空襲
深い渓谷の上空には、
まだ沢山の気球が行き来していた
出発したばかりの気球は、
対岸の発着場に着くまで
飛び続けるしかない。
推進装置を持たないので、
風に乗るしかないからだ。
マックスは店を出て気球の発着場まで
走っていった
キオミは後をついていきながら、
両手の指を口の中に入れて、口笛を吹いた
気球の町を越えて、その響きは周囲を囲む
岩山中に鳴り響く
発着場の兵士を見つけると、
マックスは言った
「俺たちが、魔王軍の航空隊をなんとか
食い止める!
長くは無理だろうから
そちらは、速やかに気球を着陸させて
人々を避難させてくれ」
兵士は言った
「了解しました、ウォーヘッド殿。
敵は、あちらの北の方向から
やってきます、
どうかご無事で」
はるか遠くの岩山から、昆虫たちが
こちらに向かってくるのが見えた。
昆虫たち、つまり
3匹のケーブマンティスたちは
羽を広げると、
逃げ惑う人々の頭上を飛び越え
こちらに向かってまっすぐに飛んできた。
発着場で待機している
気球乗りの魔法使いたちが、
攻撃呪文を放とうとしている
マックスは、兵士に魔法使いを
止めるように言った
「この昆虫たちは、俺たちの仲間だ。
これから俺たちは彼らの背中に乗って
飛び立つから、攻撃はしないでくれよ」
やがて、マックスとキオミは
それぞれ一匹づつ昆虫に乗って、
キャサリンとヘリントンが
二人乗りで、一匹の昆虫に乗った
マックスが言った
「君らジャーナリスト二人は、
最後尾の気球を牽引して助けてやってくれ!
戦いに関しては中立の立場だろうと、
人助けは別だろう」
キャサリンが言った
「わかった!
ヘリントン、カメラを回すのを
忘れないでね。
ほら、ロープを用意して!
あ、見て、あの気球、
魔力で推進力を作って
他の気球を牽引してるわよ
多分、ギニエルね。
さすが、魔王軍の魔術師だわ」
遠くで、1隻の気球が、ロープで他の気球を
牽引しながらこちらに向かってきていた。
気球の火皿に灯す熱魔法と、
反動推進用の魔法の
2つの魔法を同時に扱えることから、
高階位の魔術師であるギニエルだろう
キャサリンとヘリントンは、こちらから
飛び立って、深い渓谷の上空にさしかかって
地上に着陸することができなくなった気球の、
一番近いものを見つけ、
ロープで牽引すべく、向かっていった
その光景を見届けたマックスは、キオミと
共に北へと飛んだ
昆虫たちと初対面したとき、仲間たちの
火炎魔法によって、その薄い羽は
焼けてしまったのだが、
それもすっかり再生して、
羽は細かく震えながら力強い飛翔を続けた
見る見る内に、砂と岩石ばかりの
地上は遠くなって
白い建物の群れがどんどん小さくなる
羽の振動を後ろに感じながら、
マックスが言った
「すごいな、この飛翔能力は飛行竜並だろう」
キオミが答えた
「ええ、でも、飛行竜と違って彼らは
そう長い時間を飛び続けることは
できないわ」
マックスが言った
「ああ、さすがに俺も敵の航空部隊と
まともにやり合う気はない、
なんとか気球が避難できる時間を
稼げばいい。
ウォーヘッドたちが救援に駆けつけて
くれることを祈ろう。
彼らが近くに来てくれたら、念話を
受信することができるはずなんだ」
やがて、彼らの目の前に、
空を埋め尽くすほどの何かが見えてきた
マックスが言った
「嘘だろ、なんだあの量は...」
ウォーヘッドとハイエルフの
驚異の視力が捉えたのは
巨大なトンボのようなモンスターだった。
トンボの足には何かが抱えられていて、
その背中には魔族の兵士が乗っていた
背中に乗っている魔族の兵士たちの
スケールから察するに
トンボは全長8メートル以上は
あるだろうか
ふいに、ヘリントンの声が聞こえた。
どうやら、マックスの乗っている昆虫に
くくりつけてある荷物の中から
声が響いてきている
「マックス、あれはギガントピープだ。
君の乗っているケーブマンティスと一緒で
あっちの世界からの贈り物さ!
...ちなみに、君のすぐ側に
くくりつけてある荷物の中に
俺の空間記憶装置、
ええっと、つまりサブカメラが
入ってるから、こちらにも
君たちの見ている風景が見えるんだ。
まあ、こうして役に立つこともあるんで
大目に見て欲しい」
マックスが言った
「ああ、気にしないよ、それよりも
あのトンボの情報をもっとくれ」
ヘリントンの声が応答した
「ああ、ギガントピープの飛翔能力は高い。
急に上下左右に移動することがあるから
気をつけろ、
足に抱えているものはおそらく爆弾だ、
地上の標的に向けて落とすのだろう。
あれを落とされたら地上は火の海だぜ
...そうだな、奴らは動体視力が
非常い良い。
さらに、すべての方向を見渡せる
巨大な複眼によってほぼ死角はない、
そして、目の前でチラチラするものを
見たら獲物だと思って
襲いかかる習性がある。
もしも、捕まったらその強力な顎に
噛まれて一巻の終わりだ、注意しろ。
それと、気球の避難は順調だ、
地上でも人々は避難している。
なんとか時間を稼いでくれ、頼むぞ」
マックスが言った
「ああ、地上を火の海にできるトンボが
数十匹はいるってことだな、
あの大群をなんとか引きつけよう」
しかし、マックスとキオミに、
2匹のトンボが向かってきた。
本隊は、こちらを迂回しようとする
「く、本隊を止めなければ意味がない、
キオミ、俺は奴らに突っ込む!
君は援護をしてくれ」
キオミが言った
「そうね、本隊を乱して
時間を稼がなくちゃね
キケンな賭けだけど気に入ったわ」
マックスは昆虫に話しかけた
もはや彼は言葉を話すすべての種族と
意思疎通ができるのだ
「イマカラ、トンボノ、
タイグンノナカ二、ツッコム
ムカッテクルニヒキハ、スドオリスル」
昆虫が返した
「ソウカ、キケンナカケダガ、
キニイッタ、ツキアウゼ」
昆虫はスピードをあげた
こちらに向かってくる二匹のトンボたちが
見る見る大きくなっていく
トンボに乗っている魔族の兵士が
弓に矢をつがえているのが見えた
しかし、ふいに、トンボの巨大な目に
いくつもの眩い閃光が飛び込んできた
キオミが放った召喚魔法だった。
召喚されたファイアフライたちが光輝き、
クネクネと回転しながら2匹のトンボの
前を飛び回る
驚いたトンボが、足に抱えた爆弾を落とした
爆弾はトンボの飛行速度から初速を得て、
前方に移動しながら落下していった
マックスを乗せた昆虫は、
向かってくる2匹のトンボを
高速で素通りした。
キオミを乗せた昆虫がそれに続いた
マックスが言った
「キオミ、あの閃光ホタル、
トンボたちに良く効くみたいだ
これから、奴らの目の前に
ウロチョロするものを沢山出して
混乱させてやろうぜ」
トンボの足から落ちた爆弾が地上に激突し、
火炎の渦を巻き起こした
キオミが言った
「あんなものを気球の町に
落とされたら大変ね、
せめて、町の人々が避難できる
まで私たちが頑張りましょう!」
マックスが言った
「ああ、魔王軍にもあのジャーナリスト
たちにも見せつけてやろうぜ、
俺たち地上界の子供たちの底力をな」
肩のあたりでバッサリと切った柔らかな金髪、
切れ長の瞳をマックスに向けて
ウインクしてみせる。
形の良い唇がにやりと笑った
キオミが答えた
「小さな者たちの怒りを思い知るがいいわ」




