気球の町2
キャサリンが言った
「初めまして、私はあっちの世界で
ジャーナリストをしているキャサリンと、
こちらはヘリントン、
この世界でもいろいろと大変そうね」
マックスが通訳となって、エルフ語から
ルーンの共通語に訳してギニエルに返した
ギニエルが言った
「あっちの世界...こことは違って
強力な魔族たちが多く住んでいると聞きます
私は話に聞くだけですけどね」
キャサリンが言った
「ええ、魔族の上位種族や魔人たちも居るわね。
でも、今は平和よ。あなたたちは、
この世界では弱くて迫害されているのかしら?
だから、この戦争を始めたの?」
ギニエルが言った
「いえ、私たち魔族は、大陸の東部に
安定した領土を持ってそこで
静かに暮らしていました。
私たちの魔王様もかつては穏健派で
人間たちの王国に侵攻する兆しは
なかったのですが、
十年くらい前から段々と強力な軍備を
持つようになって...
東の遊牧国家ロウランを攻め滅ぼしたのを
きっかけに、さらにその東のエイコウ
にまで戦線を広げ、やがて
西のルーン諸国にも侵攻を始めてしまい
ました。
各地に散らばっていた魔族やモンスターたちを
支配下に置いて、今や世界中を征服せんと
しております。
一体、なぜ穏健だった魔王様がこうも
攻撃的になられたのか私ごときには
わかるはずもありません」
キャサリンは何やら頷いていた
やがて、キオミやマックスたちに
会話を任せ、彼女は下がった
ギニエルが言った
「そうですか、世界樹の森が
襲撃にあったのですね。
本当に申し訳なく思います
魔王様がなぜそのようなことを
なさったのかはわかりませんが
ハイエルフの方たちをも敵に回すなんて
愚かしいことです」
共通語でキオミが言った
「あなたが謝ることはないね
それと、この飴あげるよ、
旨いから食ってみ」
実は、ギニエルにとって甘草飴は二度目なのだが
フルーツフレーバーではない、オリジナルは
初めてだった
ギニエルは、甘草飴をキオミからもらうと
口の中に入れて、モゴモゴとした
平静を装うギニエルに、マックスは笑いをこらえて
いた。
マックスが言った
「とにかく、元気そうでなによりだ。
戦争が終わって故郷に帰れるまで
平穏に過ごせることを願っている」
マックスは懐からゴソゴソと金貨を一枚取り出した
サルマティクスでグールの王を倒したときに
報酬として与えられたイーストエア金貨だ。
ギニエルはマックスの手の中でキラリと光る
それを見るとおずおずと言った
「あの、困ります、そのようなものを
受け取るわけには」
マックスはギニエルに密着すると、
ローブのポケットに金貨を捻りこもうとした
「ま、取っときなよ、持ってて
困るものじゃないだろ」
密着しながらモゾモゾと攻防戦を繰り広げる
魔族の女性と、勇者マックス
回りをキョロキョロと警戒しながら
マックスは、ギニエルの抵抗を制し
ローブのポケットに金貨を一枚
捻りこんだ
「まあまあ、受け取っておきない!
役に立つもんじゃろうが」
アタフタと、何度も頭を下げるギニエルだった
そして、マックス一行はギニエルと別れて
町の高級喫茶店に行ったのだった
グールの王を倒した報酬金によって、今まで
マックスたちは金持ち旅行をしていたのだった
ちなみに、ハイエルフたちの服装がやけに
上等なのもそのせいだったりする
高級喫茶店で
出されたワインボトルを高々と掲げて
マックスが言った
「おお、これは俺の故郷の近くの
ワインの産地で作られる
ルマン.コマンティではないか!
ようやくルーンの香りが漂う地域に
来たことを実感するぜ」
高級ワインを皆のグラスに注いで
一行は乾杯した
水タバコをプカプカと吹かしながら
ヘリントンが言った
「うん、料理もネーヤの作るものに迫るほどに
美味しいね
ずっとスパイシーなものばかり食べてたから
薄目の味付けのルーン料理もなかなか
新鮮だぜ。
それにしても、やはり
魔王軍の一兵士にとっては
穏健な魔王が変貌したとしか
見えないんだろうな」
キャサリンが言った
「ええ、この世界の人たちは、
あっちの世界の大都市を知らないからね。
タジマコヘイ.チルドレンが
もはや2つの世界を動かす
時代になったってことを」
キオミは、
ジャーナリストのハイエルフ二人を
黙って眺めながら、ワインを飲んでいた
そして言った
「あなたたちが言いたいことはわかるわよ。
この世界の魔王は所詮、
タジマコヘイ.チルドレンの
一勢力の下僕に過ぎないってことね。
私やマックスたちが必死になって戦っている
この戦争だって、連中の大きな企みの
余波にすぎない
この世界の人々は、そいつらの手の中で
踊らされているだけってわけね
でも、そのせいで私は故郷を焼き払われ、
ギニエルは平和な暮らしを失い、
マックスは戦乱の世界を戦い続ける
ハメになった。
ほんと、高慢そのものだわ、あなたたちって」
マックスは、キオミの前に手を差し出して
彼女を制した
「別に、キャサリンやヘリントンが悪いわけでは
ないだろう。
話によれば、あっちの世界でもそれは
犯罪行為として
摘発されている最中だというし...
でも、俺たちこの世界の人々が
苦しんでいるのは現実だ。
君たちはそれを
あっちの世界に伝えて欲しい。
それが、ジャーナリストの役目だろう」
あっちの世界出身のハイエルフ二人と、
この世界出身のハイエルフ一人と、
人間の勇者一人
彼らの間に沈黙という名の緊張が走った
キャサリンは、ワイングラスを
口元に寄せたまま
マックスとキオミを黙って見つめていた。
前髪を数房だけ残し、残りの髪を後ろで束ねて
複雑に結んでいる。
三角形の伊達めがねの奥の青い瞳は怪しげに
光っていた。
そして、沈黙を破って言った
「ええ、まさに高慢そのものよ...
かつて、あっちの世界のハイエルフたちは
そうだった。
世界樹の大森林の力で強大な勢力を
ずっと維持してきて、あっちの世界に対して
とても高慢に振舞ってきたわ。
そして、今やそれはハイエルフだけの専売特許
ではなくなったのよ。
とてつもなく大きなことを成し遂げるのが
可能になったと皆が思いこんでいて、
その幻想に目が眩んで
小さな者たちの苦しみなぞ誰も気に止めなく
なってきているのよ。
.....小さな者たち、
つまり、あなたたちのことね」
ヘリントンが慌てて言った
「キャサリン、よせよ...」
しかし、真剣な面持ちのマックスとキオミを
じっと見据えながらキャサリンが言った
「真実を伝えるのがジャーナリストよ、
それが例え不快なものであろうと
現実がそこにある以上は、
向き合わなければね」
マックスは、自分の手のひらを見つめると、
握りこぶしを作った
「ああ、構わんよ
でも、君たちはあっちの世界に
伝えることになるだろうね
俺たち小さな者たちの底力をね」
高級喫茶店の中に、慌てふためいた
行商人が飛び込んできて言った
「大変だ、魔王軍の空襲だ!!」