ダンスバトル
夜の定食屋は、バーに変身していた。
所々にランプを灯した薄暗い店内は、
日中と違って落ち着いた雰囲気だが
それでも客は沢山いた
「これがヒッピーヒッピーシェイクさ」
青色の布を頭に被り、波平のような付け髭を
つけたオウルが、バーのカウンターの
客たちの前で、シャカシャカとカクテルを
作っている
ハイエルフたちは、イーストエアの人々を
真似て、頭に色とりどりの布を被っていた。
おかげで、耳元が隠れ、彼らはハイエルフとは
気づかれないでいた
服装も、薄いローブに派手な帯を締めている。
しかし、彼らの金色の髪と、白い肌は
それでも一際、目立っていた
マックスは、一つのテーブルに固まっている
ハイエルフたちを見つけると、近づいていった
「あ、来たわねマックス、皆を紹介するよ
こちらの眼鏡が、キャサリン.アーム
髪を結んでるのがネーヤ
小さなレネクには家で会ったわね
んで、ヘリントン.アームね
付け髭バーテンダーが長老オウル」
キオミがマックスに紹介した
人懐こい笑みを浮かべてネーヤが言った
「あなたが、人間の勇者ね、
へえ~いい男じゃないの!
なんか、キオミの前で変なダンスを
踊ったり、放送禁止用語を
喚き散らしていたらしいけど
まともそうな外見で安心したわ
あ、そうそう、お腹すいたでしょう?
バーには、日中に作り置きしておいた
おつまみしか置いてないけど、
今夜は特別に暖かい料理を作って
あげるね」
そう言うと、ネーヤは立ち上がって
そそくさと厨房に向かっていった
マックスは、あの時のことを思い出して
顔を赤らめていたが、
三角形の変な眼鏡をかけたセクシー美女
のキャサリンが言った
今は髪は下ろしてストレートヘアになっている
「コンボイト.ジャーナルの
キャサリン.キックよ、よろしく。
私とヘリントンは、報道、ええっとつまり、
世界で起きている事件を
中立の立場で人々に伝える仕事をしているの。
あなたも分かっていると思うけど、
私の住んでる世界からこの世界に
モンスターたちが不正に取引されて
魔王軍の一員になっているわよね。
この事件を追う為に私とヘリントンは
やってきたのだけど...」
マックスが言った
「ディックソンと同じく
あっちの世界から来たんだね。
でも、彼と違って、君たちは
あくまで、事件を人々に伝えることしか
しないのかい?」
キャサリンは答えた
「ええ、報道は中立の立場を
保つことが重要なのよ。
どちらかに肩入れしてしまったら
必要な情報が手に入らなくなって
報道が偏ってしまう
行われていることが正義か悪かを判断したり
正義を遂行するのは私たちの仕事ではないわ
でも、私たちの報道によって、人々は
今、何が起こっているのかを正しく知ることで
政治参加に役立てることができるのよ」
マックスが言った
「古代ルーン帝国の初期は、民衆が投票して
政治家を選ぶことで、政治に参加できた
と言われている
でも、今の人間世界は違う、
王様と貴族しか政治を行うことができずに
民衆は、ただ従うだけだ。
俺は村人出身だが、村人ってのは
生活することに必死で、高尚な事柄は
上の連中に任せるしかないのさ」
キャサリンが言った
「昔に出来ていたのなら、今だって
出来ないことはないはずよ。
もしも、あなたにその気があるのなら、
私たちの世界に来て...」
キオミが言った
「なんだかやけに立派な
ジャーナリストであるかのように
自分を宣伝しているわね、キャサリン.キック。
でも、私は、あなたたちが執拗な
パパラッチを行っていることや、
面白半分に、タジマコヘイが隠遁していた
小屋に突撃取材したことを知っているわよ
タジマコヘイをパパラッチしたことで、
あなたたちコンボイト.ジャーナルは
大都市で総スカンを食らったって
ディックソンが言ってたけどね」
キャサリンは三角眼鏡を人差し指で
直して、黙り込んでしまったが、
ヘリントンがチョロっと舌を出して言った
「あんときは、俺たち突撃取材班は
タジマコヘイが作りだした異空間に飛ばされて
散々な思いをしたぜ。
やっと、異空間から生還したと思ったら
大都市でのボイコットが待ち受けててさ」
よく見ると、ヘリントンは、
カーディガンのような上着を肩から掛けて、
長い袖を首の下で結んでいる
...業界人かよ!
マックスには、この二人のジャーナリストが
どういう存在なのか測りかねていた。
(もしかして、俺たちウォーヘッドの後を
ついてこようとするかもしれない。
でも、軍事行動を大勢にあけっぴろげに
するのはやっぱりまずい気がする)
キオミが言った
「さて、マックスもいい加減に
椅子に座りなさいよ。
長老のカクテルを飲みながら、
ネーヤの料理を待ちましょう
今日は、私たちが奇跡の再会を果たした
めでたい日なのよ、
だから、楽しくやりましょう」
波平オウルがやってきて、カクテルを振舞った
「このカクテルは、世界樹の葉をイメージして
作ったワシのオリジナルじゃ
皆、いつの日か、世界樹の森が復興する日が
来るのを願いながら飲むがよい」
どういう原理か、透明な液体の中に、緑色の
液体が、葉の形を取りながら揺らめいている
そんな不思議なカクテルだった
マックスは、ハッと気がついて、懐から
ゴソゴソと革の入れ物を取り出し、中から
世界樹の押し葉を取り出した
ハイエルフたちの目が驚きに開いた
キオミが言った
「これは、世界樹の葉ね。かなり昔に
押し葉にしたやつみたいだけど
ちょっと、貸してくれる?」
マックスから押し葉を受け取ると、
そのかぐわしい香りをいっぱいに吸い込んだ
「ああ、この押し葉はね、俺がまだ訓練生
だった時に、全裸のクローディス大公の
股間に直に貼り付けてあって
その股間から、直々に頂いたものなんだ
この押し葉の匂いをいっぱいに
吸い込むことで
俺は世界樹の森への想いを強くしてきた
残念ながら、森の枝葉は焼け落ちて
炭になってしまって、
俺は世界樹の美しい姿を
見ることは叶わなかったけど
長老の言われたとおり、いつか森が復興する
日を心待ちにしている」
キオミは、かつて、全裸のクローディス大公の
股間に直に貼り付けてあった、その世界樹の葉を
マックスに突き返した。
やがて、ネーヤが作りたての料理を持って
戻ってきた
カクテルで乾杯し、うまい料理に舌鼓を打ち、
すっかり上機嫌になったキオミは、立ち上がると
ユラユラと踊り始めた
緑色の布を頭に被り、美しい刺繍が施された
白いローブに派手な帯を締めている
切れ長の目をしたキオミは、エキゾチックな
イーストエア美人のように見えた
ふと、客として来ていた髭面の行商人が
踊りながら、抜け目なくキオミのところに
近づいてきた
赤い円柱状の帽子を被り、赤地に黒のラインが
入ったローブを纏ったそのヒゲ男は、
腕を大きく振ってこちらに2歩進み、その後に
1歩下がるという風に、イヤミな前進をしながら
ズンズンとキオミのところににじり寄ってきた
髭面の口元は笑みを浮かべ、
その目はキオミを見つめ、輝いていた
キャサリンの肘が、マックスの脇腹をつついた
「ほら、ぼうっとしてると他の男に
キオミを取られてしまうわよ」
そして、三角眼鏡の奥の青い目を
マックスに向けてウインクしたのだった