ダンスバトル2
マックスは席を立つと、まるで
水泳のクロールのような動作をしながら
キオミのほうへ向かった
ユラユラと踊るキオミに、髭面の行商人と
マックスが同時に近づいていく
行商人は、マックスに気がついたみたいだ
腰を突き上げるような挑発的な動作で
マックスと正面から対峙したのだった
マックスは、両手と両足を絡めるようにして
まるで世界樹の幹のようにまっすぐに直立すると
一瞬で、右手を斜め下に突き出し、
左手を頭より持ち上げて、くの字に折り曲げ、
両足をガニ股にしてポーズを作った
あまりものカッコ良さに、
バーの客たちがどよめいた
腕を組んで、ネーヤがつぶやいた
「ふむふむ、これが人間の勇者の品格かあ
私も世界樹の森で宿屋をやってきて
様々な人間に会ってきたけど
これほどの大器は前回の勇者マルス以来ね
ほんと、マックスを見ていると
あの人のことを思い出してしまうわ
ねえ、キャサリン、あなたも彼について行って
取材を続ければいいじゃない!
勇者を取材できる機会なんて
そうないと思うわよ」
カクテルを飲みながら、キャサリンが言った
「あっちの世界の連中は、
人間の勇者になんて興味ないと思うけど、
でも、確かにマックスを見ていると
心踊るものがあるわね
あっと驚くことを成し遂げてくれそうね
そういえば、タジマコヘイも、まったくの
異世界から来て、世界樹の力で
新しい種族となったけど
元は人間だったわ。
その寿命は人間として定められていて
すぐに燃え尽きてしまった。
けれど、驚異的なことを成し遂げて
私たちに大きなものを残してくれた
その晩年は性犯罪者として大都市から逃亡し
森の小さな小屋に隠遁して
ジャーナリストに追いかけられたり
性犯罪者矯正のための拷問を受け続けたり
したけど
それでも、タジマコヘイの残したものは
永遠にあっちの世界で生き続けるでしょう
勇者マックスについていくことで、
タジマコヘイが見せたような
人間の驚くべき可能性を、私や視聴者も
再び間近に見出すことになるかもね」
ネーヤが言った
「この店のことは心配しなさんなって
弟子志願者がわんさかいて、この店で
働きたいって言ってるから。
私はしばらくこの都市に腰を落ち着けて
彼らの料理文化の発展に一役買うつもりよ
長老と私とレネクはここに残るわ。
だから、あなたたちは勇者マックスと共に
驚くべき冒険に旅たつのよ」
ヘリントンは隠しカメラを回して
ずっとマックスを撮っていたのだが
そのダンスバトルは白熱していた
足と手をクネクネさせていたかと思えば
直立不動でありえないくらい傾いてみせる
smooth criminalのマイケルをも凌駕する
傾きを見せたマックスは、
バーの客たちの拍手喝采を浴びていた
キオミが言った
「マックス、今のあなた、なんだか
伝説の勇者そのものって感じよ!
その身体からオーラが
漂いまくっているのが見えるわ
ねえ、今なら、あなたが失くしたっていう
勇者の剣も戻ってくるんじゃない?」
その時だった、店の外から悲鳴が聞こえ、
慌てふためいた人々が店の中に入ってきて
叫んだ
「大変だ、この町に封印されていた
グールの王が復活したぞ!
この川原の近くで復活したんだ
皆、喰われるぞ、すぐに逃げるんだ!
ああ、なんということだ、
この町も終わりだ...」
途端に、店の客たちに恐慌が走る
オウルがイーストエアの言葉で叫んだ
「皆、落ち着くのじゃ、いいか、
ワシに続いて整然と店を出るのじゃ」
続いてエルフ語で言った
「ヘリントン、キオミ、キャサリン、ネーヤ、
どうやら外に怪物がいるらしい、
ここを脱出するぞ!
4人で客たちを囲むように誘導してくれ
マックス、お前さんはワシと共に先頭へ!」
マックスとハイエルフたちは即座に反応した
マックスはオウルと共に先頭に、
ハイエルフの女性たちが客たちを囲むように
誘導し、ヘリントンが殿を務める
慌てふためいていた客たちも、落ち着いた
ハイエルフたちに本能的に従い
固まりながら続々と店を出て行った
店の外は真っ暗で、目の前に白い建物が
立ち並び、所々にほのかな灯りが見える
物静かな夜の風景とは対照的に、あちこちで
人々が逃げ惑い、パニックになっているのが
わかった
マックスが、川の上流の方角から
こちらに向かってくる巨大な影を見つけた
「皆、あっちだ!馬鹿デカいグールが一体だ!
俺は今から奴に立ち向かう!
誰か、明かりを召喚して
俺と一緒についてきてくれ、
奴の注意を俺のほうに引き付けるんだ」
キオミは頷くと、ファイアフライを召喚した。
光の精霊の輝きが、
マックスとキオミの頭上を照らす
そのまま、ファイアフライと共に、二人は
グールの王の元へと走った
「奴が私たちに気がついたわよ、
まっすぐにこっちに向かってるわ
マックス、あなたと私は丸腰だけど...」
キオミの心配に、マックスは振り向いて
ニヤリと笑った
「そうかい?なら剣を生み出せばいいのさ」
すでにマックスにはわかっていた
勇者の剣はすぐそこにある...
それは、まさしく自分が生み出すものだと
いうことだ
川原から人々は避難しており、
マックスとキオミを遠巻きに眺めていた
身長5メートルはあるであろうグールの王が
こちらに向かってきた
死人のような不気味な肌の色に、
ズラリと並んだ牙、手足の大きさは不揃いで
両腕が異様に巨大だった。
不気味に光る目が、マックスの姿を捉える
しかし、マックスには何の恐怖もなかった
あまりもの余裕に、いつぞやのコボルトの
ように、地面を蹴って空中で
回転ジャンプをしてしまった。
グールの王が怒りの言葉を喚き散らした
「ふざけておるのか、吾輩を前に
そのような態度、決して許されるものではない
しかも丸腰とはな、よほど死にたいらしい
よかろう、生きたままバリバリとじっくりと
食うてやるわ」
見事な回転ジャンプから地面に着地した
マックスの手に、勇者の剣が現れた
何の変哲もないみすぼらしいブロードソード
飾りも何一つついてない、まるで
訓練用の剣に見える
そして、すぐに目前に迫ったグールの王を
一刀両断に断ち割ったのだった。
キオミが、真っ二つに割れたグールの王に
向けて、ファイアフライを突撃させる
2つの火柱が上がり、暗い川原を明々と
照らした
「うおおおお、一瞬であの怪物を倒したぞ」
人々が歓声をあげる
こうして、勇者マックスは
完全に復活したのだった
波平オウルがボソリとつぶやいた
「見よ、これが人間というものじゃ
希望を取り戻した彼らは、
まさに湧き上がる無限のエネルギーを
持って偉業を成し遂げる。
あっちの世界からの助けもいらぬじゃろう
ワシら地上界の子らは
自らの力を持って立ち上がるのじゃよ」
ズラリと居並ぶ人間たちを背後に、
地上界のハイエルフのネーヤが言った
「ええ、結局、私もハイエルフではあるけど
長老と同じ、地上界の子たちなのよ
後ろの人間たちと一緒ね。
この世界で生まれ、育った者たちの
一員として、勇者マックスの姿に
誇りを感じるわ」
ネーヤが上空に向かって腕を突き出すと、
後ろの人間たちも一斉に腕を突き出した
マックスとキオミは、顔を見合わせて
ニヤリと笑いあった
彼らから少し離れた場所に居る
キャサリンとヘリントンは、そんな光景を
じっと見つめていた
キャサリンが言った
「地上界の子たちね...いいでしょう、
彼らがどのような偉業を成し遂げるのか
とことん追いかけてあげようじゃないの」