しいのかな?

 それこそ世界を変えるような」



マックスが言った



「正直、考えることがある。

 ウォーヘッドというのは人間が

 神々から与えられた恩恵を

 次々と発現させる存在だ

 もしも、すべての恩恵を発現させたら

 一体何ができるのだろうって


 でも、結局、救世主メシアのように

 畏れられる存在になるのかもしれない。


 間違いようのない、絶対的な

 正義のものさしで人々を裁いて

 そしてこの世界を完璧な姿として

 作り替えてしまうのだろう」



二人の後ろを羊たちが黙々とついてくる


羊飼いの少年はふと、遠くを見つめるような

仕草をして、マックスのほうを向いた



「僕はただの羊飼いだけど、

 もしも、僕が神さまから与えられた恩恵を

 すべて発現させて、すごいことができるように

 なったとしたら、

 僕は人々から畏れられる存在には

 なりたくないなあ...

 人々を裁いたり、

世界を作り替えたりしたくないよ」



マックスは少年を見つめて言った



「力を持てば持つほど、ちっぽけな

 個々の人々とはかけ離れてしまうのさ


 神というのは人の触れることの

 できない場所に居て、

 その行いは俺たちの想像を

 はるかに超えてしまうんだ。


 メシア教では、一人の人間がそういう存在に

 なってしまうと考えているが

 もしも、君ならどうするんだい?」




少年は言った



「うん、僕なら、本当になんでも

 できるとしたら...

 馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけどさ、

 僕は、すべての人間を

 見つめていきたいと思うんだ


 人を裁いたり世界を作り替えたりするよりもさ、 

 小さな人間たち一人一人の側に常に寄り添い、

 彼らの悲しみを理解してそれを分かち合い、

 やがて生まれる喜びを一緒に噛み締めたい...


 その人が生まれてから死ぬまで

 見守っていきたいと思う。

 過去も未来も、この世界に存在する

 すべての人をね...

本当に、何でもできるとしたら僕は

 そうするだろうな」



マックスはハッと立ち止まった

釣られて、少年も足を止める



救世主メシア...」



そうつぶやいて、隣を歩く小さな少年を

まじまじと見つめた


少年は、そんなマックスをきょとんとした

顔で見返した


ブラウンのウェーブした髪、大きく澄んだ目


みすぼらしい羊飼いの格好をした少年だった



「ほら、川のほとりに着いたよ。

 ここを下っていけば誰かに会うと思う、

 僕はここで羊たちを休ませるから

 またね」



少年はマックスに手を振った


辺りに立ち込めていたモヤモヤとした霧は

急速に晴れ、羊飼いの少年と沢山の羊たちは

まるで幻のように消えていった



マックスは、川のほとりで一人、うなだれていた

やがて、トボトボと川のほとりを

下流へと歩んでいった



水の流れの音がサラサラと聞こえてくる


 

「マックス、こんなところにいたのね、

 休憩は終わりよ!

 早く、ダルクエンの本部に戻りましょう」



聖女セリスが手を振ってこちらに走ってきた

続いて、仲間たちも



しかし、彼らはマックスの様子を訝しがった


呆然と立ちすくみ、マックスは言った



「俺は、彼の声を聞いた...」



セリスが心配そうにマックスの顔を覗き込んだ


しかしマックスは言った



「彼は俺たちの想像を超えていた...

この世界の誰も考えもしないことだった

 

そう、そうなんだよ...


 すでにこの世界は救われていたんだ!」



喜びのあまり、マックスは泣き崩れたのだった


 

 


 


 



 


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